第183話 アシカ調教作戦 其の三

「止まれ! 所属、部隊名を答えよ!」


 ピース村から北に進んだ場所にある人間達の陣立ての前。

 櫓からは弓で俺達を狙う兵士がいる。

 その狙いが明らかにセタに向けられているものだと分かったので、俺は彼女の前に出る。


「止めよ! 私は第一次奇襲部隊、副官のヨハン! 敵将である魔王セタを捕らえた! 中に入れてくれ!」

「奇襲部隊だと? しかし奇襲部隊は任務を終えたらそのまま東に退去する手はずだったはず……」


 ん? そうなの?

 それは聞いてないぞ。

 櫓の兵士は俺達を疑い始めたみたいだ。

 しかしそこはそれなりの地位にあるヨハンとロニである。


「いいから門を開けんか! これはヴィルヘルム将軍からの命令である!」


 とロニは赤い蝋印の付いた紙切れを出す。

 それを兵士に見せつけるように掲げた。


「そ、その印は!? た、ただいま門を開けます!」


 櫓の兵士は焦ったように下に向かって指示を出す。

 するとすぐに門は開き、俺達は中に通された。

 セタは小声で呟く。


「ふふ、上手くいったな」

「だな。ちょっと焦ったけど」

「ライト様……。お静かに……。私達は時間を稼ぎますので早めにお願いします……。さぁ、魔王よ! こっちに来い!」


 ――グイッ


 ヨハンは俺からセタを縛っている縄を奪い、彼女を天幕の中に連れていく。

 今から取り調べ……みたいな芝居をしてくれるのかもしれない。


 残された俺と百人の兵士はその場で待機だ。

 確か今から点呼をして身元を確認するんだったかな?

 よし、俺は第一次奇襲部隊のセレネだ。

 噛まないようにこっそり練習しておこ。


「並べ! それでは点呼を始める!」


 と前からやって来たちょっと偉そうな兵士が叫ぶ。

 こういうのは早めに終らせておいた方がいいならな。

 前に並んでおくことにした。


「奇襲部隊、後方担当、ジャン!」

「よし、次!」


「奇襲部隊、兵站支援、クロン!」

「よし、次!」


 こうして点呼は行われとうとう俺の番になる。

 ちょっと緊張してきたぞ。


「だ、第一次奇襲部隊、し、しぇれね!」

「シェレネ?」


「ま、間違えました! セレン!」

「セレン? セレネじゃなくて?」


「そう! シェレネです! いやセレネです!」

「う、うん……。セレネね。よし、次!」

「ぷ……。くくく……」


 後ろから笑い声が聞こえてくるんですけど。

 と、とりあえずは大丈夫そうだな。

 点呼は終わり、俺達は労いの言葉をかけられた後に休憩するよう指示を受ける。


 兵士の多くは食堂に向かうらしいが、俺はゆっくりしてる時間は無い。

 ここは敵地だからな。まぁ今からその敵は敵ではなくなるんだけど。


 ざっと陣の広さを確認する。

 かなり広いな。昔のラベレ村くらいだろう。

 陣は木製の柵で囲まれている。

 あまり騒ぎを起こしたくない。

 なので久しぶりに木の壁を発動する。

 柵に沿って壁を建てるのであまり目立たないはずだ。


 ――ズズズッ


「ん? この音は……?」


 やべっ!? 巡回の兵士に気付かれる!


「へーっくしょい! てやんでぇ、べらぼうめー! へーっくしょん!」


 大声でくしゃみをするフリをして注意を反らす!

 

「お、おい、大丈夫か?」

「風邪かな? 急にくしゃみが……。へーっくしょい!」


 と、とりあえず注意は反らせたようだ。

 俺はそのまま壁を建て続け、ようやく陣を囲うことに成功する。

 よし、これで準備完了!


 ――ピコーンッ


【一定時間未所有の土地が壁で囲まれました。この土地を敷地にしますか?】

(YES。敷地内にいる全ての者の心の壁を消去)


【受け付け完了】


 ――ザワッ カランッ


「あ、あれ? なんで俺ここにいるんだっけ?」

「たしか南の大陸を攻めるためだったような……」

「でも戦う必要ってあるのか?」

「止めとこうぜ。戦うだけ無駄だろ」


 兵士達は戦意を削がれ武器を置く。

 ふー、これで第一次アシカ調教作戦完了っと。

 ここにいる兵士達はもう俺の敵ではなくなったわけだ。

 陣の中に兵士は村民にも出来るけど故郷に帰りたい者もいるかもしれないからな。 

 とりあえずはそのままにしておこう。


 それではセタを助けにいかないと。

 彼女はまだ縛られたままだからな。

 セタが連れていかれたのは中央にある天幕だったな。


 陣の中を進むと心の壁を無くした者は呆然としたり、笑いあったり、中には泣いている者もいる。

 特に泣いている者が気になるな。

 心の壁を無くしたことで自分達がやってきたことを後悔しているのだろう。

 ヴィルヘルムはそれが原因で自殺したんだ。

 

 慰めてやりたい気持ちを抑え、俺は天幕の前に辿り着く。

 この中にセタが……。


 ――バォッ! ドガァッ!


「うげっ!?」


 天幕の内側から突然殴られた!

 突然のことに俺は避けることも出来ずにまともに突きを鼻に受ける。

 いたた。鼻折れてないよな?


 何が起きたのか分からない。

 おかしいぞ。もうここには敵はいないはずなのに。


「あちゃー。頑丈な男だな。殺す気で殴ったのに。聞いた通りでたらめな男なんだな」


 中から声が聞こえる。

 って殺す気って。物騒なこと言いやがるな。

 ここに敵はいないはず。だが天幕の中にいる者は俺を攻撃してきた。

 

「いたた。いきなり殴るなんて酷いことをするな。どんな親に教育されてきたんだか。おい、出てきて謝れよ」

「ははは、なら俺の一撃を食らって生きてる男の顔を拝んでやるとするかね」


 ――バサッ


 中から出てきたのは白髪の中年男だった。

 長い髪を結わえ、その顔は傷だらけ。

 片目は潰れているのか、特に大きな傷があった。

 その体は素人目に見ても鍛えあげられており、一目で強者だということが分かる。


「へぇ、思ったより抜けた面だな」

「失礼だな。これでもそれなりにもてるんだぞ」


 俺は怯むことなく男と対峙する。

 そして考える。

 ここにいる全ての者から心の壁は消し去った。

 なのに何故この男は俺に攻撃してきたのかを。


 まずはステータスを見てみよう。



名前:ラカン

年齢:???

種族:ヒューマン

力:250 魔力:0

能力:体術


 

 強いな。しかしステータスは俺より低いようだ。

 しかしステータスには心の壁は無い。

 つまりこいつは俺の敵じゃないはずなのに……。


 疑問に思っていると天幕の中から声が聞こえた。

 セタの声だ。


「ラカン! 止めるのだ! 争う必要がどこにある!」

「ちっ、うるせえな……。黙ってろ! 俺はこいつと話がしたいだけなんだよ! これを使ってな!」


 ラカンだって? ラカンとは西に作った第三の村と同じ名前。

 そしてセタのかつての恋人であり、彼女と共に世界を救った者の一人だとか……。


「なぁ、あんたラカンっていうのか。あのラカンか?」

「どのラカンかは知らんが、それは俺の名で間違いないな。聞いたぜ、お前は不思議な業を使うみたいだな。だがそれは俺には通用せんぜ。俺はお前の敵じゃないから……な!」


 ――ドヒュンッ!


 突きとは思えない速度を伴った一撃が俺の顔を狙う!

 二度も食らうかよ!


【壁!】


 オリハルコンの壁を目の前に建てる!

 世界最強の金属だ! 素手で壊せるはずは……!


 ――ドゴォッ! グシャ!


「…………」

「甘えよ。金属の壁でも壊しようはいくらでもあんだよ」


 ラカンの拳は壁を貫き、俺の鼻を潰した。

 目の前が霞んで意識を失う。

 俺は地面に倒れるのだった……。

 

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