第138話 突入 其の一

 ――パチパチッ


 俺とリディア達は深夜にも関わらず、村の広場で焚き火を囲んでいる。

 ミライはリディアに抱かれて眠っていた。


「シャニ、大丈夫かな……?」

「きっと無事ですよ」

「リディアねえは先に戻ってなよ。ミライちゃんをベッドで寝かせないと」


 そう、俺達はシャニを待っているのだ。

 彼女は一人で異形のあとを追い、巣を見つけに森に入った。

 それは俺達には出来ないこと。やれることはシャニが無事にここに戻ってくるのを待つことだけなのだ。


 今シャニのお腹の中には俺の子がいるはずだ。

 妊娠初期に無理をさせたくはなかったが、今回の作戦を成功させるにはシャニの力が絶対に必要なのだ。

 だからこそさっさと異形との戦いに決着をつける。


「ん……? 誰か近づいてくるぞ!」


 物見櫓の上から声がする。

 俺達も壁に開けた穴から外を覗くと、何者かがヨロヨロとこちらに寄ってくるのが見え……。


「シャニ!」


 先に声をあげたのはアーニャだった。

 アーニャに続きリディア達も門を潜りシャニのもとに駆け寄る。

 もちろん俺もだ!


 ――ガバッ! ギュウゥゥゥッ!


 言葉も無く俺達はシャニを抱きしめた。

 良かったよ、無事に戻ってきて……。


「みんな、ご心配をおかけしました」

「ほんとだよ! でも本当に良かった……。この子は大丈夫かな?」


 リリはシャニのお腹を撫でる。

 彼女達もシャニが妊娠したことは知っているからな。

 しかし俺の力である感度調整・改を発動すれば丈夫な赤ちゃんが産まれてくるってあったし……。


「問題ありません。それに異形の巣を見つけました」

「そうか……。シャニ、本当にありがとう。でも今日はもう休もう」


 大きな怪我は無いが、明らかに足を引きずっている。

 今は無理をさせられない。

 

 俺はシャニを背負い自宅に戻ることにした。

 疲れていたんだろうな。シャニをベッドに寝かせると、すぐに寝息を立て始めた。


「よく頑張ったな……。お帰り、シャニ」

「…………」


 シャニは応えなかった。

 だが少し微笑んだような気がした。



◇◆◇



 翌朝シャニの様子を見に行こうとしたが、リビングに出ると来客があった。

 魔王セタがソファーに座り優雅にコーヒーを飲んでいるではないか。


「苦いな……。だが美味い。こんな飲み物もあったのだな。アーニャ、お代わりを頼む」

「は、はい」


 全く、俺のかみさんをメイドみたいに扱うんじゃないよ。

 俺はセタの対面になるように座る。

 

「おはようございます、ライト様」

「おはよアーニャ。っていうかセタさんはいつ来たんだ?」

「夜明けにはな。村民が言っていたぞ。シャニが戻ったそうだな」


 セタはカップに残ったコーヒーを飲み干す。

 そして真剣な表情で俺を見つめる。


 俺も詳しくは知らないがシャニは言った。

 異形の巣を見つけたってな。

 

「話が聞きたい。シャニはどこにいる?」

「まだ寝てるよ。かなり疲れてたみたいだからな。少し休ませて……」

「その必要はありません」


 ん? シャニの声が聞こえる。

 彼女は二階からリディアとリリに支えられて降りてきた。

 まだ足を引きずっているようだが、顔色はいいな。


 シャニはヨタヨタと俺の横に座る。

 

「大丈夫か?」

「はい。すぐに良くなるはずです。それよりも皆に伝えなければなりません」


 ――バサッ


 シャニは自室から持ってきたであろう地図を広げる。

 これはシャニを含む探索班が作ったものだ。

 中央にはラベレ村があり、南の一角に大きな丸が描かれている。

 だが範囲はかなり広いな。


「リリが作ってくれた負の魔力を探知する魔道具のおかげである程度ではありますが場所は特定出来ていました」


 でも見つからなかったんだよな。

 しかし時間をかければ発見は出来たはず。

 それでもシャニは命を落とすリスクを負っても尚、異形を追跡することを選んだ。


 後一ヶ月後には二つの月が満月となる。

 大規模襲撃スタンピードが発生するのだ。


 今ラベレ村を囲っているのは最硬の壁であるオリハルコン。

 だがそのオリハルコンをもってしても、壁を破られることになった。

 異形の力自体が上がっているのだ。


「奴らも進化しているということだ。もう既に私達は異形にとって守るべき対象ではない。むしろ異形の存在意義を崩す異物として認識しているのだろう」


 とセタは言う。

 彼女は闇魔法を駆使して異形という存在を造り出した。

 本来は人間から民を守るために異形を造ったらしい。

 しかし失敗したのかコントロールが効かなかったのか、異形は人々を捕え、そして呪いをかけ自我を失わせる。

 その際一種の仮死状態となり、歳を取らずに森をさ迷うことになったわけだ。


 時間が経てば異形は更なる進化を遂げるかもしれない。

 オリハルコンの壁を易々と破ることが出来る程に。


 俺達に残されている時間は少ないということだ。


「ここです。昨夜異形を追跡した結果、この場所に巣を発見しました。しかし……」

「しかし? どうしたのだ?」


「異形はコアから魔力を摂取しています。あれほど大きな核は見たことがありません」

コア……。厄介だね」

「どういうことだ?」


 専門用語が出てきたが、地球人にも分かるように説明してもらいたい。

 

 セタが言うには核というのは魔力が結晶化したものらしい。

 それ自体が大きな魔力を放っており、生半可な力では傷一つ付けられないんだとか。

 

「そう造ったのか?」


 異形の産みの親であるセタに聞いてみた。

 彼女なら弱点なりなんなりを知っていると思ったんだけどな。


「いいや。本来異形というのは我々が持つ人に対する負の感情を糧としている。しかしコアを持つのであれば、もう別の魔物に変化したと考えるべきだな。これ以上襲撃が長引くのは不味い」


 分かってるさ。そのために俺達は今まで頑張ってきたんだからな!


 ――ガタッ!


 俺は立ち上がり皆に指示を出す。


「皆に伝えてくれ! 明日、日が昇らないうちにここを出る! 不測の事態に備えて臨戦態勢を取るように伝えるんだ!」

「はい!」「分かりました!」「うん!」


 リディア、アーニャ、リリは元気良く家を飛び出していった。

 

 残された俺とセタ、シャニはどう異形の巣に攻めこむかの作戦会議を始めるのだった。

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