第185話 拳聖? いいえ賢性です 其の二

「ぐぅぅ……」


 俺の前には折られた拳を擦る拳聖ラカンがいる。

 その顔は痛みに顔を歪めていた。

 そりゃ拳をグシャグシャに折られたわけだからな。

 痛いに決まってるだろうさ。


 オリハルコンの壁すら破る強烈な一撃だったが、どうやら俺の石頭の方に軍配が上がったということだ。

 額で拳を受けるのはベアナックル……つまりグローブを付けずに戦う時の有効な防御方法だ。

 頭蓋骨ってのは人体の中で一番硬いらしいからな。

 しかし俺の頭ってオリハルコンより硬いってことだよな。

 石頭ならぬオリハルコン頭って言った方がいいのかな?

 語呂は最悪だな。止めておこう。


 しかしこれでラカンは拳という武器の一つを失った。

 戦力は大幅に下がるだろう。

 俺はラカンに向かって……。


「まだやるかい?」


 と声をかけた。

 むふふ、一度言ってみたかったんだ。

 しかしラカンはニヤリと笑い再び構えを取る。


「ふ……。ははは! 俺の拳を潰すとは畏れ入った! だが拳聖の武器はこれだけじゃねえ! さぁ、まだまだ楽しもうぜ!」


 ――ブォンッ!


 ハイキック! 狙いは俺の首か!?

 顔じゃなくて首を狙うあたり、殺す気満々の攻撃だな!


【壁っ!】


 ――ズゴゴッ!


 避けることは出来ないと判断。

 俺は壁を建て防御しようとするが! 


 ――スパッ ズズゥンッ……


「…………」


 嘘でしょ? オリハルコンの壁がぶったぎられたんですけど。

 足刀なんて言葉もあるが刃そのものの斬れ味だな。

 

「はは、運が良かったな。壁で軌道が邪魔されなきゃ首と胴体がおさらばだったぜ」


 なんて物騒なことを言う。

 っていうかセタってこんなバトルジャンキーと付き合ってたわけ?

 

「ライトよ、気を付けろ! ラカンはその体が武器そのものだ!」


 うん、俺もそう思うよ。

 っていうかさ、ラカンは現地の人間であり、特にチート能力は持ってないんだよな。

 この異常な強さはなんなの?

 縛られたままのセタに聞いてみる。

 

「なぁ、ラカンってこんなに強いの?」

「いや、若い時とは比べられん程の強さだ。その強さがあればもっと楽に魔王を倒すことが出来たのにな……」

「ははは、誉めてもらってるようだな。鍛えたんだよ。ただそれだけだ」


 鍛えただけでオリハルコンの壁を壊せるようになる訳?

 まじでバケモンだな、こいつ。

 むしろこいつがいれば異形とか倒せたんじゃないの?


「異形だ? そりゃ無理だな。奴らを倒すことは出来てもどんどん増えやがる。しかもこっちが強ければ強いほど進化しやがるからな。それに俺は世界を救うとかはどうでもいいんでね。それよりも自分がどこまで強くなれるかが大事なんだよ」


 なるほどねぇ。格闘家ってのは最終的に自分が強くなることに目的が集約されると聞いたことがある。

 純粋に強さを追い求めた結果、ラカンはこうなったのだろう。


 いやいや、納得している場合ではないぞ。

 俺、勝てるのかな?

 しかもラカンの拳だが……。


「ふ……。ふ……。ふー……」


 独特な呼吸をしたと思ったら、怪我が治った。

 血は止まり、甲から飛び出た骨も見えなくなった。

 回復魔法か?


「いいや、気功を使っただけだ。これでまた本気を出せそうだな!」


 ――ビュオンッ! ズバババッ!


「うぐっ!?」


 風斬り音を立て拳と足刀の連撃が飛んでくる!

 突然のことに防御しか出来ない!

 しかし急所を守っている腕の皮膚がズバズバと斬り裂かれていく!


 くっそー。好き勝手に攻撃しやがって。

 しかしだな、相手はいくら強くても人間なわけだよ。

 格闘漫画の知識だがこういった連続攻撃は無呼吸運動によるもの。

 防御しつつラカンが息をするタイミングを見つける。  


 ――フッ…… フッ…… スゥッ……


 今だ! 俺の全力のパンチを食らいやがれ!

 ステータスはあんたより上だからな……。


 ――ゴリッ


「ん……」


 なんか天地が逆転したような感覚が。

 平衡感覚が乱れるっていうのかな。

 急に地面が目の前に迫ってきて……。


 ――ドサッ


 ダウンしてしまった。

 

「ははは、やっぱり素人だったか。あんなフェイントに引っ掛かるなんてな」

「だな。見事に騙されたよ」


「生きてんのかよ……」

「あいにく頑丈さには自信があってね」


 ラカンは連撃を止めた瞬間、俺の動きを読んで下段から俺の顎を蹴りあげたようだ。

 いったー。舌噛んじゃったよ。

 とりあえずこいつの攻撃は致命傷にはならない。

 本当にレベルアップし続けて良かったよ。

 してなかったら俺は即死してただろうな。


 むむむ、しかし困ったぞ。

 分はラカンにある。このままではジリ貧で負けるだろう。だって武術とかやったことないし。


 だがしかし! いかに相手が強かろうとも俺は負けるわけにはいかん!

 女を殴る奴など許してなるものか!


「おらー!」

「おおっと、元気な男だな」


 俺はラカン目掛けパンチ、キックを繰り出す!

 しかし全ての攻撃があっさり避けられてしまった。

 こりゃ駄目だ。他の方法を考えないと。


「甘い甘い、お前は強いが動きが素人だ。力の持ち腐れだな。そんな分かりやすい踏み込みじゃ永遠に俺には届かんよ」


 ぐぅ、悔しい。

 そりゃプロボクサー相手に子供が戦ってる位、技術には差があるのだろう。

 

 ん? ボクサー……。

 踏み込み……。

 そして俺の脳裏には世界最強の男の台詞が浮かぶ。

 

【持ち味を活かせ!】


 俺の持ち味か。

 むふふ、ならこれならどうだろうか?


 ――ザッ


 俺は立ち上がり、ラカンに向かって構える。

 ラカンとの距離は約3メートルってとこかな。

 

「ならこんなのはどうだい?」

「ははは、素人のお前の拳など目を……。あがっ?」


 ――ザッ カシュッ ドサッ……


 俺の左フックがラカンの顎を打ち抜く。

 地面に顔を埋めるように倒れていった。

 よし、初めてダウンを奪ったぞ。


 今のは意識を刈り取るための一撃だ。

 大してダメージは無いだろう。

 このまま頭に下段踵落としでも食らわせれば俺の勝ちなんだろうけど……。

 やっぱりそれはやらない。ラカンには反省してもらわなくちゃいけないからだ。


「起きろ。まだやれるだろ?」

「ぐ……。い、今のは一体……」


 ラカンはふらふらと立ち上がる。

 何が起きたのかは身をもって知ってもらおう。

 

 俺が構えるとラカンは防御体勢をとる。

 正中線を隠すように体を横に向ける。

 なるほど、これなら急所に被弾する確率を減らせるよな。

 でも通用するかな?


 ――ドヒュッ!


 俺の突きがラカンの顔面を狙う!

 きっと奴はカウンターを狙ってくるだろう。

 だから俺は持ち味を活かす。


【壁!】


 ――ズゴッ!


 足元から飛び出た壁を蹴る!

 斜めに建てたので踏み込むと同時にラカンの死角に移動!

 

「なっ!?」


 ラカンには俺が突然いなくなったように見えるだろう。

 この攻撃はラカンの言葉がヒントになった。

 踏み込みが甘いってな。だから踏み込む速度を上げるために壁を利用した。

 今のトリッキーな動きも壁を建てる勢いを利用したものだ。

 別に壁は防御するためだけに使うものじゃない。こうやって攻撃にも流用出来るってわけだ。

 最初にダウンを取った一撃も壁を建てる勢いを利用して前方に一気に加速したのだ。


 むふふ、これが俺の持ち味だよ。

 さぁ終わりにしよう。

 

「ねぇラーカン、こっちむーいて」

「だぉっ!」


 後ろから声をかける。

 すると回転裏拳を放ってくる。

 鋭い一撃だが、戦いのペースはもう俺の手にある。


 ――ブォンッ!


 ラカンの裏拳を屈んで避ける。

 ふふ、隙だらけだな。

 上を見上げるとラカンの顎が見えた。


【壁っ!】


 壁を建てる速度、立ち上がる速度、腕を振り上げる速度が加わる。

 俺の拳の先端はマッハ……は超えなかったが、ラカンの顎を的確に打ち抜いた。


 ――ドゴオッ! メキッ……


「あ、あが……?」


 壁を利用したアッパーを食らい世界最強の拳聖は倒れて動かなくなった。

 この勝負……賢性ライトの勝ちだな!

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