第173話 停戦交渉? 其の二

 ――ドゴォッ! ドサッ


 テオをナイフで殺そうとしたヴィルヘルムをお得意の壁の一撃を食らわせる。 

 壁アッパーだな。ヴィルヘルムは避けることも出来ずにぶっ飛んでいった。


「まったく、これだから男というのは……」


 とセタは頭を抱えている。 

 すまんな、本当は戦いを避けるために交渉に持ち込もうとしたんだが、さすがにテオの命が危なかったからね。


「大丈夫か?」

「た、助かったニャ。ライトよ、気を付けるニャ。ヴィルヘルムもヨーゼフと同じ転移者ニャ」


 壁アッパーを食らってダウンしてるあいつも元々は地球から来たってことか。

 つまりこいつも俺と同様、何らかのチート能力を持っているはず。


 ――ザッ シャキンッ


 ん? ヴィルヘルムの取り巻きの兵士が剣を抜いた。

 上司を守ろうとしているんだろう。

 感心感心。だけど俺は君達を相手にするつもりはないんでね。

 早々にご退場願おう。


 せーの。


【壁っ!】


 ――ドヒュッ! バシャーンッ!


「うわぁっ!?」

「うおっ!?」

「ひぇぇーっ!?」


 兵士の足元で壁を発動する。

 しかも発動する時に斜角をつけておいた。

 もちろん海に向かってね。


 要はカタパルトみたいなもんだ。

 兵士達は華麗に宙を舞い、海に向かって飛んでいった。

 そのまま船まで泳いで帰って欲しい。

 こっちに来るんじゃないよ。


「くっ……。お、おのれ。卑怯な真似を……」


 おや? 顎に打撃を食らったのに意識があるのか。

 オリハルコンの一撃だから骨の一つでも折れてるかと思ったんだけど。

 いや……違うな。これがヴィルヘルムってやつのチート能力なのかも。

 顎はグシャグシャに折れているんだが、それがみるみる内に治っている。

 異常に回復速度が早いのかな?


「それがあんたの力か?」

「ふふ、あれしきの攻撃では私を倒すことなど不可能。それにしても貴様は人間か? アジア人……。中国人チャイニーズか?」


 おぉ、まさか異世界でイングリッシュを聞くことになるとは。

 しかし残念ながら日本人なんですよ。


「中華料理は好きだが違う。日本人だよ」

「日本人……。ははは、そうであったか。ならばかつてのよしみだ。今の無礼は許そう。どうだ? 昔のように我等の仲間にならんか?」


 仲間だって? しかもかつてのよしみってどういうことだろうか?

 まぁこんな世界に送られた地球人同士仲良くしたいところだが、それはこいつらの目的を知ってからだな。


「仲間ねぇ……。俺は無差別に他の種族が住む場所を奪おうとする人とは仲良くしたくないんだけど。でさ、あんたらはこの世界をどうしたいわけ?」


 セタは人間の国アーネンエルベが戦争をと言っていた。

 まだ推測の段階だったのだ。

 しかし猫島は占拠され、そしてラカン村までやってきた。

 戦争が起きる理由は様々だ。だがその理由によっては争いを避けることが出来るかもしれない。

 妥協点を見つけるのだ。

 

 先ほどはテオがピンチだということもあり交渉は途中で終わってしまった。

 だが今なら少しは話を進めても大丈夫そうだな。

 

「ふむ、異世界の下等な生き物共に話す義理は無いが……。君には話してやろう」


 うわっ。セタ達のことを下に扱っている。

 やっぱりこいつは嫌いだな。

 いかん、今は俺の気持ちはどうでもいい。

 まずは話を聞かないとな。


「ラ、ライトさーん! 大丈夫ですかー!?」

「加勢いたしましょう」

「カタパルト砲の準備も出来てるよ!」


 ん? リディア達の声だ。

 復活したみたいだな。

 しかし今は彼女達の助力は不要。

 そのまま後ろに下がっているように視線を送る。

 さてと、話の続きをしようか。


「でさ、あんたらは何故戦争を仕掛けた?」

「ふむ、別に無下に戦いをしようとは思っていない。君は自分の家に害虫が出たらどうするかね?」


「まぁ、殺すだろうね」

「それが答えだ」


 なるほどねー。こりゃ話にならんわ。

 俺が最も嫌いな考え方だもん。

 

「この世界はな、私達がいた世界よりも多種多様な種族で構成されている。それは無駄な混沌を産むだけなのだよ。世界は管理されるべきなのだ。我等のような優秀な遺伝子を持つ人間によってな」


 ――プチンッ


 あ、初めて聞いたわ。

 キレる時の音をな。

 だが意外と冷静になれるもんだね。


「あのさ……。俺の嫁さん達は異世界人なんだよ。彼女達との子供だっている。だがあんたの言葉の通りなら彼女達も、そして子供達も害虫ってことなのかな?」

「違うのか?」


 はい、交渉決裂。

 隣にいるセタもあちゃーって顔をしていた。

 そして俺の後ろからは村民達の殺気を感じる。

 

「なぁセタさん。ヨーゼフって奴もこんな感じだったのか?」

「いや、当時はこのようなことは言ったことがなかったな。何を考えているか分からんかったが、ここまで差別的な考えの持ち主だったとは」


 まぁ黙っていれば何を考えているのかは分からないから仕方ないだろう。

 さてさて、俺もこれ以上は我慢の限界だ。

 目の前にいるいけすかない男をぶっ飛ばすとしよう。

 

「待ちたまえ。どうやら君は今から私を攻撃するつもりらしい。だがそれはアーネンエルベと南の大陸の全面戦争の開始を意味する。どうやら君は前の世界では兵士ですらなかったのだろう。君は数多の命を奪おうとする覚悟はあるのかね?」

「なら話し合いで解決する道はあるのか? 俺達がお前に負けを認めれば軍を引いてくれるとか?」


 別に頭を下げろと言われたら下げるつもりはあるぜ。

 頭を下げるのなんてどうせタダだしな。何なら土下座したって構わないわけだよ。

 だが仮に俺達が停戦のため負けを認めたとしよう。

 大抵の場合は賠償金やらなんやらと無茶なことを言ってくる。


「君は私と同じ人間であり、地球からやってきた転移者だ。人種は違うが特別に王に我が国に迎え入れるよう進言しよう」

「ならみんなは?」


「言っただろう。この世界にはもう必要が無いも……?」


 ――ズゴォンッ!


 最後まで聞かなかった。

 耳が腐るからな。

 壁を発動してもう一度ヴィルヘルムの顎を打ち抜こうとしたのだが。


「それが君の答えというわけか」


 ――ギリギリッ……


 さすがに二回目は通用しなかったか。

 しかしなんて力だよ。地面から出てきた壁を片手で受け止めている。

 これヴィルヘルムの力なのか?


「グルルルッ! 総員構え!」

「みんな! ライトさんを守るわよ!」

「「「おー!」」」


 後ろからデュパが戦闘開始の雄叫びをあげる。

 リディア達も弓を構えヴィルヘルムを狙う。


「あー、そのままでいいよ。だってもう俺の勝ちだし」

「ははは、日本人はつまらん冗談を言うのだな。君の力は防御に特化したのものようだ。この程度の力では私は倒せんよ」


 そうかな? 意外とこいつは単純だな。

 周りが見えていないらしい。


「逃げたほうがいいよ?」

「何を馬鹿なことを……? こ、これは?」


 むふふ、ようやく気づいたか。

 俺が発動した壁は前方だけではなかった。

 少しだけタイミングをずらしてヴィルヘルムを囲うように壁を建てたんだ。


 最後にもう一度前方に壁を建てる!


 ――ズゴゴゴッ!


 ヴィルヘルムはオリハルコンの壁に囲われた。

 もちろん天井も塞いでおいたぞ。

 これでもう逃げられないだろ。


『ははは、私を閉じ込めたつもりか? これでは私を殺すことなど……』

「うん、殺すつもりはないよ。でもさ、あんたがどんな力を持っててもあんまり関係ないんだよね」


 例えヴィルヘルムが不死身の肉体を持っていたとしても心は人間と変わらんだろ。


(XY軸移動を発動する。中を徐々に狭くしていく)

【受付完了】


 少しは動ける程度の隙間があっただろうが、今は身動きが取れないはず。

 すると聞こえてくるのはヴィルヘルムの叫び声。

 

『な、何をする気だ……? だ、出せ! 出してくれー!』


 出すわけないだろ。

 人間に限らず生き物ってのは閉鎖空間に閉じ込められると強いストレスを感じる。

 確か閉鎖空間に閉じ込めるっていう拷問もあったんだよな。

  

 人間の心ってのは思ったより弱いものらしい。

 ヴィルヘルムの叫ぶ声が次第と泣き声に変わっていく。


 俺の好きな格闘漫画でもそんなエピソードがあったんだよね。

 強い奴が出てきたら試してみようと思ってたんだ。

 

 案の定、ヴィルヘルムもストレスには強くなかったみたいだな。

 しばらく叫び声が聞こえていたが、次第と声は聞こえなくなっていった。

 

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