第182話 アシカ調教作戦 其の二

 人族の青年……っていうか1000年生きてる者を青年と呼んでいいのか分からんが、ロニとヨハン、そして総勢100名を超える人間を村民にした翌日。

 俺はセタとアーニャと共にピース村の北側に来ている。

 リディア達も来たいと言ったが第一次アシカ調教作戦は結構簡単に終わりそうなので休んでていいよとお断りしておいたのだ。


「ライト様、おはようございます!」

「「「おはようございます!」」」

 

 お、おぅ。目の前にはもう村民になった人族の兵士が完全武装で俺を出迎えてくれた。

 彼らは元々は敵側に人間だが心の壁を消したことで一日でピース村に馴染んでくれた。

 これから元の仲間とある意味戦うのだが、アシカ調教作戦が成功すれば平和的に解決することを伝えたらみんな協力するって言ってくれてね。

 お言葉に甘えることにした。


「ふむ、準備は出来ているようだな。それではライトよ。こちらも手はず通りに。アーニャ……」

「はい!」


 セタはアーニャに声をかける。

 そして俺に小瓶に入った薬液を手渡した。

 ほうほう、これが噂の変化薬か。


「効果は大体一日だ。それまでに終わらせるのだぞ」

「分かってるよ。それじゃさっそく……」


 小瓶の蓋を取り、セタは呪文を唱え始める。


「orщus orщus orщus……。さぁ飲むのだ」

「おう!」


 瓶に口を付け、一気に流しこ……。

 ん? んん!? 苦い! 不味い!


「オロロロッ……」

「きゃー! ライト様、大丈夫ですか!?」


 アーニャは俺の背を擦ってくれる。

 な、なんて味だよ。センブリ茶ってあるよな。あれの10倍は苦い。

 吐いたのに胃の中から香る匂いでさらに吐き気が……。


「はぁはぁ……。ア、アーニャはよくあんな不味いの飲めたね……。どうやって飲むの?」

「気合いです」


 気合いかよ。

 ううむ、しかし第一次アシカ調教作戦は俺が変化薬を飲むことから始まるのだ。

 ここは我慢して飲み干すしかないだろう。


「ライト様、頑張って下さい!」

「あんまり頑張りたくないけど……。せーのっ!」


 ――グビッ!


「んー!?」

「アーニャよ! 吐かせるな! 口を押さえるのだ!」

「はい! 皆さんも手伝って!」

「「「おー!!!」」」


 なんか全員参加で俺にこのヤバ汁を飲ませるために集まってきた。

 何回か死ぬかと思ったが、ようやく飲み干すことに成功する。

 そしてしばらくすると体に変化が。


 ――シュワワッ


 なんか体から音がして肌の色が変わる。

 アーニャが鏡を持ってきてくれたので自分を見てみると。


「すごっ。別人になった」


 鏡の中にはハリウッドスター顔負けの外人さんがいた。

 いや、ロニとヨハンと同じ人種になったって言えばいいのかな。

 とりあえず変化は成功したか。

 次にアーネンエルベ王国軍の鎧を着て変装完了っと。

 最後にヨハンから説明を受けた。


「陣に戻ったら帰還報告をしなければなりません。ライト様は第一次奇襲部隊のセレネと名乗って下さい」

「噛んじゃいそうだな。第一次奇襲部隊のセレネね。練習しとこ」


 そう、俺はこれから変装して敵陣に乗り込む。

 そこで人間達の心の壁を消して北にいる部隊を一網打尽にするのだ。


「セタ様、ご無礼をお許しください……」

「うむ」


 アーニャは荒縄を手にし、セタを縛っていく。

 これはヨハンからの提案でなんの成果も得られず陣に戻るとかえって怪しまれると助言を受けたからだ。

 つまりセタを捕らえ、奇襲は成功したということを知らしめるということだ。


 アーニャは慣れたようにセタを縛って……いやアーニャさん、なんで亀甲縛り?


「あ、あぁん。食い込むぅ……」

「アーニャ、やり直しで」

「え? で、でもライト様は私をこうやって縛るじゃないですか」


 こら、ここでプレイの内容を披露するんじゃないよ。

 縄を解くとちょっとセタはがっかりした顔をしてるんだが。


「後で今の縛り方を教えてくれんか?」

「ふふ、いいですよ」


 なんて和やかな会話をしつつ再びセタを縛る。

 今度は後ろ手に縛ったので見た感じは捕虜に取ったっぽいな。

 これで全ての準備が完了した。


「それではライト様、陣に向かいましょう」

「こら、今の俺は来人じゃない。それにお前の部下なんだろ?」


「そ、そうでした。ならばセレネ、行くぞ!」

「はい!」


 姿を変えた俺はヨハン達と共に北にある陣に向かう。

 もちろん縛られたセタも一緒だ。

 何故か俺が彼女を縛る縄を持つ係をやらされているんだが。


 しかしセタは物好きだな。魔王様なのにあえて危険な場所に飛び込もうだなんて。


「ははは、お前一人に任せておくのは心配だからな」

「言ったな。子供じゃないんだから余計な心配は無用だよ」


「まぁ今のは冗談だ。しかし手土産にするならば大将首を持っていくのが一番だろう? ならばこの役目は私が適任というわけだ」


 彼女の言う通りかもな。

 なら俺は彼女に危険が及ばないよう努力しないとな。

 

「すまん、あんたには指一本触れさせん。絶対に無傷でピース村に返すことを約束するよ」

「ほう? 言うではないか。ふふ、この私を守るか……。そんなことを言ったのはお前で二人目だ」


 ん? なんかのろけてきそうな雰囲気だな。

 おばちゃんの恋ばななんぞ聞きたくはないぞ。

 しかしセタは話したそうにしていたので聞いてみることにした。


 セタは語りだした。

 大昔、セタが若い時に一人の転移者がこの世界に現れた。

 俺も聞いたことがある。魔王ハーンのことだ。

 ハーンは自身の力で作り出した騎兵を操り世界の全てを支配しようと暴れまわった。

 しかしそれを黙ってみているセタではなかった。

 彼女はヨーゼフ、ヴィルヘルムそして猫人カジートの王テオを仲間にしてハーンに立ち向かう。

 しかし彼女が仲間にしたのは彼等だけではなかった。

 もう一人いたのだ。

 それが拳聖ラカンだと。


「やっぱり昔の男の名前だったか」

「ははは、別にいいではないか」


 それにしてもセタも中々ロマンチストだな。

 かつての恋人の名を村の名前に使うなんてさ。


 ん? でも俺はヨーゼフって奴にはまだ会ってないけど、ヴィルヘルムは先日会ったし、テオなんかはもうピース村の村民になっている。

 ラカンってのはもう死んでしまったのかな?  

 それかヨーゼフ、ヴィルヘルムと同じ転移者なのだろうか?

 聞いてはいけない質問かもしれないが、興味が出てきた。

 それとなくセタに聞いてみる。


「ラカンか。彼はこの世界の人間だよ。武に関しては並ぶ者無し。当時は世界で一番強いと謳われた者だ」

「へー、でも拳聖って言うからには武術家なのか? カッコいいな」


 セタの話は続く。

 ラカンは武器は持たず、自分の拳だけを信じてハーンに立ち向かったそうだ。

 セタとラカンは共に戦う内にお互い魅かれていくのを感じたと。

 セタの初めてはラカンに捧げたとか聞きたくもないこともご丁寧に言ってくれた。

 種族は違えど共に危機を乗り越えて育まれた愛か。


「そ、そうなんだ。なら一緒にはならなかったのか?」

「ははは、残念ながらそうだ」


「死んだのか?」

「いいや、あいつは馬鹿な男でな。ハーンを倒した後は自分より強いやつに会いに行くと言って私のもとを去ったのだ」


 ス◯2ですか?

 某有名格闘家みたいな男だな。

 しかし俺も男だ。格闘家には憧れがあるし生きてるなら会ってみたいもんだ。


「ライト……いや、セレネ。話は終わりだ。間も無く到着する」


 ヨハンが言ってくる。

 俺達の目の前には木製の柵で囲まれた陣立てがあった。

 

 よし、これより第一次アシカ調教作戦の開始だな。

 

 

 

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