第165話 ジュン 其の一

 猫人がピース村に住み始めてから二ヶ月が経つ。

 今日は彼らが頑張っているか見学に来たのだ。

 新たに作った演習場では猫人がニャーニャーと悲鳴を上げていた。


「そこ、槍の持ち手が違います。罰としてその場で千回突きを繰り返しなさい」

「ニャー……。シャニ隊長は鬼ニャー……」


 この猫人はテオというカジートの王から預かった者達だ。

 猫人というのは見た目に反して高い戦闘力を持つ。

 なのでここで生活する代わりに南の大陸を守る兵士として働いてもらうことにした。

 彼らは一応村民という形を取ってはいるが、他国からの大切な預かりものでもある。

 そんな彼らを兵士にするのはどうかとも思ったが、給料を多めに払うと言ったらかなり喜んでいた。

 もちろんテオの許可は取ってるぞ。


 ちなみに猫人の訓練はシャニにお願いしてある。

 彼女はかつて王都最強の暗殺部隊を率いていた経験があるからな。

 だがその訓練だが素人の俺から見てもかなり厳しいものだ。


「なぁシャニ」

「何でしょうか?」


「もうちょっと優しく……」

「いえ、強くなるには地獄を見る必要があります。こんなものは訓練の内に入りません。次は拷問を受けても口を割らないよう痛みに耐える訓練を予定しています」

「「「ニャー……」」」


 猫人からはため息のような鳴き声が聞こえた。

 いやいや、そこまでする必要は無いだろ。 


「冗談です」

「シャニが言うと本気に聞こえるから」


 なんてことを言っていると午前の訓練は終了の時間を迎える。

 昼休みを取ったら引き続き午後の訓練をするそうな。


 猫人達は休憩を取るため食堂だったり家に戻ったりと思い思いの時を過ごす。

 俺達も一旦家に帰ることにした。

 

 その道中シャニのお腹を見て思う。

 もうすぐ出産だなと。


「大きくなったね」

「はい。もう産まれます」


 なんて?

 シャニは表情を変えずに言うんですけど。

 

「陣痛が来ました。恐らく後数時間の内にジュンは出てくるでしょう」

「駄目じゃん!? は、早く家に帰ろう!」


 シャニを担いで家に向かう!

 彼女は今妊婦さんが着るようなゆったりしたスカートを履いているのだが……。


 ――ポタタッ


「破水しました」

「冷静に言うんじゃないよ! 急ぐぞ!」


 家に着くと幸いなことにアーニャとリディアがいてくれた。

 よ、良かった。彼女は医学的知識があるだけではなく、リディアと俺の子であるミライも取り上げている。

 リディアも今度は自分が手伝う番だとアーニャから出産についての手解きを受けている。


「アーニャ! リディア! 助けてくれ! もう産まれそうなんだ!」

「はーい。そろそろだと思いました」

「準備は出来てますよー」


 ん? 結構気楽に言うんだけど。

 二人はテキパキとタオルやらハサミやらを用意し、お湯を沸かし始めた。


「ライト様はシャニをベッドに寝かせてあげて下さい」

「出産は私達が手伝いますから。任せて下さいねー」

「え? 立ち会いとかはしなくていいの?」


 ほら、リディアの時は異形の襲撃があったじゃん。

 なのでミライの出産には立ち会えなかったんだよ。

 だから今回は必ず立ち会おうと考えてたんだけど。


「んー。大丈夫ですよ。正直に言いますと男性が立ち会ってもあまり役に立ちませんし」

「そ、そうなんだ」

「それよりも少しの間だけでもシャニのそばにいてあげて下さい」


 なんてことを言われてしまった。

 まぁ出産は自宅で行うし、産まれたらすぐに会えるもんな。

 

 俺はシャニをベッドに運ぶ。

 彼女を寝かせたところでシャニは俺の手を握ってきた。


「嬉しいです。ようやくジュンに会えるのですね」


 といつもの無表情で言うんだけど。

 あれ? 陣痛ってものすごく痛いんじゃなかったっけ?


「痛みに耐える訓練は一通り経験済みです。爪の間に針を刺される痛みに比べれば大したことありませんから」

「怖いこと言うんじゃないよ」


 シャニが暗殺者という危ない仕事をしてたことは知ってるが、汗の一つも流さずに痛みに耐えられるとは。

 我が嫁ながら恐ろしい。


「ライト殿。一つだけ不安があります。もしかしたらジュンは私と同じ体かもしれません」


 シャニはそう言うと僅かだが体を震わせる。

 彼女にとって体の痛みより、我が子の心配が勝っているんだろう。

 

 シャニは少々特殊な体をしている。

 とある獣の特性を強く受け継いでしまったのだ。

 ハイエナだ。もしくはそれに近い獣だ。


 ハイエナの雌は男性器に良く似た器官を持つ。

 要はシャニの股間にもそれに似たものがついているのだ。

 もしも産まれてくる子が女の子で、さらにシャニと同じ体をしていたら……。


 以前気にしては駄目だと言ったが、やはり不安なんだろうな。

 俺はシャニの手を握り返し、そして優しくキスをした。


「ん……。ライト殿?」

「大丈夫だよ。ジュンがどんな体をしていようが、俺にとっては世界で一番可愛い子に決まってる。もしも同じ体だとしても俺が世界一幸せにしてみせる。だから心配するな」


 本心を伝えた。

 産まれてくる我が子なんだ。

 親としてしっかりと迎え入れてあげないとな。


「安心しました。ライト殿が父ならば、ジュンはきっと幸せになれます」

「そういうこと。だからシャニも安心してジュンを産むんだぞ」


「ライト殿……。私は幸せです。あなたに会うために私は産まれてきたのかもしれません」


 シャニは表情こそ変えなかったが、尻尾は大きく振っていた。

 最後に彼女をしっかりと抱きしめる。

 そしてリディア達が寝室に入ってきた。


「ふふ、続きはジュンちゃんを産んでからにしましょうね」

「ほら、ライトさんは部屋の外に行ってて下さい」


 二人に追い出されてしまった。

 俺はドアの前に立ち思う。

 シャニ、頑張る……。


「んあー」


 んん!? もう産声が聞こえてきたんですけど!?

 今部屋を出たとこだぞ!?


 ――バンッ!


 俺はシャニ達がいる部屋のドアを開ける!

 そこには赤ん坊におっぱいをあげるシャニの姿があった。

 

「産まれました」

「早くない?」


 あまりの早さに感動はどこかに行ってしまった。



 

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