第166話 ジュン 其の二

 とうとうシャニが赤ちゃんを産んだ。

 猫人の若者を訓練した後家に一緒に帰る道中に破水して、急いで家に駆け込んだんだ。


 立ち会いは不要と部屋を出た瞬間に産声が聞こえて来て今に至るというわけだ。


 目の前にはジュン……産まれたばかりの赤ちゃんにおっぱいをあげているシャニがいる。

 その表情はいつも通りのポーカーフェイスであった。


「産まれました」

「早くない?」


 あまりの早さに感動はどこかに消え去った。

 いや、部屋を出てから僅か数秒の出来事だったし。


 出産の手伝いをしたリディアとアーニャは血で汚れた布なんかを片付けながら。


「安産でしたね」

「いいなー。ミライを産んだ時は結構時間がかかったのに」


 うん、リディアさん。それが普通だよね。

 い、いかん。呆然としている場合ではない。

 多少変な出産だったとはいえ、愛するシャニが俺の子供を産んでくれたんだ。

 彼女を労ってあげねば。


 俺はベッドに座るシャニを優しく抱きしめる。


「シャニ、ありがとう……。よく頑張ったな」

「いえ。拷問に耐える訓練に比べれば大したことはありません。それにある程度自由に痛覚をコントロールすることが出来ます。いきむ際の痛みを下腹部のみに集中させましたから」

「へー、そんなことが出来るんだね」

「さ、参考になります」


 こらリディアとアーニャ。

 メモを取らなくていいから。


「いや、それはシャニにしか出来ないから」

「そうですか、残念です」


 まぁそんなシャニも嬉しくてしょうがないのだろう。

 表情は変えないものの尻尾はさっきから忙しく動き回っているしね。


「ライト殿、ジュンを見て下さい」


 シャニのおっぱいを飲んでいるジュン。

 この子は獣耳はついているが、やはりシャニの血をしっかりと受け継いでいる。

 人間と同じ顔をしているのだ。


 この世界の一般的な獣人とは二足歩行の犬や猫のことを指し示す。

 だがシャニのように日本のファンタジーでよく見られる獣人は亜種と呼ばれ差別の対象になっていたらしい。

 そしてジュンもまた亜種として産まれてきた。


 まぁそれは俺にとっては関係の無いことだ。

 ようやく新しい我が子と対面出来た感動が湧いてきたよ。


「可愛いな。目元はシャニに似てるね」

「鼻はライト殿にそっくりです。それとこれを見て下さい」


 シャニはおくるみをされているジュンの足元の布を外す。

 女の子だった。


 シャニはハイエナのような獣の特性を強く受け継いでしまったようで、彼女の股間には男性器のような器官が存在している。

 だがジュンにはそのような器官はついていなかった。


「この子は亜種として辛い人生を歩むかもしれません。ですが私が持つ悩みを彼女は感じないでしょう」


 ――ニコッ


 普段は表情を変えないシャニが微笑む。

 その笑顔を見て思った。

 シャニはもう俺の恋人ではなく、俺の妻でありジュンの母になったのだと。


「みんなでこの子を幸せにしてあげような」

「はい」

「ふふ、感動の対面はそれくらいにしておきましょ」

「少しシャニを休ませないといけませんから」


 リディア達に促され、俺は部屋を出る

 リビングに向かうとリリとミライが帰ってきた。

 散歩にでも行ってたのかな?

 

「あれ? もういるんだね」

「ただいまなのー」

「あぁ、お帰り。後でシャニに会いに行ってあげてくれ。産まれたんだよ」


 俺の言葉を聞いて二人はシャニがいる寝室に行こうとする。

 嬉しいのは分かるけど、少し休ませないとな。

 

「えー。赤ちゃん見たいのー」

「うん。でも少しシャニママを休ませてあげような」


 駄々をこねるミライをなだめ、俺は出産と偉業を成し遂げたシャニにために栄養のある食事を用意することにした。

 リリとミライも一緒にキッチンに向かう。

 出産には出血を伴う。

 体が血を作れるようレバー粥を作ってあげることにした。


「へぇー、こんな料理は初めて見るね。異界の料理なの?」

「あぁ。俺の母ちゃんがよく作ってくれててね」

「ちょっと食べてみたいのー」


 せっかくなので二人に味見してもらったが、かなり好評だったようで半分食べられてしまった。

 こら、二人には後でまた作ってあげるから。


「まったくもう……。ほら、これをシャニのところに持っていってあげてくれ」

「いいの?」

「やったーなの。赤ちゃんが見られるのー」


 二人はレバー粥を持ってシャニがいる寝室に向かう。

 だがすぐにアーニャと一緒に部屋の外に出てきた。

 アーニャはその手にすやすやと眠るジュンを抱いていた。


「ライト様、お粥ありがとうございます。今リディアさんが食べさせてますから。今は寝てますから抱けますよ。いかがですか?」

「あぁ」


 アーニャからジュンを受けとり優しく抱きしめる。

 俺の腕の中で眠るジュンを見るとポロポロと涙が出てきた。

 ミライを抱いた時もこんな感じだったな。


 その後リリもジュンを抱き、ミライが触りたいと駄々をこねたところで……。


「んあー。んあー」

「わわっ。起きちゃったね」

「ふふ、それじゃママのところに行きましょうか」


 アーニャは再び寝室に向かう。

 今日はシャニは寝室から出られなそうなので、夜は一緒に寝てあげてくれとリディア達が言ってきた。

 寝室にはベビーベッドが置かれてあり、その中では獣耳をピコピコと動かしながら眠るジュンがいる。

 シャニはベッドに横になりながら我が子を撫でていた。


「可愛いな」

「はい。やはり今でも信じられません。結婚しただけではなく、我が子まで授かれるとは。これ以上の幸せなど無いでしょう」


 そうかな? 俺はまだ足りないと思うんだけど。

 俺もベッドに入り、シャニを抱きしめながら彼女に伝える。


「まだだよ。今はゴールじゃない。まだ通過点なんだ。シャニはこれからもっと幸せになる。いや、幸せにしてみせる」

「ライト殿……」


 ――ポロッ


 ん? シャニの目から涙が。

 初めて見るシャニの涙だった。

 涙を拭ってからキスをしてあげたり、撫でてあげたりしていると、ジュンが夜泣きを始めたりと忙しくも楽しい時間を過ごす。


 だが楽しい時間ってのはいつまでも続くもんじゃないみたいだ。

 

 翌日、俺はセタの大声で目を覚ました。

 彼女の横には猫人の王テオもいた。

 だがテオは傷だらけだった。


「ライトよ、猫島が壊滅した」

「え? い、一体何が……?」


 テオは悲しげな目をして言った。


「人間ニャ。ヨーゼフが攻めてきたニャ」


 

 

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