第178話 悩み

 ――ホーホー

 ――ゲココ ゲココ


 夜のピース村の北側にて。

 聞こえるのはフクロウとカエルの鳴き声のみ。

 俺は櫓に昇って遥か北の平原の先にある灯りを見つめる。

 

「いるね……。でも動きはないみたい」


 とリリが呟く。

 そう、あの灯りは北からやって来た人間の国アーネンエルベの兵士達が夜営をしている灯りだった。

 今ピース村の北側には戦える村民達が武器を構え、カタパルト砲部隊はいつでも発射出来るよう警戒を続けている。


「ライト殿、リディア姉、ここは私達が見ています。先に休んでいて下さい」

「そうだよ。夜更かしは体に悪いからね。朝になったら交代してねー」


 とシャニとリリは気楽に言うんだが。

 嫁さんの二人に任せて夫が寝るなんてのもなぁ。

 

「問題ありません。私とリリは訓練を受けていますから」


 そういえばシャニだけではなくリリも暗殺部隊の出身だ。

 偵察や監視などの技術は俺達以上なのだろう。

 二人には悪いが先に自宅に戻ることにした。

 

 帰る前に捕虜にとったヴィルヘルム達の様子を見たが、黙って俺達を睨むだけで何も言わなかった。


「それにしても良く人間達の襲撃に気付きましたね。それにライトさんはあの人間を知っているんですか?」


 と横を歩くリディアに聞かれた。

 ヴィルヘルムっていう男は大学の一般教養の授業で名前だけは知っていた。

 そしてカギ十字については歴史に興味が無くても分かること。

 人類の歴史の中でも最も忌むべき汚点の一つだろう。


 俺はリディアの問いには答えなかった。

 ちょっと長くなるし、聞いていても話していても気持ちの良い内容ではないしな。


 自宅に戻るとジュンを抱いたアーニャとミライが出迎えくれる。


「ちちー。リディアママー。お帰りなさいなのー」

「パパな。ただいまミライ」


 未だに俺をパパと呼ばない愛娘を抱っこして家に入る。

 

「お帰りなさいませ。もう襲撃は無さそうなのですか?」

「あぁ。とりあえずはな。シャニとリリはそのまま監視を続けてくれるそうだ。俺達はまた朝に北側の監視に向かうよ」


 今は体を休めることが大切だ。

 アーニャが夕食を用意してくれたのでありがたく頂くことに。

 しかしラカン村に行ったその日にとんぼ返りするとは思わなかったよ。


 夕食はおでんであった。

 最近寒くなってきたから余計に美味しく感じる。

 そうだ、捕虜のあいつらにも食べさせてやろう。

 っていうか捕虜の食事のことは考えてなかった。

 敵とはいえお腹を空かせるのはかわいそうだ。

 ヴィルヘルム以外はこの世界の人間なので特に何が好きとかは知らん。

 だがヴィルヘルムはドイツ人のはずだ。

 でもドイツ料理ってあんまり知らないな。

 ビールとソーセージくらいしか思い付かない。


「ふふ、ライトさんってやっぱり優しいですね。敵なんですから、そんなおもてなししなくてもいいんじゃないですか?」

「そうです、相手は私達の家を壊そうとしたんですから。パンの耳でも与えればいいんです」


 と二人の妻が言う。

 まぁ気持ちは分かるけどねえ。

 特にアーニャは奴らに殺されかけたんだから。


 ――ピコーンッ


 ん? この音は久しぶりに聞くな。

 どうやら村民満足度、配偶者満足度が上限に達したようでもうレベルアップすることは無いと思ったんだけど。


【リディア、アーニャに心の壁が発動しています】


 心の壁? そういえば最後のレベルアップをした時に心の壁が限界突破したとか何とか言ってたような。

 それにリディア達に心の壁って。

 どういうことなのだろうか?

 気になったので二人のステータスを確認してみることにした。



名前:リディア

年齢:???

種族:エルフ

力:280 魔力:330

能力:弓術 精霊魔法

配偶者満足度:カウンターストップ

状態:心の壁



名前:アーニャ

年齢:???

種族:ラミア

力:350 魔力:0

能力:薬の知識

配偶者満足度:カウンターストップ

状態:心の壁 妊娠中



 本当だ。二人のステータスの状態の項目に心の壁というものがある。

 ん? そういえばヴィルヘルムのステータスにも心の壁ってのがあったな。

 壁を作るのは俺の力であり、それを自由に消すのも可能だ。

 もしかしたらこの心の壁ってやつも消せるのかな?


 食事を終え、風呂に入れば後は寝るだけだ。

 あまりその気にはなれなかったので特に二人を誘うことなく久しぶりに一人でベッドに入る。


 ――トントン


 おや、ベッドに入った途端にドアをノックする音が。


「どうぞー。起きてるよ」


 ベッドから声をかけるとアーニャが入ってきた。

 あらら、アーニャはその気だったみたいだな。

 お気に入りの紫色の可愛いブラを着けている。

 彼女の勝負下着でもある。


「あ、あの……。ちょっと一人で寝るのが怖くて。隣で寝てもいいですか?」

「おいで」


 確かに人間に殺されかけたもんな。

 可愛い妻を安心させてあげよう。

 でもお腹にいる赤ちゃん……ソラがビックリしないように優しくしてあげることにした。


 一度だけアーニャの暖かさを感じてからいつも通り彼女は俺の腕を枕にしてピロートークに移行する。

 俺は彼女の髪を撫でながら、ちょっと大きくなったお腹に手を当てる。


「ライト様……。この子は人間、ラミア、どちらで産まれてくるのでしょうか……」


 少しだけアーニャの声が震えていた。

 それか、確かに彼女の不安は分かる。

 この世界では他種族同士で結ばれ、その二人から産まれてくる子供は種族が混ざることはない。

 事実ミライはエルフとして、そしてジュンはコボルトとして産まれてきた。

 ソラは人間、ラミアのどちらで産まれてくるのだろうか?


 タイミングが悪いことに現在俺達は人間相手に戦争をしている。始まったばかりだけどな。

 村民達が人間に対して良い印象を持っているわけがない。


「気を悪くしないで下さい。村民達はライト様のことを信頼しています。ですがこの子は……」

「アーニャの気持ちは分かってるから大丈夫だよ。怖いよな。でもそんなこと考えちゃ駄目だ」


 もし戦いが長引いて、そして村民の誰かが犠牲になったとして。

 そしてもしソラが人間として産まれてきたら。

 俺との子とはいえ、村民達は複雑な感情をソラに持つかもしれない。

 母親として我が子が受け入れてもらえるか心配なのだろう。


「うぅ……。なんで今なの……。ライト様、私は人間が憎いです……。この子の未来を邪魔する人間達が……」

 

 そう言ってアーニャは泣き出してしまった。

 

 ――トントン


 さらにノックが聞こえ、リディアが入ってきた。

 彼女はベッドに腰かけアーニャの髪を撫でる。


「気持ちは分かるわ。でもそんなこと思ってたらソラちゃんがかわいそうだよ。お母さんになるんだもん。もっと強くならなくちゃ」

「リディアさん……」


 そしてリディアはこんなことを言う。


「ライトさん、やっぱり私も人を許せません。可愛い妹であるアーニャをこんな気持ちにさせてるんですから。本当は今にも殺してしまいたいくらいです」


 優しいリディアがこんなことを言うなんて。

 いや、これはリディア達だけではなく村民の総意なんだろうな。


 そして分かったことが一つある。

 彼女達が人間に抱く負の感情。

 それが心の壁なんだと。


 だから俺は二人に向かって念じる。


(対象をリディアとアーニャに設定。心の壁を消去)

【受け付け完了】


 すると突然二人の雰囲気が変わったのが分かった。

 アーニャの目から涙は止まり、リディアも不思議そうな顔をしている。


「あ、あれ? 私、すごく酷いことを考えてたかも……」

「私もです……。でも今は心が軽くなりました」


 なるほど、これが心の壁ってことか。

 理解した。この力があれば戦いはあっさり終わるかもしれないな。


 俺はリディアをベッドに引き込んでキスをする。


「ん……。ラ、ライトさん、駄目ですよ。もう遅いですし」

「まぁまぁ。心も軽くなったんだろ? せっかくだしリディアも楽しもうよ」

「ふふ、そうですよ。久しぶりに三人でしましょ」


 なんてことを言いつつ三人で楽しむことにした。


 

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