第179話 差し入れ
人族の襲撃があった翌朝、俺は村の中央にある食堂を借りて料理をしている。
どんな料理が好きなのか分からないのでとりあえず洋食に近いものを作っておいた。
「ふふ、みんな喜んでくれるといいですね」
「はい! せっかくですから、精一杯美味しく作りましょうね!」
リディアとアーニャも手伝ってくれている。
その顔はとても良い笑顔だ。
彼女達のステータスには昨夜、【心の壁】という項目が発生した。
あの心優しいリディアとアーニャが、戦争を仕掛けてきた人を憎み、すぐにでも殺してしまいたいとまで言ったのだ。
だが俺の力で心の壁を消去したことで人に対する憎しみは消えたらしい。
なので一つ思い付いたことがある。
今日はそれを試してみたい。
「出来ました!」
とアーニャが野菜を細切りにしたコンソメスープの味見をして料理は完成となる。
用意した料理はフワフワのパン、カフェオレ、スクランブルエッグ、大きな焼きソーセージ、酸っぱいドレッシングをかけた野菜サラダ、デザートとしてミンゴという果物にシロップをかけたものだ。
ホテルの朝食みたいなメニューだな。
夜にはビールでも出してやるか。
「ねえ村長、なんで人間にそんな料理を作ってあげるの? そこまでやってあげる必要はないんじゃない?」
と食堂を経営するエルフのミァンは言ってくる。
答える前に彼女のステータスも確認してみたが、やはり状態の項目に【心の壁】があった。
彼女だけではなく、恐らく村民全員が人に対して心の壁というものが追加されているはずだ。
俺の力ならば彼らの心の壁を消すのは簡単だ。
だがそれでは解決にならない。
なぜなら捕虜として拘束している人間達にも心の壁があるからだ。
双方の壁を消してこそ、俺は全てが解決すると思っている。
「まぁまぁ、そんなこと言わないでさ。敵だって食わなくちゃ辛いだろ? 俺達だって最初は食うために必死だったじゃん。憎い気持ちは分かるけど腹を空かせておくだけなのはかわいそうだよ」
「それは分かってるけど……」
とやはり納得はしていない様子だった。
食堂にいた村民の視線も同じようなものだったから、俺のしていることを良くは思っていないのだろう。
俺達は出来上がった料理を台車に乗せ、村の北にある牢屋に向かう。
牢屋だが材質はオリハルコンなので人が武器も無しに破るのは不可能だ。
中では兵士達が大人しく座っていたり、まだ寝ている者もいる。
しかし俺が入ってきたのに気付き、一斉にこっちを向いた。
「殺しに来たのか?」
「いいや、差し入れだ。食ってくれ」
ヴィルヘルムだ。
彼は一人立ち上がり格子越しに俺の前に立つ。
俺は怯むことなく格子を開け、兵士達の前に料理を並べ始めた。
――ゴクッ
喉が鳴る音が聞こえる。
若い奴らも多いからな。
腹が減っているのだろう。
「さぁ、しっかり食ってくれ! お代わりもあるからな!」
「…………」
兵士達は黙ったまま料理に手を伸ばす。
そしてゆっくりとだが食べ始めた。
「ほら、冷めるぞ。あんたも食え」
「ふん……」
ヴィルヘルムも床に座りスープに口を付ける。
美味いかは聞けなかったが、あっという間にスープを飲み干した。
その様子を見ながら俺はヴィルヘルム、そして兵士達のステータスを確認していく。
名前:ヴィルヘルム
年齢:???
種族:ヒューマン(遺伝子組み換え済み)
力:160 魔力:210
能力:
状態:心の壁
名前:ヨハン
年齢:???
種族:ヒューマン(遺伝子組み換え済み)
力:95 魔力:105
能力:剣術
状態:心の壁
名前:ロニ
年齢:???
種族:ヒューマン(遺伝子組み換え済み)
力:70 魔力:150
能力:風魔法
状態:心の壁
その高いステータスも驚異ではあるが、やはり兵士達全員に心の壁が発生していた。
俺は言葉にせず念じてみる。
(彼らを村民にすることは可能か?)
【ネガティブ。心の壁がある限り村民には出来ません】
なるほど、いつもだったら一定時間拠点に留まれば天の声が村民にするかどうか聞いてきてくれる。
昨夜はその声が聞こえなかったんだよな。
ならば心の壁さえ消せば……。
捕虜になった兵士達は夢中で食事を食べ続けている。
緊張が解れてきたのだろうか、こんな声も聞こえてくる。
「美味しい……。こんな美味しい料理は初めてだよ」
「だな。パンってこんなに柔らかいものだったんだな」
むふふ、村の食事を気に入ってくれたか。
俺は声を出した二人の兵士の前に向かい、腰を落として視線を合わせる。
へぇ、こうして見ると美男子だな。
どこぞのハリウッドスター顔負けの男前達だ。
しかしちょっと違和感を感じる。
ここにいる兵士達は100人程度ではあるが、その全てが男前なのだ。
これだけの人数がいるのならば一人くらいジャガイモみたいな顔をした無骨なやつがいてもおかしくないだろうに。
まぁなんとなく想像がつく。
俺が考えている通りならばヨーゼフっていう男の仕業だろう。
記憶が正しければヨーゼフという男は医者だったはずだ。
それは後でヴィルヘルムに聞いてみるか。
まずは男前の若い兵士と話してみたい。
「やぁ、君達の口にあったみたいで嬉しいよ」
「「…………」」
兵士達は黙って俺を見つめている。
敵と話さないよう命令でもされているんだろうか?
でもな、君達はきっと口を開いてくれるはずだ。
(対象をこの二名に設定。心の壁を消去)
【受け付け完了】
すると威嚇するような表情だった若い兵士の顔つきが柔らかくなる。
ちょっと戸惑っているようにも見えるな。
「ははは、そんなに緊張しないでくれ。俺は来人という。君達と同じ人間だから安心してな」
「ライト……」
「こ、この度はあなたの土地に押し入ってしまい、申し訳ない……」
一人が俺に頭を下げる。
思った通りだ。心の壁が無くなった途端に敵意は消え去ったってわけだ。
よし、ちょっと試しにこのまま話を進めてみよう。
既にステータスで確認しているが、二人の名前を聞いてみる。
「ヨハン……」
「ロ、ロニです」
「ヨハンにロニか。いい名前だね。君達を叱責するわけじゃない。だから安心して話して欲しいんだ。なぜ俺達を襲った?」
二人は顔を見合わせた後、ポツポツと話し出した。
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