第172話 停戦交渉? 其の一

 ――ツンツンッ


 ん? 誰かが俺の頭を突っつく。

 目を開けると魔王セタが鬼の形相で、そして猫人の王テオは白い目で俺を見下ろしていた。


「や、やぁ、おはよう」

「おはようではない。お前は遊びに来たのか?」

「これだから人というのは。いつでも盛ってて困るニャ」


 なんて罵声を受ける。

 まぁ仕方ないだろう。部屋のあちこちに妻達が裸で寝ているのだから。

 いや、俺が悪いわけではないぞ。

 これからの戦いに向けて決意を言ったらリディア達に裸に剥かれてしまったのだ。

 

「俺は大和男子だからな。逃げることなど出来はしないさ……」

「全然カッコよくないニャ」

 

 なんて突っ込まれてしまう。

 だって向こうは三人がかりだったからさ。

 俺は禁じ手の感度調整を発動してしまったのだ。

 勝つには勝ったが、部屋の中はリディア汁やらシャニ汁やらリリ汁でしっとりしている。

 後で宿屋の店主に謝っておかねば。


「ライトよ、早く準備をするのだ。来たぞ」

「ん? 来たって何が……。マジで?」

「マジニャ」


 やっべぇ!? そういえば俺達はラカン村を守りにきたんじゃないか!

 嫁さん達とエッチなことをしている場合じゃないんだよ!


「リディア! シャニ! リリ! 服を着て! 人族が攻めてきたぞ!」

「む、無理ですー……」

「腰が抜けてしまいました」

「あ、あへぇ……」


 リリに至っては未だにアへ顔してるし。

 しまった、やりすぎたか。


 仕方ないのでリディア達は置いていくことにした。

 服を着て、急ぎ浜に向かう。

 

「さっきはすまなかった。数は?」

「100隻といったところだ。だがまだ遠い。上陸するまで数時間はかかるだろう」


 数時間……。

 多少は余裕があるな。

 

「考えがある。俺の力を使えばもっと時間を稼げるはずだ」

「ほう、ならば任せよう。だが沈めてはならんぞ」  


 分かってるよ。

 まずは戦う前に話し合いをするんだろ。

 

 浜に着くと村民達は武装して海を見つめている。

 なるほど、確かに水平線の向こうに豆粒くらいの何かが見える。

 あれが大船団か。


 俺は一人前に出る。

 浜に立ち、海に向かって……。


【壁! 壁! 壁! 壁!】


 ――ズゴゴゴッ バシャッ


 壁を建てる。

 以前ラカン村の海岸から建てた波消しブロックより高いものだ。

 壁を利用して船の進路を塞ぐ……だけではなく、一ヶ所だけ通れるようにしておく。

 浜から波消しブロックまでの距離はおよそ500m。

 それ以上あるとカタパルト砲の命中率が下がるからな。


「ほう、確かに海底に壁があれば容易には通れんな」

「あぁ、それにこれから交渉をするんだろ? 一隻だけ通れるようにはしてある」


 まぁ、敵さんが俺達の意図に気付いてくれるかは知らんがね。


「グルルルッ! 引き続き警戒を強化せよ! いつ戦いが始まるか分からんぞ!」

「「「おー!」」」


 デュパを初め、村民達は気合い充分だ。

 そして船団はどんどんこちらに近づいてくる。


 ――ガコンッ


 先頭の船が壁に当たる音が聞こえてきた。

 ははは、これなら通れないだろ? 

 そして思った通り、一隻の船が壁の隙間を縫うようにこちらに向かってくる。

 他の船より一回り小型の船のようだ。

 そして上には人が乗っているのが見える。

 その数、およそ10人ってところか。


 船はさらに近づいてくる。

 俺の両隣りにはセタとテオがいる。

 彼らが主体になって交渉を進めてくれるのだろう。

 でもテオは全身の毛を逆立てているのが気になるな。


「テオよ、怒りを沈めろ」

「ムリニャ。奴らは我等の故郷を奪ったのニャ。本来なら今すぐに八つ裂きにしてやりたいところニャ……」


 こわっ。猫科の動物って威嚇する時は迫力あるよな。

 テオは俺の身長の半分程しかないが、それでも隣にいるだけで鳥肌が立つ。


 さらに船は近づいてきて、ようやく船の上に乗る人間達の姿が見え……?

 あれ? てっきり鎧とか着てると思ったけど、ちょっと違うぞ。

 スーツみたいな服を……。いや違うな。軍服のような服を着ている男達だ。

 

 浅瀬まで着くと男達は船を降り、こちらに歩いてきた。

 俺もこの世界に来てから命がけの戦いを繰り返してきた。

 しかし今回の相手は人間なのでやっぱり緊張しちゃうな。

 男達の顔つきだが、ヨーロッパ系の顔つきをしている。

 残念ながらアジア系はいないようだ。


 そして一人の男が俺達の前に立つ。


「ははは、これはセタ殿自らお出迎えとは。光栄の至りです」

「やはりヴィルヘルムだったか。ヨーゼフはいないのか?」


 顔見知りだったか。

 ちょっと気になるが、とりあえず俺は前に出ずに様子を見ていることにした。


「猫島を占拠したそうだな。何故だ?」

「今さら言う必要がありますか? 間者を使い、我等の目的は分かっているはずです」


「いや、私達が知っているのはお前達が南の大陸を狙っているということだけだ。だが何故だ? あの時のように交易を続けていけば民は飢えることはなく、お互いに繁栄していけたはずだ」

「そうですな……。一言で言うならかつて達成出来なかった悲願を叶えるため……とだけ言っておきましょう」


 悲願ねぇ。こいつらの願いが何なのか分からんが、俺達、そしてテオが住む土地を奪おうとしているのは分かる。

 

「その悲願とやらが我等の家を焼くのとどう関係があるのニャ?」


 テオが殺気を伴い前に出る。

 だがヴィルヘルムという男は微動だにしなかった。

 

「今お前を殺せば我が土地は取り返せるニャ……」

「さぁどうでしょう? 試してみますかな?」


 ――ブワッ!


 突如テオの全身の毛が逆立ち、一気に巨大化する!

 毛だけじゃない。体も大きくなっているようだ。

 その姿は猫ではなく、まるでライオンのようだ。

 これが本来の姿なのか?


「ならば試そう! 戯れ言をぬかしたこと、後悔するがいい!」


 ――ブォンッ!


 テオはヴィルヘルムの顔よりも大きな手で殴りにかかる。

 あの鋭い爪で殴られたら、顔を半分持っていかれる……と思ったのだが。

 テオの攻撃はヴィルヘルムが受け止めていた。

 それも片手でだ。


「おや? あなたはここまでか弱かったですかな? かつて共に魔王ハーンを倒した時の覇気は失ってしまったようだ」

「な、なんだと……? ぐ、ぐわぁっ!?」

 

 ――ドサッ ギリギリッ……


 ヴィルヘルムはそのままテオの腕を取り、地面に組伏せる。

 そして腰からナイフを抜きテオの首に当てた。

 ヤバッ。あのまま刃を横に引けばテオは死んでしまう。


【壁ッ!】


 ――ズゴォンッ! ドゴォッ!


「ぬぅっ!? うごぉっ!?」


 発動した壁はヴィルヘルムの顎に命中。

 奴は大きく吹き飛んでいった。

 

「交渉すると言ったのが分からんのか? これだから男というのは……」

「ははは、すまんな。テオ、立てるか?」

「す、すまニャい……」 

 

 いつの間にか猫の姿に戻っていたテオに手を貸す。

 ヴィルヘルムとセタ達がどんな関係だったのかは知らんが、俺はこいつが嫌いだ。

 それだけで戦う理由にはなるだろ。


 

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