第175話 ヨーゼフとヴィルヘルム
北の大陸にある人間の国アーネンエルベ。
そこにある城の中で王であるヨーゼフはクローゼットからとある服を取り出し袖を通す。
それはかつて着ていた軍服と同じデザインであった。
軍服の胸元にはカギ十字の勲章がついている。
ヨーゼフは鏡の前に立ち、そしてかつて仕えていた者のことを考える。
(総統……。ここまで来ました。間も無く私達が成しえなかったアーリア人による第三帝国が手に入ります)
この世界の人間は長い時間の中で、いやヨーゼフの力によって同じ人種に変化していた。
元々はアジア人のような黒髪の者もいたが、今はヨーゼフと同じ人種に変わっていた。
「やはりお似合いですね」
「ヴィルヘルムか。アシカは陸に上がったのか?」
部屋の中にいたのはヨーゼフだけではなかった。
ラカン村で死んだはずのヴィルヘルムがなぜここに?
それはヴィルヘルムに与えられた大いなる力によるものだった。
要は九人に分身出来るのだ。
うち一人のヴィルヘルムは猫島を占拠し、そしてラカン村を襲った。
そして死んだのだ。自ら率いる船団の砲撃によって下半身を吹き飛ばされて。
「作戦は成功しました。セタとテオ、そして領主であろう男も西の海岸にいるはずです。主戦力がそこに集中していれば東と南から一気に攻め上がれば大陸の掌握は容易いかと」
「そうか……。ならば私も行こう。この目で悲願を叶える場面を見ておきたくてな。そうだ、一つ聞いておく。領主という男は我らと同じ転移者なのだろう? その者の力は?」
ヴィルヘルムは苦虫を噛み潰したような顔をする。
自分の分身の一人がラカン村で来人に煮え湯を飲まされたからだ。
暗闇の中に閉じ込められ、自由を奪われる。
それがあんなに恐怖を感じるものだとは思わなかった。
なお分身との意識は共有しているので、ヴィルヘルムはラカン村での出来事を全て覚えている。
「そうですな……。一言で言うなら大した力ではありません。創造という能力に近いでしょうが産み出せるものは壁だけのようです」
「壁だと? ははは、なんだその力は? 所詮下等な人種ということか。我等のような偉大な力は持ち合わせてはいないようだな」
ヨーゼフは自分の勝ちを確信した。
しかしヴィルヘルムは違う。
「ヨーゼフ様、油断してはなりません。弱い力とはいえ、工夫次第で大いなる力にもなりえます。ここは全戦力を投入すべきかと」
「ふむ、お前がそこまで言うとは。分かった。ならば使わないとは思ったがドーラとギュスターヴの使用を許可しよう」
「あれを使うのですか?」
とヴィルヘルムは言う。
そして思う。あれを使ったならば南の大陸は人が住めるような土地ではなくなってしまうだろう。
それでも自分達の悲願を達成するためならば仕方のないことだと。
「分かりました。しかし運搬には時間がかかりますな」
「三ヶ月だ。それまでに奴らの主要拠点を射程内に収める。やれるな? それとこれを兵士に飲ませておく」
ヨーゼフは錠剤の入った瓶を手渡す。
「これは?」
「予防薬みたいなものだ。君は私が医者だったことを知っているだろ?」
医者どころかヨーゼフは非人道的な人体実験を繰り返してきた。
それはヴィルヘルムもよく知っている。
しかしそのおかげでアーネンエルベの人々は強い肉体を得て、人とは思えない程の戦闘力を誇る。
「分かりました。これを支給しておきます」
「君も飲むのだぞ。それと最後にもう一つ」
ヨーゼフの話はそれだけではなかった。
「ラカン……。奴が帰ってきてな。そのまま南に向かわせる」
「ラカンですと!? し、しかし奴は私達の味方では……」
「いいや、味方だよ。セタと共にいる男の話をしたらな。是非死合ってみたいと言ってな」
ラカン。来人が西に作った村と同じ名前だ。
一体何者なのか。
来人達の最大の危機は近づいている……。
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