第187話 罠

「うぅ……。ラカン。馬鹿な男だ……」


 かつての恋人が再び彼女の元を去った。セタは地面に膝をついて泣いている。

 ラカンは言った。自分は病におかされておりもう長くは生きられないと。

 弱っていく姿を見られたくないと俺達……いやセタのもとから去ったのだ。


 セタも分かっているんだろうな、あれが今生の別れになることを。

 そしてラカンは死ぬ気だと思った。

 最後はセタのために東から攻めてくる敵の部隊を相手にすると言ったのだ。

 それてさらにラカンは言った。

 敵はドーラとギュスターヴを使うと。


 初めは何のことか分からなかった。

 だが俺の中で欠けていたピースが繋がる。


 ――スッ


 俺は涙を流すセタの肩に手を置く。


「すまん、感傷に浸ってる暇は無さそうだ。一度ピース村に戻ろう」

「あぁ……。分かった」


 セタは涙を拭いて立ち上がる。

 ここはすでに俺の敷地になった。

 兵士達を村民にした後、俺はポータルを作りピース村に戻ることにした。

 アシカ調教作戦に同行してくれたヨハンとロニも起こし、彼らも連れていくことに。



◇◆◇



 自宅に戻ると妻達は心配そうに出迎えてくれる。

 やっぱりラカンに殴られて怪我してるからな。

 鼻血は止まったけど、俺の顔はまだ血で汚れているようだ。


「ライトさん、大丈夫ですか!?」

「あぁ、大したことないよ。それよりもみんなを集めてくれ」


 俺の言葉を受け、リディア達は主要なメンバーを集めに向かう。


「ミライ、ちょっとお出かけしてくるからパパとお留守番しててね」

「セタ様、私も行ってきます。ジュンを頼んでもいいですか?」


 リディアはミライを俺に、シャニはジュンをセタに預け家を出ていった。

 アーニャとリリは買い物に行っているようなので家にいなかった。

 

「それにしてもお見事でした。まさか一人の死者を出すこともなく我らを味方にするとは」


 残ったヨハンとロニは俺を誉めてくれた。

 彼らも頑張ったと思う。この作戦にはヨハン達の協力が必要不可欠だったからな。

 

「いいや、俺の力だけじゃないよ。二人のおかげでもあるさ。ありがとな」


 礼を言って彼らを労ってやった。

 二人もラカンにコテンパンにされたので酷い怪我を負っていた……のだが、もう治ってる。

 魔法でも使ったのか?


 しかしどうやら違うようだ。すごい早さで傷が塞がっていく。

 これは以前見たヴィルヘルムと同じ力だな。


「この世界の人間って、そんな力を持ってるの?」

「あぁ、回復速度のことですね。これは王の力によるものです。王は私達を人より優れた種族に進化させたのですよ」


 ふーん。そういえばヴィルヘルムだけではなく、ヨハン達もハイヒューマンっていう種族みたいだしな。

 どうやって進化させたのか気になるが、それは後で聞くことにしよう。

 先に聞いておきたいのは……。


「二人はドーラとギュスターヴって知ってるか?」

「「…………」」


 ん? 二人は突然黙ってしまう。

 なんか目の焦点が合ってないぞ。

 しかし突然二人が同時に俺を見つめ……。


『ほう、そんなことまで知っているのだね。ラカンが口を割ったのかな?』


 ヨハンが口を開く。

 しかし彼の声色ではない。

 全くの別人の声だ。


 一体何が起きた?


 ――バンッ!


 突然ロニは立ち上がりテーブルをひっくり返す!

 俺は何が起きたのか理解出来なかったが……。


「うぅ……」


 一瞬だった。

 セタは打ち据えられ、床に倒れている。

 そしてロニは両手にミライとジュンを抱えていた。


「ちちー。助けてなのー」

「んあー。んあー」

「おい、お前、何をしてる? 娘を離……」

『動かないでくれたまえ。この子達は君の子だね? 全く嘆かわしい。人の身でありながら他種族と交わるとは』


 ロニの声もヨハンから発せられた声と同じだった。

 何が起きたのか理解出来ないが、とにかくミライとジュンの身が危ない。

 俺はその場から動けなかった。

 下手に動くと娘達の命が……。


『アジア人にしては優秀な判断だな。それでいい』


 アジア人……。

 今の台詞で分かったよ。

 こいつらはもうヨハンでもロニでもない。

 

「あんた、ヨーゼフか?」


 ――コクッ


 二人は同時に頷く。

 やはり。ここに来てラスボスの登場かよ。

 くそ、人質を取られてなかったら……。

 いや駄目だな。恐らくここにいるのはヨーゼフ本人ではない。

 何かしらの方法を使って二人を操っているのだろう。


『地球での同胞に出会えたのは嬉しいが、ここは敵地のようだからね。そうだ、君を我が国に招待しよう』

「へぇ? ドイツ式のパーティーでもしてくれるのかい? ヨーゼフ・メンゲレさんよ」


 かまをかけてみる。

 恐らく間違いないはずだ。

 カギ十字、ヴィルヘルム、そしてドーラとギュスターヴ。

 俺の知っている限り、こいつはかつてのナチスで死の天使と恐れられていたヨーゼフ・メンゲレに違いないからだ。


 だとすれば辻褄が合う。

 ヨーゼフはアウシェビッツ強制収容所で主任医官として……いや医者ではないか。

 収容者を使って非人道的な実験を繰り返してきた男なんだ。

 そもそもセタが異形を作り出した闇魔法だって地球の医学知識をもとにして作ったって言ってたしな。

 医者としての知識をセタに与えたのだろう。

 この世界の人間が超越した力を持っているのもそうだ。

 人体実験で得た成果を人に流用したのだろう。

 恐らくそれがヨーゼフの力だ。


『ははは、知っているようだね。ならば話は早い。そして私の目的も知っているのかね?』

「なんとなくね。第三帝国の建国……ってところかな?」


『その通りだよ。君は面白い男だな。もっと君のことを知りたくなった』

「そうだな。ならゆっくりしてってくれよ。茶でも出すぜ」


 とにかく今はミライ達を助けないと。

 だが上手くはいかないようで……。


『残念ながらもう行かなくては。今は同胞が時間を稼いでくれている』

「おい、村民に手を出したら……。生きて帰れないと思え」


 外の様子は分からないが、ヨハンとロニから察するにヨーゼフに操られているのは彼らだけではないだろう。

 外にはリディア達がいるんだぞ。

 彼女達は強いが、油断でもして刺されでもしたら……。


『ははは、その殺気、まるでサムライだな。さすがは日本人といったところか。だが安心してくれ。今は君達を殺さんよ。まずは私をここから逃がしてもらおう。もちろんこの子達と一緒にな』


 ――ギュッ


「ん……。苦しいの……。ちち、助け……」


 そう言ってミライは意識を失う。

 くそ、ここは従うしかない……。


『ははは、それでいい。そうだな。君は十日後に我が国アーネンエルベを訪ねてくれ。歓迎しよう。だが招待状は君にだけ渡す』

『この意味は分かるね? それでは私達はおいとまするとしよう』


 ロニとヨハン……だった二人は家を出ていった。

 逃がすか!


 ――ガシッ


 ん? 俺の足を掴む者がいる。


「ライトよ、耐えるのだ……。今は追ってはいかん……」

「セタ……。くそ! ちくしょー! ミライ……。ジュン……。うわぁー!」


 俺はその場で泣き崩れてしまった。

 ちくしょう、罠にかかったのは俺達の方だったか。

 アシカはもう陸に上がってたんだな……。


 

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