第188話 決意

「うぅ……。ミライ……。ジュン……」


 俺の娘達が連れ去られた。

 先日村民にしたヨハンとロニの手によって。

 いや違うな。彼らはすでにヨハンでもロニでもなくなっていた。

 ヨーゼフだ。北の大陸を支配する転移者、ヨーゼフ・メンゲレに心を支配されていた。

 これは罠だったんだ。


「ぐ……。ライトよ、すまん。私が不甲斐ないばかりに二人を奪われてしまった」


 セタは動けるようになったのか、立ち上がって俺の背を触る。

 慰めてくれているのだろうが、俺は涙を止められなかった。

 

 娘を人質に取られた。

 しかも最悪の相手にだよ。

 これでも少しは歴史の勉強をしてきた。

 だからヨーゼフって奴がどれだけ酷いことをしてきたのも知っている。

 死の天使。それがヨーゼフの二つ名なのもな。


 くそ。リディア達になんて言えばいいんだよ……。

 

 間が良いのか悪いのか、リディア達が家に帰ってきたようだ。


「た、ただいま戻りました! 村が大変なんです! 突然人間達が……? ラ、ライトさん、どうしたんですか?」

「ジュンがいないようですが」


 リディアとシャニは子供達がいないことに気付いてしまった。

 アーニャとリリも心配そうにしている。

 泣いていては駄目だ。彼女達に伝えないと。


「すまん……。話すから落ち着いて聞いてくれ」


 俺はひっくり返しされたテーブルを戻し椅子に腰かける。

 リディア達も座ったところで……。


「ヨハンとロニだが急に暴れ始めてな。この様だよ」

「そ、そんな。でもヨハン達ってもう村民になったじゃない。おかしいよ。私達の敵じゃないんでしょ?」


 リリが聞いてくる。

 彼女の顔にはかすり傷があり、服も少し破れている。

 道中で襲われたのだろうか?


「う、うん。でもすぐに人間達は村を出ていったの」

「そうか。被害は?」


 突然人間達が攻撃してきたので対応出来なかったらしい。

 しかし重症者、死者は出なかったのは幸いだな。

 ヨーゼフの目的は村民を殺すことではなく、俺に接触することだったのだろう。

 そして俺の弱みを握るため。


 それが俺の愛娘であるミライとジュンだったわけだ。

 さぁ言わなくてな。

 残酷な事実だが彼女達に伝えなくてはならない。


「二人は……連れていかれたよ」

「そ、そんな……」

「…………」


 ――ガタッ


 シャニは言葉もなく立ち上がる。

 今からヨーゼフ達を追うのだろう。


「シャニ姉、駄目だよ。もう間に合わない」

「…………」


 返事もせず、シャニは耳を伏せ、尻尾の毛を信じられないくらい逆立てている。

 いつも通り無表情だが怒りの頂点にあるようだ。

 冷静なシャニがここまで怒りを露にするとは。


 一方リディアはテーブルに突っ伏して泣き始めてしまった。

 アーニャも涙を流しながらだがリディアを慰めていた。


「大丈夫……。きっとミライちゃんとジュンちゃんは無事ですから。そうですよね、ライト様?」


 俺もそう思いたい。

 だが相手は人の命を何とも思わない死の天使なわけだよ。

 奴がやってきたことを考えると……。


 駄目だな、今はそんなことを考えてはいけない。


「シャニ、座ってくれ。今行けば二人の命が危ない」

「ですが……。いえ分かりました」


 ミライとジュンはヨーゼフにとって俺達と優位に交渉を進めるための駒だ。

 下手に動かなければ身の安全は確保出来る……と思いたい。


「ヨーゼフは言ったんだ。俺を北の大陸……アーネンエルベってとこに招待するってな」

「そんな……。なら私達も行きます!」

「私も行くからね!」

「連れてってくれますよね?」

「グスッ……。ミライを助けなきゃ」


 四人の妻はそれぞれ決意を伝えてくる。

 だが彼女達は連れていけない。

 招待客は俺だけのようだから。


「すまん。君達は連れていけないんだ。十日後にアーネンエルベに来いって言われてね。俺一人だけで行く。リリ、車の準備をしておいてくれ」


 リリの魔導車なら飛ばせば三日でアーネンエルベに到着するだろう。

 余裕をもって五日後にピース村を出発すればいいさ。


「今日はもう休もう……。みんな疲れただろ?」


 俺は一人寝室に向かう。

 一人になりたくてね。

 妻達に泣いている姿を見られなくなかったってのもあるけど。


 ――バタンッ


「ミライ……。ジュン……」


 娘達の名を呟くだけで涙が溢れてくる。

 お腹は空いていないだろうか? 

 痛いことはされていないだろうか?

 ママに会いたくて泣いていないだろうか?


 様々な想いが頭を駆け巡る。

 ミライ、ジュン。絶対に俺が助けてやる。

 俺の命に代えてもな。だから待っててくれ。

 俺はベッドに倒れるように横になり、涙を止められないまま、いつの間にか眠ってしまった。



◇◆◇



 ――サワッ


 ん……。誰かが俺の頭を撫でている。

 目を開けるとリリが微笑んでいた。


「ごめんね。起こしちゃった。ふふ、酷い顔だよ。こんなに涙のあとがくっきり残ってる。ライトも辛いんだよね」

「リリ……。みんなは?」


「リディア姉とシャニ姉は寝てるよ。二人を落ち着かせるの、大変だったよ」

「そうか……。ありがとな」


 ――ギュッ


「わわっ、どうしたの?」


 リリの薄い胸に顔を埋める。

 俺も不安でね。急に甘えたくなった。

 彼女は困ったように笑い、そして俺の頭を撫でてくれる。

 優しい手触りが心地良い。


「ふふ、ライトは甘えんぼさんだね」

「あぁ。悪いけどもうちょっと甘えていいかな?」


「うん……。ライト、震えてるよ。怖いんだね」


 リリは俺の頭を抱きそのまま撫で続ける。

 次第と心が落ち着いてきた。

 

「ありがと。もう大丈夫だよ。まさかリリに助けられるとはね」

「あー、酷ーい。これでも私だってライトの奥さんだもん。愛する旦那様を支えることくらい出来るんだよ。それにね……」


 リリは言葉を詰まらせる。

 そして彼女が言った言葉だが……。


「私だけまだ子供がいないじゃない? もちろんミライもジュンも私の子と同じだって思ってるよ。でもね、リディア姉とシャニ姉の辛さに比べたらまだ耐えられる。この家で今みんなを支えられるのは自分だけなんだなって思ってさ」


 そういうことだったか。

 確かに彼女の言う通りかもな。

 

「ライト……。行くんだよね? 車はもう用意してあるから。いつでも出られるよ」

「助かるよ。出発は五日後だ。それまでに準備しておかなくちゃな。リリ、このまま一緒に寝ないか?」


 ――カバッ


 リリをそのままベッドに引き込む。

 彼女の暖かさを感じていたくてね。


「あん、駄目だよ、こんな時に……。もう、甘えんぼさんなんだから……」


 そう言いつつもリリは俺の求めに応じてくれた。

 リリのおかげで安心して眠ることが出来た。

 ありがとな、リリ。



 


 

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