第176話 アーニャの戦い
「アーニャママー。見て欲しいのー。おっきなカエルをつかまえたのー」
『ゲココッ』
「うわぁ……。ミ、ミライちゃん、凄いわね。でもかわいそうだから返してあげましょうね」
アーニャは蛇人……ラミアではあるがカエルが苦手だった。
彼女は今ピース村にある溜め池に遊びに来ている。
現在ピース村にいる来人の妻はアーニャ一人だ。
彼女は今お腹の中に来人との子供であるソラがいるので無理はしないようお留守番を言いつけられたのだ。
リディア、シャニもそうしたようにアーニャは納得出来ない気持ちを押さえつつピース村で平和な時を過ごす。
(はぁ……。ライト様の役に立てないのがこんなに辛いなんて……)
アーニャは近接戦闘においては来人に次ぐ強さを誇る。
元々ラミアという種族は戦闘民族だったのだ。
その筋肉の塊である下半身から繰り出される攻撃を受ければ異形ですら一撃で倒せるだろう。
それはアーニャが来人と時を過ごす内にレベルアップした恩恵を受けているという事実もあるのだが、それでもアーニャは強かった。
どんな時も来人の横に侍り、主人と決めた来人の横で戦うことが彼女の誇りだったのだ。
しかし今は一人、リディアの娘であるミライとシャニの娘であるジュンと平和な時を過ごすのが辛く感じたのだ。
「んあー。んあー」
「あれー? ジュンが泣いちゃったの。どうしたのー?」
アーニャに抱かれているジュンが泣き出してしまった。
恐らく彼女の雰囲気が変わったのを察したのだろう。
赤ん坊というのは敏感な感性を持っているものだ。
アーニャはミライの手を引いて村の中央にある公園に向かう。
そしてベンチに腰かけ、おもむろに上着を捲った。
アーニャはまだ妊娠してから三ヶ月も経っていないのだが母乳が出るようになった。
恐らくは来人の力、感度調整・改の力によるものだろう。
もちろん来人と別れる前の夜は愛する主人に飲んで……。
いや、それは別の話だ。ここで語ることではないだろう。
「ほら、ジュンちゃん、ごはんにしましょうねー」
「んくっ……」
ジュンはアーニャの乳首をくわえる。
コクコクとジュンの喉が動く度に産まれてくる我が子にもこのような感情を抱くのだろうと胸が熱くなる。
(ふふ、私は駄目ですね。これからお母さんになるというのに。もっと強くならないと)
ジュンはアーニャのおっぱいを飲みながら眠ってしまった。
ミライは座るのに飽きたのか、公園にある遊具で遊びたそうにしている。
「ふふ、行ってきてもいいですよ」
「わーいなのー。アーニャママ、ありがとうなのー」
ミライは喜び、滑り台に向かって走り出した。
だが次の瞬間……。
――ドゴォォォンッ……
この音は?
村の北から聞こえてきた。
そして聞こえてくるのは村民の悲痛な声。
「に、逃げろー!」
「人間が襲ってきたぞー!」
その声を聞いてアーニャは思う。
ここは大陸の中央にあり、戦地からは遠く離れた場所。
今人族がいるのは遥か北西にあるラカン村のはずだ。
なのになぜここに人族が?
(駄目……。考えてる暇はありません。今はミライちゃんを守らないと)
アーニャは滑り台に上がろうとするミライを抱き抱え、そして大声で叫ぶ。
今ピース村にいる村民の多くはあまり強い者はいない。
強い者はほとんどがラカン村に行っているのだ。
「皆さーん! ここは危険です! ラベレ村に避難してください!」
ピース村にはラベレ村に繋がるポータルがある。
そこを潜ればとりあえずの身の安全は確保出来る。
アーニャは村民達と共にポータルがある南に走った。
「クルルル、お母ちゃん、怖いよ」
「大丈夫、きっとお父さんが守ってくれるわ」
横を見るとデュパの妻である蜥蜴人のウルキがいた。
彼女とはリディアの娘であるミライを共に取り上げたので、仲良くなっていた。
そこでアーニャは思った。
(逃げるだけなの? ううん、そんなの駄目。ここは私達の家だもの。ライト様が作った私達の大切な家。なら守らないと)
アーニャは決意する。
そして走りながらウルキにこんなお願いをした。
「ウルキさん! 悪いんですがミライとジュンを頼めますか!?」
「アーニャさん? この子達を連れてラベレ村に行けばいいの? でもあなたは……」
「残ります! ラベレ村に着いたら戦える人を送って下さい! そしてラカン村にも知らせを送って下さい! ミライちゃん! ウルキさんと一緒に行って!」
「いやなのー! アーニャママ、行っちゃダメなのー! うわーんっ!」
ウルキに子供達を託し、アーニャは一人自宅に戻る。
振り返ることはしなかった。
振り返ればきっとミライとジュンを抱きしめてあげたくなるから。
自分がお腹を痛めた子ではないが、ミライとジュンは来人の子である。
ならばアーニャの子と同じだ。アーニャは二人をとても愛していた。
(ミライちゃん、ジュンちゃん、ごめんね。私はここを守るから)
自宅に着くと自室のベッドの横に立て掛けてある槍を取り出す。
この槍は異形がいなくなってから使わなくなったものだ。
リリが作ってくれた特別な槍。
柄はダマスカス鋼で出来ており、穂先はオリハルコンの刃。
この槍で多くの異形を倒してきた。
アーニャは槍に付いた埃を払う。
すると鋭い穂先は光を取り戻した。
(この槍で幾度もライト様をお守りしてきた。今回も同じことをするだけ)
アーニャは槍を携え自宅を出る。
そして轟音が聞こえた村の北に向かう。
しかし北の壁に到着したアーニャが見た光景。
それは想像を超えたものだった。
既に壁は破られていた。
そして武装した人間が百人程度、ピース村に侵入していたのだ。
その中の一人がアーニャに気付く。
男はニヤリと笑い、一人アーニャの前に立つ。
「ははは、勇敢な女性がいたものだ。しかし一人で来るなど愚の骨頂。貴女一人で何が出来るというのかね?」
と男は言った。
男は不思議な服を着ている。
かつて来人が着ていたスーツのような服だった。
そして胸元にはカギ十字の勲章がついている。
そう、彼はヴィルヘルム……の分身の一人だ。
「あなた方から村を守るだけです。この槍に貫かれたくなければ引きなさい」
アーニャは恐れることなく槍を構える。
人間達は百人程度。偵察部隊か先発隊なのだろう。
彼女の強さならばギリギリ勝てるはず。
これ以上村を蹂躙させるわけにはいかない。
「はぁ……。これだから異界の蛮族は好きになれんのだ。仕方ない。殺せ」
――ザッ
人間の兵士達はアーニャを囲む。
そして一斉にアーニャに襲いかかる!
だが次の瞬間!!!!
――ズゴゴゴッ!
(えっ!? な、何が起こったの!?)
突如目の前が真っ暗になる。
四方を突然囲われたのだ。
壁によって。
そして聞こえてくるのは……。
『くぉらー!? てめえら、俺の村と俺の嫁に何してくれてんだー!?』
『き、貴様はライト!? ラカン村にいたはずでは……!? うごぉっ!?』
――ドカッ バキッ グシャッ
外から聞こえてくるのは愛する夫の声だった。
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