第137話 尾行 シャニの気持ち

 安息日の翌日、ラベレ村の広場に村民達が集まっている。

 村長である来人は腰にオリハルコンの刀を差し、手には槍を持って村民に指示を出していた。


「これから異形が襲ってくる。だが今夜は数が少ないはずだ。全滅させてはならない。最低でも一割は残すよう攻撃してくれ」


 今夜は新月の後の襲撃だ。 

 異形は月の満ち欠けに応じてその数が変わる。

 魔王セタがそのように異形を作ったからだ。


 この世界は満月になれば大気中のマナが濃くなる。 

 生物ではない異形はマナを吸収して数を増やしているのだ。

 そしてその逆も然り。新月の後は最も異形の力は弱くなる。


 だからこそ今日が最も安全なのだ。

 村民達は配置に着き、そして村長である来人とその妻達は広場に残る。


「シャニ……。気をつけてね」

「あぶー」

「はい、リディア姉。ミライ、行ってきます」


 シャニはリディアの娘であるミライの頬を撫でてあげた。

 ミライもシャニを母親の一人として認識しているのだろう。

 屈託の無い笑みをシャニに向けていた。


 次はアーニャ、そしてリリが激励の言葉をかける。

 

 彼女達は抱き合いながらシャニの無事を願った。

 最後に夫である来人はシャニの前に立つ。

 言葉も無く、ただ彼女を抱きしめキスをするのであった。

 

(ライト殿。私は必ず戻ってきます。安心してください。ここには私とあなたの命が宿っているのですから)


 シャニも何一つ言わなかった。 

 お互いの想いは伝わっているからだ。


「頑張ってな……」

「行ってきます」


 ――シュタッ


 シャニは外に繋がる門を潜る。

 後ろを振り向くことなく。

 そして村からはこんな声が聞こえてくる。


「門を閉じろ!」

「間も無く異形が来る!」

「カタパルト砲、装填急げ!」


 ふとシャニは空を見上げる。

 そこには繊月せんげつが昇っていた。


 シャニは木陰に身を潜める。

 そして静かに念じる。


(心頭滅却)


 ――シンッ……


 シャニから一切の気配が消え去る。

 これは暗殺者として身につけた業の一つだ。

 暗殺部隊に伝わる気配を殺す業だが、シャニ程に完璧に気配を消せる者はいなかった。


 木陰に潜み数刻、次第と地面から振動が伝わってくる。


(来る)


 シャニは思った。

 間も無く異形がラベレ村を襲うだろう。

 しかし今日は殲滅が目的ではない。

 攻撃は最小限、そして襲撃を諦めた異形のあとを追うことが目的なのだ。


 なのでシャニ自身も異形を攻撃してはならない。

 気付かれることなく時を過ごす。

 まずはこれをクリアーしなければならない。


 ――ドドドドドッ……


『ウルルルォォイッ……』

『ウバァァァッ……』


 闇夜に紛れ、まるで影が実体化したような魔物が森を駆ける。

 全身は闇に包まれたような黒、しかし目や口は淀んだ黄色をしている。

 いつ見ても不気味な姿だ。  


 異形はシャニに気付くことなくラベレ村に向けて進み続けた。


「撃てー!」


 ――バシュッ! ズゴォォンッ!


 カタパルト砲から放たれた弾丸が異形達を押し潰していく。

 相変わらず凄まじい威力だ。

 これはかつて王都で開発された兵器ではあるが、頑丈に作り過ぎたため、まともに引き金を引けずにお蔵入りしたお笑い兵器でもある。

 

 しかしラベレ村の住民は来人の壁レベルが上がると同時に強靭な強さを身につけている。

 八百屋のおばちゃんですら、かつての王都エテメンアンキの国軍の千人長並みの強さを誇るのだ。

 

 カタパルト砲は次々に撃ち込まれ、異形達は数を減らしていく。

 

『ウバァァァッ!』


 ――ドゴォッ! 


 身の丈3メートルはあろうかという巨人タイプの異形はカタパルト砲の雨を潜り抜けラベレ村の壁を叩き始める。

 石壁であったら一撃で砕かれるだろう。鉄壁でも耐えられるか怪しい。

 しかし今、ラベレ村を囲っているのはオリハルコンの壁なのだ。

 大規模襲撃スタンピードでも起こらない限り、簡単には破られることはないだろう。


 普段なら壁の内側から槍や弓矢などで接近した異形を排除するのだが、今夜は攻撃はしない。


 異形は己の腕が折れても構うことなく壁を殴り続けた。

 それを数時間繰り返す。

 月は天の中央から西に傾いてきた頃……。


『ウルルルォォイッ……』


 異形達は手を止めて南へと走り去っていく。

 今夜の襲撃は終わったのだ。

 その様子をシャニは眺めていた。


 最後列の異形がシャニの横を通り過ぎる。


(よし。尾行開始)


 シャニは気配を殺したまま異形のあとを追う。

 

(対象までの距離500m。これなら気付かれな……?)


 ――グズッ……


 前方を走る異形が黒い塵に変わる。

 塵はまるで風に乗るように空を漂い始めた。

 そして一ヶ所に集まり、まるで虫の大群のように南へと向かう。


(速い。このままじゃ見失う。ならば……。獣化)


 ――ビキィッ!


 シャニの筋肉が一回り大きくなる。

 これは先祖返りの法とも呼ばれる武の達人のみが使える奥義の一つ。

 一時的とはいえ身体能力を飛躍的に向上させることが出来る。


 だが発動する時にリスクも発生する。

 普段使わない筋肉をフル稼動させることになる。

 発動後は筋繊維断裂、疲労骨折など数日はまともに動けなくなる。

 それでもシャニは獣化を発動し異形のあとを追った。


 シャニは走りながら思う。

 恐らく巣は近い。

 だからこそ異形は姿を変えたのだと。


 そして塵に姿を変えた異形は一度空に舞い、地面へと一直線に。

 吸い込まれるように消えていった。


(あそこ。きっとあそこに巣があるはず)


 シャニは立ち止まり獣化を解除する。

 だが次の瞬間……。


 ――ブチッ


「う……」


 シャニの足に激痛が走る。

 幸い骨に異常は無かったようだが肉離れを起こしてしまう。

 彼女は痛む足で辺りを探し始める。


 そして見つけた。


 崖の側面にぽっかりと空いた大きな洞窟を。


 まるで地獄に続くような。


 入れば絶対に戻れないであろう邪気を漂わせていた。


「…………」


 ――ズシャッ


 シャニは洞窟に足を踏み入れる。

 ここは異形の巣だということを確かめなければならない。

 作戦の成否を分けるのは正しい情報だ。

 リリが作ったマナブレイカーは山一つを消し飛ばす威力がある。

 しかしもし巣が地下深くにあるのであれば……。

 地表近くで起爆させても大した効果は望めないだろう。

 

 シャニは自身の腹部に手を当てる。

 そして新しく芽生えたであろう命に話しかけた。


(大丈夫。あなたは私が守る。あなたはあの人の子なのだから。だから……。私に勇気をちょうだい)

 

 シャニは気配を殺しながら灯りの無い洞窟を進む。

 そして見つけたのだ。


「…………!?」


 絶句した。

 洞窟の中に巨大な空間があり、その中央では真っ赤なクリスタルのような石が光を放っていた。

 そしてクリスタルの周りを塵になった異形がまとわりついている。

 

コア……。見つけた。うふふ……)


 シャニはもう恐怖を感じていなかった。

 それどころか笑ったのだ。

 仲間の仇を討てる。

 そして異形を倒せば新しい未来が待っているのだ。


 シャニは痛む足を引きずるようにして洞窟の外に向かう。

 

 そして来人達に巣を見つけたことを報告するためにラベレ村へと戻るのだった。

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