第139話 突入 其の二

 ――ワイワイ ガヤガヤ


 まだ夜が明けない時間だというのに村の広場には武器を持った村民が集まっている。

 

「村長、頑張ってね!」

「やっぱり俺も連れてってくれ!」

「異形なんかやっつけちまいな!」


 村民は興奮気味に俺に激を飛ばす。

 そう、俺は今から異形の巣に向かうのだ。

 長年南の大陸に巣食い、セタが統治していた王都エテメンアンキを滅ぼした化物。

 奴らを今日一網打尽にする。


「あぶー。ちちー」

「ミライもお父さんを応援しているようです」

「ライトさん、みんな、気をつけてね……」


 とシャニに抱かれたミライが笑顔ではしゃいでいた。

 リディアも一緒に行きたいだろうがミライの面倒を見なくちゃいけないしな。

 シャニは怪我から完全に回復していないので、今回は不参加となる。


 巣に向かう突入部隊は俺、アーニャ、そしてセタとリリ。

 他総勢100名のラベレ村で最も戦闘力の高い者を選んだ。

 彼らにはそれぞれ貴重なオリハルコンの穂先がついた槍を持たせている。

 ダマスカス鋼ならいくらでもあるが、オリハルコン製のものは量産が難しいそうだ。

 だがリリは今日のためにほとんど寝ずに武器を作ってくれたのだ。


 俺も槍を持ち、そして腰にはオリハルコンの刀を差している。

 とはいっても剣道なんかはやったことがないから基本的には使わないつもりだけど。


 この世界に連れてこられて一年と少し。

 最初はどうなるかと思ったけど、みんなのおかげで生きてこられた。

 そして俺を支えてくれる妻のリディア、アーニャ、シャニ、そしてリリ。

 俺の娘であるミライのために……。


 おっと、しんみりしちゃったな。

 俺らしくもない。


 ここは一つ気合いの入った言葉でもかけてやるかな!


「今日異形はこの土地から消え去ることになる! 俺達は勝つ! もう夜に怯える必要は無い生活を取り戻すんだ!」

「はい!」「頑張ろうね!」

「「「うぉぉぉー!!!!」」」


 大地が震える程の雄叫びがまるで森の木々を揺らしているかのようだ。

 みんな気合いの充分だな!

 それじゃさくっと世界を救うとしますか!


「行くぞ!」

「お待ち下さい」


 ん? シャニが俺を止める。

 せっかく気合いが入ったところなのになぁ。


「どうした?」

「万が一……ということは考えたくはありません。ですが危険なことに変わりありません。なので……。この子に名前をつけてはくれないでしょうか?」


 シャニは自分のお腹に手を当てる。

 そうだな、彼女の中には新しい命が宿っている。

 でもなー、男か女かまだ分からないし……。


 そうだ! ミライのようにどっちでも使える名前にしよう!

 シャニを見てふとこんな名前が頭に浮かんだ。


「ジュン。これでいいかな?」

「ジュン? どういう意味があるのですか?」


 純ってことさ。純粋であれ、自分に対しても、他の人に対してもね。

 どうだ? 俺にしては可愛い名前なんじゃないか?


「ジュン……。良かったですね。お父さんが名前をつけてくれましたよ」


 ――ニコッ


 お? シャニがまた笑った。

 無表情がデフォであり、可愛いというより凛々しい女性なのだが、やはり笑うと可愛いよな。


「ジュン、シャニ、それじゃ行ってくる」

「はい」


 ――ザッザッザッザッ


 俺達は南に向け進み始めた。

 森の中を歩き、ラベレ村が見えなくなる頃、魔王セタがこんなことを言ってきた。


「ライトよ、昨日話した作戦だが成否はお前にかかっている。村長のお前に殿を任せるのは忍びないが……」

「いいさ。これは俺にしか出来ないことだからな」


 シャニの話では異形はある程度姿を変えることが出来ると言っていた。

 普段は塵のような姿で核の中心に集まってるのだとか。

 恐らく核ってのが異形が動くためのエネルギーを溜め込んでいるのだろう。

 

 核ってのはそれ自体が高い防御力を誇るとセタは言っていた。

 俺達のマナブレイカーの破壊力と核の防御力、どっちが上かで勝負が決まる。

 

 まぁリリの話では山一つ吹き飛ばす威力って言ってしな。


「ねえライト?」


 今度はリリが話しかけてきた。

 彼女と不安そうな顔をしている。

 夫として勇気付けてあげないとな。


「心配か? 大丈夫だよ。リリは天才だ、お前が作ってくれたマナブレイカーさえあれば……」

「ううん、心配なのはそこじゃないの。起爆させれば絶対に核は壊せるはずだよ。でも万が一爆発に巻き込まれたら……」


 だよなぁ。俺達は死ぬことになるだろう。

 そう思うと俺も震えがくるよ。

 だがそれはやらない理由にはならない。

 

「起爆までの時間は?」

「どんなに頑張っても五分が限界。液化したオリハルコンが溶液に反応して爆発を起こすの。これでもかなり頑張ったんだよ」


 それ以上の話は専門用語とかも出てきてちんぷんかんぷんだった。

 とにかく時限式の爆弾が爆発する前に有効範囲から逃げればいいってことだ。


 俺達の作戦は単純だ。爆弾をセットする、起爆装置を起動させて逃げる。

 それさえ出来れば俺達の勝利は決まるってわけだ。


「俺の故郷で偉い人が言ったんだ。物事は単純であるべきだってな」


 ノーベル賞を取った舌を出したおじいさんが言った言葉だったかな?

 もし彼が生きていたらリリとは話があうんだろうな。

 お互い天才なわけだし。


 俺の言葉にリリを初めアーニャも安心したみたいだ。

 そのうち重い雰囲気から一転、馬鹿話をしながら森を進む。

 

 ふぅ、結構歩いたな。

 時間もかなり経っており、木々の間からは昼の日差しが差し込んでくる。

 お腹も空いてきたな。腹が減ったらなんとやらだ。


 俺は立ち止まり突入部隊に指示を出す。

 皆、持参したお弁当を広げ、昼休みを取ることにした。


「今お茶を沸かしますね」


 アーニャは俺達のために料理を作ってくれるようだ。

 こんな野外なのに暖かいものが食べられるのはありがたい。

 セタも合流し和気あいあいと昼ごはんを食べることにした。


「ふふ、それにしてもまさか王都最強の暗殺者が子を成すとはな。もし私が若ければ私もお前の嫁にしてもらえたかもしれんな」

 

 とセタは笑う。

 うーん、セタが若かったらねぇ。

 もうすぐおばあちゃんっていう歳だしな。

 しかしそれでも溢れんばかりの気品を漂わせている。

 若い時はきっと誰もが振り返るほどの美人だったに違いない。

 

「セタ様、駄目ですよ。私の旦那様を誘惑しては」

「なんだ、アーニャはケチだな。いいではないか、減るものではあるまいし」


 ははは、あんた、何言ってんだよ。

 これから人生で一番の戦いを迎える前とは思えないほど、和やかな時間を過ごすのだった。

 

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