第153話 海を目指して 其の四

 ――ザザーン ザザーン

 

 寄せては返す波の音。

 目の前には大海原が広がっている。

 

「わぁー、すごい! みんな、海に着いたよ!」


 リディアは一人元気そうにはしゃいでいる。

 元気なのは彼女だけだ。

 だってさ、俺達はリディアの狂気とも思える運転に耐えてきたのだから。

 っていうかなんでもう海に着いてんだよ。

 たしかピース村から大陸の端っこまで2000キロ近くあるはずだぞ。

 おそらくだが昨日は半日をかけて500キロは進んだはずだ。

 それをリディアは数時間で走破するとは。

 一体何キロ出したんだよ。


 リリの作った車はほとんど揺れを感じない見事な造りであった……んだが、さすがにリディアの出したスピードには耐えられなかった。

 もうシャニもアーニャも吐いちゃってさ。

 大変だったよ。


「ママー。あのキレイなのとってなのー」

「貝殻ね。いいわよ」

 

 親子だなぁ。ミライは耐性があったようで、砂浜で元気に遊んでいる。

 俺もようやく動けるようになったので車から降りて浜辺に向かう。


「あ、ライトさん、元気になったんですね」

「何とかね、あのさ、帰りは俺達が運転するからリディアは後ろで休んでてな」


 暗にもう運転はしないように言っておいた。

 帰るのはポータルを使えば一瞬だが車はピース村に返さないとな。

 リディアは「何で?」みたいな顔をしているけど。


 少しするとアーニャ達も回復したようで浜辺にやってきた。

 まだフラフラしてるみたいだけど。


「これが海ですか。知識としては知っていましたが、見るのは初めてです」

「うわー、広いですね……」

「ねえ、泳いでみない?」


 とリリは言うが、水着は持ってきてないしねぇ。

 そういえばこの世界では水着なんかはあまり発達していないようだ。

 一応子供用プールは作ったが、一緒に遊ぶ親なんかは半ズボンみたいな水着で子供達を泳がせてたし。


 海に来た目的は塩を採るためだ。

 だがそれだけじゃもったいないな。

 そうだ! いいこと思い付いたぞ!


「みんな、ここに村を一つ作ってみないか?」

「ここにですか? 塩を作るための職場ではなくて?」


 初めは俺も塩専用の作業場だけでいいと思っていた。

 だが海は資源の宝庫だし、何より海水浴が楽しめる。

 今の季節はちょうど夏になりつつあるしな。


 ラベレ村、ピース村は共に娯楽についてはあまり揃っていないのだ。

 せっかく海があるんだ、これを利用しない手はないだろう。

 娯楽施設を作れば新しい雇用も産み出せるしね。


「ここにさ、塩作りと漁業、海水浴をメインにした村があればもっと発展すると思うぞ。そこでなんだが、ちょっとアーニャさん、ご相談が……」

「はい、何でしょうか?」


 アーニャを呼び寄せゴニョゴニョと相談する。

 

「ふふ、分かりました。多分出来ますよ。でも……」


 ん? 何故かアーニャは悲しそうな顔をした。

 まさかやっぱり俺の計画に賛成出来ないとか?


「ど、どうしたの?」

「い、いえ! 何でもありません! ライト様のご要望はきっと叶えて差し上げます! 期待しててくださいね!」


 少し間があったがアーニャは俺の計画に乗ってくれるようだ。

 これはセンスの良いアーニャにしか出来ないことだからな。


「よし、それじゃ俺は簡単にだけど新しい村の外壁だけ作っておく。みんなは遊んでていいぞ!」


 俺の言葉を聞いて妻達はキャッキャッと波と戯れ始めた。

 その光景を見ながら壁を建てることにした。



◇◆◇



 そして一時間後、かなり広い面積を壁で囲い、一応ではあるが村の予定地は出来上がった。

 広さはピース村の半分ってところかな。

 壁で囲っただけなので、敷地には何もないんだけどね。

 まぁこれから色々と建てればいいだけさ。

 

 最後に敷地の中にポータルを作っておく。

 ここを潜れば一瞬でピース村に到着するはずだ。


「おーい、ポータルが出来たけど先に帰りたい人はいますかー?」

 

 と聞くと妻達はこっちに寄ってきた。

 ミライは派手に濡れていたので、先に戻ってお着替えをしてくるそうで。


「夜には戻るよ。シャニも先に戻ってな」

「そうですね。車の中ではあまり動けません。同じ体勢を続けているのは少し窮屈でしたから」


 リディアとミライ、シャニは先に戻ることになった。

 彼女達を見送ってから俺達は西に向けて車を走らせることに。


 三人で車に乗り込む。

 俺の運転で帰ることにした。


 ――ブロロロロッ……


「ふー、やっぱりこれくらいのスピードの方がいいよね」

「ですね。もうリディアさんには運転をさせない方がいいと思います」

「だなぁ……。ま、まぁ人にはいいところも悪いところもあるからね。たまたまリディアがスピード狂ってだけだったってことさ」


 スピードメーターは無いが、多分未舗装の平原を100キロ近い速度で走ってるんだろうな。

 だがこれくらいの速度ならばほとんど揺れを感じないんだ。

 やはりリリの技術ってすごいんだな。


 そのリリが助手席から話しかけてくる。


「あのさ、そういえばさっきアーニャ姉と何を話してたの?」

「ん? あれね、隠すことじゃないんだけど、今は秘密」


「ずるーい、教えてよー」

「ふふ、すぐに分かるわ」


 なんて会話を楽しみながらドライブを楽しむ。

 あれ? そういえばなんか大切なことを忘れていたような……。


「あのさ、ちょっと聞くけど俺達って何か忘れてない?」

「そう? 海は見つけたし、塩も作れそうでしょ? 目的は達成した……」

「ラ、ライト様。セタ様との約束ですが……」


「「あ……」」


 リリと俺は声を揃える。

 そうだった、今日はセタが一緒に行くって言ってたんだった。


 どうする? 車を停めてポータルからピース村に戻るか?

 

「ま、まぁセタ様も大人ですし、魔王様ですし……。怒ってはいないのでは?」

「ううん、そんなことないよ。私、それなりにセタ様を近くで見てきたけど、あの人って結構子供っぽいところもあってね。小さいことで怒ったりもするんだよ。しかも怒るとかなり怖いの……」


 あかんやん。

 俺達は車を停め、小さな拠点を作りポータルを使ってピース村に戻る。

 自宅に帰るとセタはミライを抱っこしながら……。


「おーい、おいおい、どうせ老人は邪魔者なんじゃー」

「ばぁばー、泣かないのー」


 なんて嘘泣きをしつつ、ミライに恨み言を言っているのだった。


 

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