第174話 停戦交渉? 其の三

 ラカン村の浜辺にて。

 俺の前には壁で建てた柱のようなものがある。

 中は空洞ではあるが、狭く人が一人入れるかどうかギリギリといったところだろう。


 まぁ、実際この中に人が入ってるんだけどね。


「声が聞こえなくなった。死んだのか?」


 セタが壁の前に立つ。

 うーん、閉じ込めて30分くらいしか経っていないからな。

 とりあえずは生きてるんじゃね?  


「しかしこのような方法で動きを止めるとは。異界の知識か?」

「いえ、漫画からです」


 やはりバ◯は偉大だと思う。

 主人公である少年格闘家が筋肉ダルマの相手にがんじがらめにされて閉鎖空間の中で身体的、精神的にダメージを受けるというシーンがあった。

 それを真似しただけだよ。

 地球にいる偉大な漫画家に感謝だな。

 

 しかしまだ戦いは終わっていない。

 海にはまだこちらを狙う大船団が待機しているのだ。

 だが大将首はこちらが預かっている。

 人質にでもすれば一旦は引いてくれるかもしれん。


 後ろに控えているリディア達とデュパに手招きをする。

 俺の次に戦闘力の高い者達だからな。

 我が嫁ながら頼りになるぜ。


「どうなったんですか?」


 とシャニが聞いてくる。


「今から拘束を解く。もし暴れたら殺しても構わないが、なるべく生かしておきたい」

「は、はい!」


 リディア、デュパも槍を持ち柱を囲む。

 多分拘束を解いても動けるとは思えんが、一応警戒してとかないとな。


 俺は柱の前に立つ。

 そして……。


【消えろ】


 ――シュンッ ドサッ……


 顔色が真っ青になったヴィルヘルムがうつ伏せに地面に倒れた。

 ピクピクと痙攣しており、特有のアンモニア臭もする。

 こりゃ警戒する必要は無かったな。

 

「グルルル、こいつをどうするのだ?」

「人質だ。とりあえずこいつの命と引き換えに船を引き返させる。こいつを立たせてやってくれ」


 デュパはヴィルヘルムを強引に起こし、俺と共に前に出る。

 そして遥か先にある船に向けて、可能な限りの大声で叫んだ。


「おーい! あんたらの大将はこっちが預かってる! こいつの命が惜しかったら引き返せ! そうすれば命は保証する!」


 ははは、やってることが悪人だな。

 別に構わんよ。特に正義のヒーローを気取ってるわけじゃないしな。

 

「無駄だ……。私の命など何の価値も無い……。ふふふ……。引っ掛かってくれて感謝するぞ……」


 ん? デュパに羽交い締めにされているヴィルヘルムが小声で呟く。

 こいつの命に価値が無い? 

 それに引っ掛かるだって?


 ――スッ……


 ヴィルヘルムはその場でゆっくりと腕を上げた。

 そして海の向こうにいる船団から煙が上がり、そして遅れて轟音が聞こえてくる。

 やば……。


「デュパ! 下がれ! 壁っ! 壁っ! 壁っ!」

「グルルルッ!? どういうことだ!?」


 ――ズゴゴゴッ!


 逃げる時間を稼ぐために何重にも壁を建てておく。

 煙と轟音、相手は大砲のような飛び道具を使ってきたってことだ。

 どの程度の威力があるかは分からないが、オリハルコンの壁なら攻撃を防げ……。


 ――ドゴォンッ! ドゴォンッ!


「グルル!?」

「うごぉっ!?」


 壁は破壊されてしまった。

 直撃こそしなかったが、俺達は爆風を受けて大きく吹き飛ばされてしまう。

 ちくしょう、異世界に地球の兵器を使うなんて卑怯じゃん……。

 強く地面に叩きつけられた。

 肺から全部空気が抜ける……。

 視界が霞んでから色を失い、意識を失ってしまった。



◇◆◇



 ――ユサユサッ タユンッ


 ん……。誰かが俺を揺すっている。

 顔に当たるのは柔らかい感触。

 時々口を塞ぐので息苦しいんですけど。

 リディアだな。この柔らかさはリディアのおっぱい以外に考えられない。


「ライトさん! ライトさん! 起きて下さい!」


 目を開けると俺はリディアの膝枕で眠っていたようだ。

 

「おはよリディア。ちょっと苦しいんだけど」

「ライトさーん! 無事で良かったですー!」


 リディアは感極まってしまい、俺を思いっきり抱きしめてくれた。

 うん、おっぱいで顔を塞ぐのは止めて下さい。

 窒息で死んじゃうから。


「ぷはっ。もう大丈夫だから。すまん、気絶してたみたいだな。どうなったんだ?」


 俺は立ち上がり状況を把握することに。

 砂浜にいるってことは気絶してからあまり時間は経っていないということだ。

 リディアの話では苛烈な砲撃を受けたが、俺が建てた壁のおかげかラカン村への被害は無かったそうだ。

 しかし砂浜に建てた壁は根元からぼっきりと折られ、砂浜には着弾したであろう砲弾が埋まっている。

 村民の娯楽のために作ったリゾートビーチがメチャクチャになってしまった。


「それとあれを……」

「あれ? うぉ……」


 思わず言葉を失ってしまった。

 ヴィルヘルムがいたのだ。

 彼は砂浜に倒れていた。

 立ち上がることは出来ないだろう。

 だって下半身が無かったのだから。


 俺はヴィルヘルムに近づく。

 見下ろすと口からはゴボゴボと噴水のように血を吐いていた。

 生きてるみたいだな。


「ゴボッ……。ははは、これで戦いは始まったということだ……」

「だな。だがあんたはここで死ぬ。あんたらが望んだ悲願ってやつは見ることが出来ない……」


 ――ニヤ


 ヴィルヘルムは口元を歪めて笑った。

 

「アシカは一頭ではない……」

「アシカ? どういうことだ?」


「…………」


 答えは返って来なかった。

 どうやら事切れたみたいだな。

 この世界に来て初めて経験する人の死。

 不思議と何とも思わなかった。


「アシカって何のことだろうね?」

「リリ? 無事だったか」


 リリとシャニも合流してくれた。

 なんでもデュパが怪我をしたらしく治療に当たっていたそうで。


「怪我は? あいつは大丈夫なのか?」

「はい。残念ですが、しっぽは千切れましたが、一月もすればまた生えてくるそうです」


 やっぱり蜥蜴だねぇ。

 とりあえず命に別状は無いようなので安心したよ。

 

 さて、これで本格的に北の大陸から人間が攻めてくるってことだ。

 ラベレ村は森の奥にあるからしばらくは安全だろう。

 俺達の家があるピース村は南の大陸の中央にある。ラベレ村よりは戦線が近いが、ここよりは安全だろう。

 

 やはり海辺にあるラカン村を最前線として防備を固めていく方がいいか……。


「しばらくは様子見だ。でもまた船が来たらありったけの砲弾をお見舞いしてやってくれ」

「うん! カタパルト砲については任せてね!」


 リリが元気良く応えてくれた。

 他にもリディアは弓を使った中距離部隊を指揮してもらい、万が一近距離戦闘になった際は俺とシャニが指揮を取ることになった。


「なるべくライト殿には戦って欲しくはないのですが」

「仕方ないだろ。異形の時とは戦い方が違うんだから」

「そうですね……。でもやっぱり無茶は駄目ですよ」


 最後にリディアに窘められてしまった。

 みんな心配症だなぁ。

 可愛い妻達を置いて死ぬつもりはないよ。


「分かりました。ではあの者はどうしますか?」


 とシャニはヴィルヘルムの亡骸を指差す。

 あのままにしておくってのもな。

 同じ地球人のよしみだ。

 弔ってやろう。


 浜の目立たない場所に穴を掘ってヴィルヘルムを埋める……?

 ん? これは……。

 ヴィルヘルムの着ている服なのだが、胸元に見たことがある勲章が。

 こ、これってカギ十字か?


『アシカは一頭ではない……』


 ヴィルヘルムの最後の言葉が頭を過る。

 カギ十字、そしてアシカ……。

 アシカ作戦!?


「みんな! ピース村に戻る! 急げ!」

「ど、どうしたの?」


 とリリは驚くが説明している時間は無い。

 だがヴィルヘルムの正体が分かった。

 そして北の大陸にいるヨーゼフって奴もな。

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