第184話 拳聖? いいえ賢性です 其の一

 俺の目の前にはかつてこの世界を救ったとされ、そしてかつてのセタの恋人だったという拳聖ラカンが立っている。

 あまりに突然の出来事にラカンに尋ねてしまった。


「なぁ、あんたラカンっていうのか。あのラカンか?」

「どのラカンかは知らんが、それは俺の名で間違いないな。聞いたぜ、お前は不思議な業を使うみたいだな。だがそれは俺には通用せんぜ。俺はお前の敵じゃないから……な!」


 ――ドヒュンッ!


 突きとは思えない速度を伴った一撃が俺の顔を狙う!

 もう鼻を潰されるのはゴメンだからな。


【壁!】


 オリハルコンの壁を目の前に建てる!

 世界最強の金属だ! 素手で壊せるはずは……!


 ――ドゴォッ! グシャ!


「…………」

「甘えよ。金属の壁でも壊しようはいくらでもあんだよ」


 ラカンの拳は壁を貫き、俺の鼻を潰した。

 目の前が霞んで意識を失う。

 俺は地面に倒れる。


「ラカン! 何故そのようなことを!」


 セタは天幕から飛び出してきたようだ。

 うっすら目を開けるとラカンに詰めよっているのが見える。

 ラカンはめんどくさそうに頭をボリボリ掻いてから……。


「言っただろ。俺はただ強い奴と戦いたいだけだって。忘れたのか? お前に協力したのだって世界を救うためじゃねえ。ハーンをこの手で倒してみたいだけだって言ったじゃねえか」

「そんなことは分かっている! だがお前はヨーゼフの狙いは知っているはずだ! 何故悪辣な野望を持つヨーゼフに手を貸すのだ!」


 ラカンは少し悲しそうに笑った。

 

「別に手を貸した訳じゃねえ。だがあいつから不思議な業を操る男の話を聞いてな。もしかしたらまた強い奴に出会えると思ったからここにいるだけだ。だがとんだ期待外れだったみたいだな」


 とラカンを俺を見下ろしため息をついた。

 なるほどねー。こいつは俺の敵じゃない。

 だが遠慮無く俺を攻撃することが出来る。

 敵を攻撃するわけではない。単純に力比べをしたいだけなんだろう。

 俺を殴れる理由が分かったよ。


 ――ガバッ


「いてて。久しぶりに鼻血が出ちゃったよ。顔を殴られるのなんて中学生以来じゃないかな……」


 ハンカチを取り出し鼻に詰めておいた。

 嫁には見せられん姿だな。


「おま……。あの一撃を食らってまだ立てるのかよ。ふふ、ならまだ楽しめそうだな」

「ラカン! いい加減にせんか! 我らが争う必要など無いだろうが!」


 ――パンッ


「ぐっ……!?」

「うるせえ。口を挟むんじゃねえ。これは俺の夢なんだ。俺よりも強い男と戦いたい、その夢を邪魔する奴はお前でも許さん」


 ラカンはセタを叩いた。

 怪我をしないよう軽くだったようだが、セタの頬は赤く腫れ上がっている。

 

 ――プチッ


 あらら、また俺の中で何かがキレる音がしちゃったよ。

 

「なぁ、セタさんはあんたの恋人だったんだろ? 女を殴るなんてどういうつもりなんだよ」

「へぇ? 闘気がいきなり上がったな。こりゃ楽しめそうだ」


 ――ズシャッ


 ラカンは俺の前に立ち構える。

 まるで中国拳法の構えだ。詳しくは知らんけどそんな感じの構え。

 ラカンは敵ではない。純粋に俺との勝負を望んでいる。

 だから俺を殴れるのだろう。


 彼との戦いは避けられないんだろうな。

 でも一応聞いておこう。


「なぁ、あんたが俺の敵じゃないことは理解した。ならさ、平和的に解決する方法ってある?」

「ははは、腰抜けだな。だが残念ながら無い。俺はもう歳でな。このコンディションを保てるのは残り数年だ。だから最高の仕上がりの内に強い奴を倒しておきたいんだ」


「なるほどね。もう一つ聞く。勝負はどうやってつける?」

「どっちかが死んだ時でいいだろ」


 ラカンはジリジリと距離を詰めてくる。

 こいつは俺を殺す気だな。

 敵意も無く人を殺すことが出来るとは。

 世の中にはこういう男もいるんだなぁ。


 だが黙って殺られる俺ではないぞ。

 ステータスは俺の方が上だし、顔面に二発食らったが大したダメージは無い。

 鼻血ダラダラだけど。


 それに俺はこいつを許せない。

 女を殴ったからだ。  

 女は殴るものではない。愛でるものだ。

 

「勝つのは俺だ。女を殴るような男に負けるつもりはないんでね。いいか、女を泣かせていいのはベッドの中だけだ。女を叩いていいのは上に乗せてる時にお尻を叩く時だけだ。男の手はな、女を殴るためにあるもんじゃねえ。胸を揉むためにあるんだよ! お尻を鷲掴みにする時も使うか!? と、とにかく俺はお前のような男に負けるつもりは無い! それに女を殴るような男はエッチが下手に決まってるからな!」

「いや、ラカンはテクニシャンだったぞ」


 セタさん、今はそれ言わないでいいです。

 とにかく俺はラカンに負けるつもりはない。

 どっちが強い弱いは関係無い。

 これはある意味漢比べみたいなもんだ。

 ポリシーの戦いでもある。


「ははは、面白い男だな。ならそろそろ始めようか。お前の潜在能力は俺以上らしい。だがまるで素人だ。力を活かしきれていない。どこまで楽しませてくれるかお手並み拝見といこう。では拳聖ラカン、参る」

「拳聖ラカンか。ならば俺は賢性として戦おう」


「拳聖?」

「ううん、賢性」


「聖なる拳じゃなくて?」

「賢い性です」


 ――ドヒュッ! ドゴォッ!


 三発目のパンチが俺に命中した。


「てめえ、なめてんのか?」

「いいや、全然。それになめてんのはお前じゃないの? そんなぬるいパンチじゃ俺は倒せないよ」


「な、なんだと……? ぐっ……!?」


 ラカンは距離を取り自身の拳に起きた変化に気付いた。

 その拳からは骨が飛び出している。

 グシャグシャに折れているんだ。

 レベルアップしてて良かったー。

 どうやら今の俺の額はオリハルコンより硬いみたいだな。

 まぁ俺も額を殴られたのでジンジン痛むけど。


「拳聖ラカンよ。人体で最も硬い頭蓋骨を狙うなど愚の骨頂だぞ。顔ってのは必殺の急所が集中している箇所ではあるが、それを守るために人体で最も厚い骨に覆われている箇所でもあるんだ。下手に攻撃するとそうなるんだぞ」


 と大好きな格闘漫画での知識を披露する。

 ありがとう愚◯独歩先生、あなたがプロボクサーを相手にしていた時の防御方法が役に立ちました。

 

「まだ腕は一本残ってるよな? さぁ、かかってこいよ!」


 ――クイッ


 親指で鼻を触り、アチョー!とかホァー!みたいな構えをする。

 こうして拳聖と賢性との戦いが始まるのだった。


 


 

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