第143話 壁役
「んん……。ライト様ぁ……」
――シュルルッ クルクルッ
アーニャは寝言を言いながら俺に蛇の尻尾を絡ませてくる。
リリは俺の上に乗ってよだれを垂らして眠っていた。
んー、良く寝たよ。
異形のことを考えることなく安心して眠れるってのは嬉しいもんだね。
しかしいつまでもお祭り気分ではいられない。
異形は倒したが、俺達は生きるためにさらにラベレ村を発展させていかなければならないのだ。
確かリリの話ではセタが会いにくるとか言ってたな。
どうせ彼女のことだ。図々しくリビングでコーヒーでも飲んでいることだろう。
ベッドを出てリビングに向かうと、案の定セタはミライを抱っこしつつ朝のコーヒーを楽しんでいた。
「あぶー。ばぁばー」
「ははは、本当にミライは良い子だな。私を祖母と呼んでくれるか」
いつものようにセタはミライと遊んでくれているようだ。
この人って王都を治めていた人なんだよな?
それにしてはずいぶん庶民的というか、フレンドリーというか。
リディア達の話ではセタは民に人気がある良い王様だったらしい。
俺もソファーに座るとリディアがコーヒーを出してくれた。
「おはようございます、ライトさん」
「おはよ、セタさんはもう来てたんだな」
「あぁ。今日は大事な話があってな。みんな起きてから話すことにしよう。ではミライには私がごはんを食べさせてあげよう」
あんたも食っていくんかい。
割りと天然なんだよな、この人。
こういった遠慮の無さも人気があった一つの要因なのかもしれん。
アーニャとリリも起きてきて、みんなで仲良く朝ごはんを食べることに。
「ほらミライ。しっかり噛んで食べるのだぞ」
「あぶー」
「セタ様、ミライにはまだ歯はありませんよ」
なんて会話をしつつ楽しい朝ごはんの時間は終わる。
「ふぅ、美味かったな。やはり食事はライトの家で食べるのに限る」
「うちは食堂じゃないんだから。で、今日は何の用なの?」
「うむ、そうだな。今日は遊びに来たわけではない。今後のラベレ村についてだ」
一応俺はラベレ村をセタに譲渡するつもりではある。
今は五千人の村民でラベレ村は成り立っている。
しかし以前セタにも言われたが、未だにラベレ村は共同体としての域を出ていないのだ。
より発展するには国として形を作っていくべきだろう。
そのためには俺が村長をしている場合ではない。
俺よりも国家運営に長けた者に今後のラベレ村を任せるべきだ。
むしろそろそろめんどくさくなっているのも事実。
俺は人の上に立つのはあんまり好きじゃないのだ。
それよりもリディア達とゆっくり野菜でも育てながら生きていこうかねぇ。
なんておじいちゃんのようなスローライフを夢見ていたのだが。
「それなのだが……。やはりライトにはそのままラベレ村に残って欲しい」
「マジで? でもこれ以上俺がいなくたって……」
「ヨーゼフだ。奴なら異形がいなくなったことを既に察しているはずだ。奴は間違いなくここに攻めてくるはず」
「「「…………」」」
セタの言葉に皆が息を飲む。
そうだった。元々セタが作った国エテメンアンキは北の大陸から狙われてたって言ってたんだよな。
異形ってのはセタが闇の魔法で産み出した魔物らしい。
本来ならリディア達を守るための存在だったが、そのやり方が問題だった。
命を守るために呪いをかけ思考を失わせる。
そうすることで一種の仮死状態となり俺が保護するまで虫のように這いつくばりながら数千年生きてきたというわけだ。
しかし幸か不幸か、南の大陸は異形がいることにより難を逃れた。
そして異形がいなくなった今、この土地を守れるのは俺達しかいないってことだ。
「そこでだ。私は南の森に新しい王都を建設しようと思う。それの手伝いをしてもらいたい」
「壁しか建てられないけどいいのか?」
「ははは、それだけで充分さ。むしろお前の壁があれば大抵の攻撃は防げるではないか」
まぁオリハルコンの壁だからね。
しかし俺が建てられる壁の中では最硬の壁だが決して無敵ではない。
しかしヨーゼフってのは異形よりも注意しないといけない男なのか?
確かセタの話ではヨーゼフという男は俺と同じ異邦人……地球からの転移者なわけだ。
俺とは違うチートを持っているんだろうな。
「あんたはかつて世界を救うためにヨーゼフと一緒に戦ってたんだろ? 奴の力は……」
「分からん」
分からんって。
「仕方ないであろう。奴は魔法の使い手ではあったが、おそらくそれは能力の一旦に過ぎん。しかし奴は常に力を隠しながら戦っていた。私には知られたくなかったのだろう」
そんな器用な戦い方が出来るもんなのかねぇ。
少なくともセタはヨーゼフの本当の力は見抜けなかったわけだ。
そしてそのヨーゼフという男は北の大陸を手に入れ力を蓄えた。
次は南の大陸を狙っていると。
ふぅ……。リディア達とゆっくり野菜を育てたり、好きな時にイチャイチャしたり出来る生活はまだ先の話になりそうだな。
「分かった。取り敢えずはあんたの下につくよ。ラベレ村に残る。んで、俺は壁を建てるだけでいいのか?」
「いいや、お前にはここで新しい村……いや要塞を建ててもらいたい」
――バサッ
セタは地図を広げる。
そしてペンでとある箇所に円を描いた。
ん? ここは確か……。
「ライトさん、ここって元々はラベレ村があったところですよね?」
とリディアが言う。
その通りだ。魔の森の入り口付近、俺達はかつてここにラベレ村を建設したんだ。
「そこに新たなる村を建設する。既に森は開かれ街道のようなものは出来上がっている。そこを防衛するのがライトの役目となる」
「つまり?」
「ははは、簡単に言うとそこで今まで通り生活してくれということだ。ただ敵が異形からヨーゼフに変わったというだけだな」
とセタは笑う。
なるほど、壁役になれってことね。
まぁ、やることは今まで通りってことなら何とかなるかな。
でもこれって要は最前線に立てってことと同じだよな?
危険手当てとかつくのだろうか。
「セタさん、あんたのお願いを聞く代わりに何か俺に……」
「全ての税の免除、そして新しい村の自治権はお前に託そう」
うーん、やっぱり今まで通りだな。
「リディア達はどう思う?」
やはり家族なわけだし、彼女達の意見も聞いておかないとな。
「私は構いませんよ。ライトさんとなら何をしても楽しいはずですから」
とリディアは言う。
「私も同じ気持ちです。それにせっかく手に入れた平和なのに、また奪われるのは嫌ですから」
アーニャの意見だ。
「産まれてくるこの子のためにも、この地は守らねばなりません」
シャニはお腹に手を当てながら答える。
「うん! 異形をやっつけたついでだもん! ヨーゼフ王もぶっ飛ばそうよ!」
リリは過激なことを言う。
妻達の意見は同じだった。
この地を守りたい。なら妻の想いを叶えるのは夫の仕事なのかね。
「ははは、その顔は腹を決めた時の顔だな」
「分かる? まぁそういうことだ。それじゃ新しい土地でまた村長でもやらせてもらうよ」
こうして俺はラベレ村を出る決心をする。
まあ、やることは今までと変わらないしね。
さて次はどんな村にしようかな?
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