第155話 足が欲しいの 其の一 アーニャの気持ち

 ――ザザーンッ ザザーンッ


 ここは来人が作った第三の村、ラカン村。

 元々は塩を採るために作った村なのだが敷地の中は数多の観光客が滞在しており、楽しげに買い物をしたり、散策などをしている。


 その中央にある、とある一件の商店にて。

 ここには来人の妻の一人であるアーニャが店長をしていた。

 来人の店なので置いてある商品はアダルト用品が多い。

 だが他にも目玉になる商品を取り扱っていた。

 アーニャ自作の水着である。


 犬人の女性客が恥ずかしそうにアーニャに話しかける。


「あ、あの、すいません。そこの水着を見せてもらえますか?」

「はい! あのビキニタイプですね。ふふ、可愛いでしょ? お勧めなんですよ!」


 犬人は水着を受けとる。横にいた彼氏だろうか、男性の犬人もちょっと恥ずかしそうにしている。


「き、きっと似合うよ。良かったら買っていこうか?」

「うん……」


 若いねー。楽しそうだねー。

 付き合いたてのカップルなのだろう、二人は水着を買い手を繋いで海に向かっていった。


「はぁ……。いいなぁ」


 アーニャはため息をついた。

 彼女には愛する夫がおり、生活には何の不満も無い。 

 夫である来人は村長をしており、村民からは愛されている。

 なおかつ生活に関しても贅沢は出来ないものの、ある程度好きなものは買えるし、周囲から見れば幸せそのものなのである。

 そんな彼女が何故ため息などついているのだろうか?


「どうした。ため息なんぞつきおって」

「セ、セタ様!? な、なんですか、その格好は!?」


 セタは水着を着ていたのだ。

 しかもハイレグのかなりきわどい水着であった。


「で、でもセタ様ってスタイルいいですね」

「むふふ、そうであろう? これでも若い時と体重は変わっていないのだぞ」


 すごいことである。 

 セタは魔族であり、人より遥かに長い寿命を持つ。  

 だがすでに彼女は何千年も生きており、魔族の中でも老齢と言われる年齢だったはずだ。

 要は美魔女なのだ。


「今日は何をしに?」

「うむ、泳ぎにな。ついでに若い男にでも声をかけようとも思っている」


 割りと自由な魔王なのである。

 しかしセタはアーニャがため息をついていたことが気になっていた。

 実はセタはアーニャのことを以前から知っている。

 家臣であった魔貴族アスモデウスの家で働いていたアーニャを見たことがあるのだ。


 当時は奉公人の一人としての認識ではあったが、ラベレ村で来人達と過ごす中でアーニャだけではなく、来人一家に深い思い入れが芽生えたのだ。

 特にリディアの娘のミライは可愛くて仕方がないようで。

 

 そんな家族同様のアーニャが困っているのを見過ごしてはいられなかった。


「話すのだ。相談に乗ろう」

「い、いえ、大したことではありませんので。それにまだお客様もいますし」


「そうか。ならば店が終わった頃にまた来よう」


 そう言ってセタは海岸に向かっていった。

 その途中でイカ焼きとビールを買っていたのをアーニャは見ていた。


 そして夕方になりアーニャは店を畳む。

 本来なら後はポータルを潜り、遥か西にあるピース村に戻るところなのだが。


「終わったか?」


 と何者かが後ろから話しかけてきた。

 振り向くと、何故か肌がいつも以上に艶々したセタが立っていた。

 

(エッチしてきたんだろうなぁ……)


 アーニャさん、正解です。

 セタは海水浴を楽しみつつ、お得意の闇魔法で姿を変えて若い男性達を誘惑していたのだ。

 やっぱり自由な魔王様なのだ。


「では河岸を変えるとしよう。ここでは話すものも話せぬであろう。着いてきなさい」

「は、はい」


 セタは強引にアーニャを連れて、とあるバーに入る。

 ここでは最近ラカン村に出来たオシャレなバーなのだ。


 セタは慣れたように店主にオーダーする。


「ベリスよ、ガルヴァドスを二つ。それとツマミは適当に見繕ってくれ」

「魔王様、また来たんですか?」


 店主は魔族であった。名をベリスという。

 この者はかつてセタに仕えていた重鎮の一人だが酒好きが高じてか、いつかは独立したいと思っていた。

 来人に助けられてからしばらくの間セタの下で働いていた。

 しかし観光地であるラカン村のことを聞き自分の夢を叶えるためにセタの下を離れたのだ。


 ベリスはガルヴァドスに氷を入れ二人の前に。

 そして調理を始めた。

 セタはアーニャにグラスを持たせ乾杯をする。


「ん……。ふぅ、相変わらず美味いな」

「そ、そうですね」


 セタは一気にグラスを空にし、アーニャは緊張からかチビチビとガルヴァドスを飲み始める。

 だがある程度酒が進むとセタはアーニャの緊張が解れてきたことを察した。


「さて……。そろそろ話してくれんか?」

「は、はい。実は……」


 アーニャは話し出す。

 今販売している水着だが、来人がアーニャに製作をお願いしたものだった。

 彼女は元々裁縫が趣味で来人と出会った時から毛皮を加工して服を作ってきた。

 今では亜麻なども栽培しており村民達は様々な素材の服を着ている。


「ふむ、それは良いことではないか。来人はお前を信頼して仕事を任せたのであろう?」

「そうなんですが……」


 アーニャは思い出す。

 海に到着した時に来人はアーニャにこんなことを言ってきたのだ。


『なぁアーニャ、すまないけどみんなと村民のために可愛い水着を作って欲しいんだ』

『水着ですか?』


 この世界は水着はあまり発達しておらず、あったとしても男女ともに半ズボンのようなあまりセンスの良くないものだ。

 しかしこれが普通だと思っていたアーニャは来人の提案に興味を示した。


 来人は言った。

 彼の世界にすごくセクシーでまるで下着のような水着があると。

 例えばハイレグ。お股の大切なところを隠しつつも、異性にセクシーさを見せつけるような過激なデザインである。

 例えばビキニ。これこそ下着そのものだ。

 素材こそ違えどほとんど下着のようなデザインで海に入るなど、アーニャの常識では考えられないものだった。


「だが着てみると中々具合が良いぞ。男達の視線も心地良いしな」

「は、はぁ……。喜んで頂けて嬉しいのですが……」


「ええぃ、ウジウジするでない。さっさと話さんか」

「は、はい! 実はその……。私も水着を着たいのです……」


 そうなのである。アーニャは服を作るのは好きなのだが、可愛い服を着るのはもっと好きなのである。

 しかし悲しいかなアーニャは蛇人……ラミアなのである。

 下半身が蛇なので着られる服は限られているのだ。

 つまりハイレグなど着られるわけがないということ。


「な、なるほど。それは確かに悩ましいな……」

「そうなんです、私も可愛い水着を着てライト様に可愛がってもらいたいのです……」


 なんかエロい話してんなぁと思いつつ、バーの店主のベリスはツマミの天ぷらを二人の前に置くのだった。

  


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