第180話 後悔
俺は今、人族の捕虜を入れてある牢屋にいる。
先ほど二人の青年のステータスから心の壁を消し去ったばかりだ。
だんまりだった二人だが、ここでようやく口を開いてくれる。
「ヨハン……」
「ロ、ロニです」
「ヨハンにロニか。いい名前だね。君達を叱責するわけじゃない。だから安心して話して欲しいんだ。なぜ俺達を襲った?」
二人は顔を見合わせた後、ポツポツと話し出そうとした瞬間……。
「黙っていろ! 軍法会議にかけられたいのか!?」
とヴィルヘルムが割り込んでくる。
うるさいなぁ。俺は今この若者と話してるんだから。
しかし仮にもヴィルヘルムは上司にあたるのだろう。
そんな相手に怒鳴られたら話すもんも話せなくなる……と思ったんだけど。
「も、もうあんたの言うことなんか聞いてられるか!」
「俺だってそうだ! 俺はずっと後悔してたんだ! この手で罪の無い種族を……。うぅ……」
ロニと名乗った青年は泣き崩れてしまった。
しかし意外だったな。
心の壁が無くなるだけでヴィルヘルムに逆らうことが出来るようになるとは。
俺はリディアとアーニャに目配せをすると二人は笑顔で頷いてくれた。
――ガッ ドサッ
「うぐっ!? な、何をするか!? 離せ! むぐっー!?」
「わっ、すごい力だね」
「でもライト様程ではありません。大人しくしてなさい!」
二人はヴィルヘルムの腕を掴んで地面に組伏せる。
そして喋れないように猿ぐつわをはめた。
ヴィルヘルムは喋れないのでむーむー言っているが、少しは静かになった。
これなら話を聞けそうだな。
「ゆっくりでいいよ。俺は君達の口から聞きたいんだ。何でもいい。知っていることを教えてくれないか?」
ロニは嗚咽まではいているので、代わりにヨハンという青年が話してくれた。
そしたらまぁ出るわ出るわ。色んなことを語ってくれた。
要約するとアーネエルベという国は鉱物は豊富に採れるが農作物なんかはあまり育たない土地であり、慢性的に食糧不足であったと。
それは以前デュパに聞いたな。セタが現役だった頃は彼女の国と交易することで何とか食糧を確保し生活していたらしい。
「……そこで君達の国は資源を確保するために南の大陸を支配しようとしていたと」
「はい……」
ここまでは俺も知っている話だ。
あえて聞いた理由は二人が真実を語ってくれるかどうかを確かめるためだ。
嘘は無し。彼らは本当のことを語ってくれている。
ならばここからは俺の知らないことを聞いてみよう。
「あのさ……。ちょっと聞きにくいことなんだけど、ヴィルヘルムとヨーゼフっていう男は俺の世界の人間なんだよね。だから彼らが前の世界でどんなことをしていたかは知ってるんだ」
歴史に疎いものでもカギ十字くらいは知っている。
俺はそれなりにおっさんで知識もあるしな。
アシカ作戦、カギ十字、他種族を害虫扱いする感覚。
ヴィルヘルムが言った悲願という言葉。
第三帝国の建国ってことなんだろうな。
だがヨハンが言った言葉はそれだけではなかった。
彼らは地球でやっていたように、北の大陸に住む他種族を捕まえては収容所に入れていた。
そして収容所では他種族を使って非人道的な人体実験を繰り返していたと……。
「そんな……」
「酷い……」
話を聞いていたリディアとアーニャの顔が歪み、涙がこぼれ落ちた。
人体実験により得られた成果を利用し、人は進化した。
寿命は伸び、若いままの姿を保ち、そして同じ人種となる。
アーリア人によるアーリア人のための国ですか……。
なるほど、異世界に来ても悪い意味で信念は変わっていないみたいだな。
ご立派なことだよ。
俺の前で話しているヨハンも青年のように見えるが、これでも千年以上生きているらしい。
種族がハイヒューマンになっていたからな。
人間にはない超越的な力を持っているんだろう。
なに、それなりにファンタジーな世界で生活してきたんだ。
別に今さら不思議には思わんよ。
ヨハンは生きてきた千年の中で様々な種族が人の手によって捕らえられ、そして非人道的な実験によって死んでいくのを見ていた。
心のどこかではもう止めたいと思ったそうだが、国に逆らうことは出来ず、いつしかそれが当然だと思うようになったと。
しかし今は後悔をしている。自分達が犯した罪の重さに苦しんでいるようだ。
心の壁を取り払った結果だな。
――ポンッ
俺は二人の肩に手を置いた。
「あのさ……。後悔しても君達の罪が消えるわけじゃない。死んでしまった者はもう戻っては来ないからな。ならさ、これからは生きている者のために尽くしていけばいい」
「うぐ……。でもどうすれば……」
と泣き続けるロニは呟く。
別に聖人になるつもりはない。
だがこれは俺の本心でもある。
憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、慈悲によってのみ消え去るってな。
お釈迦様は良いことを言ったもんだよ。
「ここで生きていくつもりはないか? 俺達の仲間としてさ」
「そ、そんなこと出来るわけは……。あなた達は我らを憎んでいるはずだ……」
確かに今のままならね。
だから俺は念じる。
(敷地内にいる者全ての心の壁を消去。人間も村民として受け入れる)
【受け付け完了】
心の壁は物理的なものではないので分かり辛いが、それでも牢屋の中にあった刺々しい雰囲気が消え去るのを感じる。
これでピース村の村民、そして人間達から心の壁が消え、お互いを受け入れることが出来るようになるはずだ。
……と思ったんだが。
「んぐー!? んー!!!!」
「あ、暴れないで!」
「リディアさん! 危険です、離れて下さい!」
ヴィルヘルムが今まで以上に暴れだした。
リディア達の拘束を振り切って立ち上がる。
い、一体何が起こったというのか?
ヴィルヘルムは猿ぐつわを外し、そして大声で泣き出した。
「わ、私はなんてことをしてしまったんだ……。う、うわー!」
――ダダダッ! ドゴォッ!
そう言った次の瞬間、ヴィルヘルムは牢屋の壁に向かって走り出した。
そして全力で頭を壁に打ち付ける。
――グチャッ……
高いステータスをもってオリハルコンの壁に激突したんだ。
ヴィルヘルムの頭は粉々に砕け散った。
「な、何が起こったの……」
リディアとアーニャは呆然とその様子を見つめていた。
俺は何となくだが分かった。
自ら命を絶った理由が。
これまで自分が犯してきた罪、そして奪った命の多さに耐えきれなくなったのだろう。
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