第135話 シャニのために 其の二
――モーモー
ここはラベレ村の離れである牧草地。
滝の上にある丘を利用した土地だ。
壁で囲ってあるせいか、牛や羊の餌である草は尽きることなく青々と茂り続けている。
しかしだな、家畜特有の匂いっていうか……。
あまり良い香りはしてこないのだ。
っていうかむしろ臭い。ごめんなさい、世界の牧畜関係の人。
自分はこの匂いは苦手です……。
むかーし、那須にある某動物がいっぱいいる遊園地に行ったことがあるが、匂いに参ってしまい早々に帰ってしまった記憶がある。
さすがに異世界生活も慣れてきたから耐性はついたけどね。
今日は安息日ということもあり、牧場で働いている村民は誰もいないようだ。
まぁ、厩舎は解放してあるし、敷地は壁で囲っている。
家畜が逃げる心配はないのだ。
「みんな、いい子にしてましたか?」
「モー」「メェー」
なんて言いながらシャニは牛や羊を撫でる。
リディアから探索班を引き継ぐ前は牧場で家畜の世話をしてくれてたんだな。
もし異形が全ていなくなったとしたら、シャニは酪農家になりたいのかもな。
ん? そういえば元々シャニは初めから家畜の世話がしたいって言ってたんだよな。
それも一人で大丈夫だと言って、最初は忙しそうにしていた。
無理はさせられないと俺は何人か村民にお願いして牧畜の仕事を手伝ってもらうことにしたんだ。
「シャニってさ、どうして牧畜の仕事がしたいって言ったの?」
「この子達は私を見た目で差別しないからです」
あっさりと返された。
シャニはこの世界ではかなり特殊な容姿をしているらしい。
この世界の一般的な獣人は日本でよく見るような種族ではない。
二足歩行の犬とか猫のことを言うのだ。
シャニは逆に俺がイメージしている獣人そのものなのだ。
彼女はその容姿から同族だけではなく他の種族からも女として相手にされずに過ごしてきたらしい。
その他にシャニは人には言えない秘密を抱えている。
彼女はれっきとした女性だ。
しかしとある獣の特性を継いでしまったらしく、シャニの股間には男性器のような器官がついている。
要はフタ◯リちゃんなのだ。
「ライト殿は何故私のような者を愛して下さるのですか?」
シャニは俺に寄ってきて聞いてくる。
まぁ、変態の国である日本で生きてきたからね。
その手のエロマンガも持ってたし。
ついていようが無かろうが女の子であるならば問題無いのだ。
さすがに正直には言えないだろ。
夫が堂々と「俺は変態だからだ!」なんてね。
ここはちょっと言葉を選んだ方が正解だろうな。
「それがシャニだからさ。俺はそのままのシャニを愛してるんだ」
「…………」
――ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンッ!
言葉は無かったがめっちゃ喜んでるのが丸分かりだ。
こういったところも可愛いんだよな。
しかし尻尾の動きは突然止まる。
そしてこんなことを聞いてきた。
「ならばもし私に子が出来て、その子が私と同じ体であったら……。ライト殿はその子を愛せますか?」
それか。自分の特徴が遺伝した時の心配をしているんだ。
この世界ではどうやら混血児は産まれないらしい。
例え人とエルフの間に子供が出来たとしても、より血の濃い方の種族として産まれてくる。
現に長女のミライはハーフエルフではなく、純粋にエルフとして産まれてきた。
リディアに似ればおっぱいが大きなエルフに育つかもしれんな。
今さらだがシャニ達はこの世界では醜女扱いされている。
俺にとっては絶世の美女なんだけどね。
しかし俺の子供は違う。この世界で産まれてきたからには、この世界の価値観で生きなければならない。
もしシャニとの間に子供が出来て、もしその子が女の子でシャニと同じ特徴を持っていたら。
その子は幸せになれるのだろうか?
「ははは……」
「何を笑っているのですか?」
いかん、つい笑ってしまった。
もちろんシャニの気持ちは分かる。
けどな……。
「それを言ったら何も始まらないさ。未来なんか誰も分からないんだから。それよりも産まれてくる子がどうすれば幸せになれるのか考えるのが親の仕事なんじゃないの? 不幸になる前提で子供を作るべきじゃないよ」
「…………」
シャニは俺の言葉を聞いて黙ってしまった。
でもこれが俺の気持ちでもある。
きっとシャニだけではなくアーニャもリリもそしてリディアだって同じ心配をしてるだろうな。
いかん、せっかくのデートなのに暗い雰囲気になってしまったな。
よし、ここは一つごはんでも食べて空気を変えるとしよう。
「シャニ、お腹空かないか?」
「はい、ペコペコです」
パンもたくさん買ってきたからね。
少し匂いは気になるがごはんにするとしようか。
地面に敷布を敷いてから買ってきたパンを並べる。
シャニは20個くらい買ってきたからな。
何気に良く食べる子なのだ。
「ライト殿、お湯を沸かしてもらえますか?」
「ん? いいよ」
シャニは竹で作った水筒を持ってきてくれたようだ。
さすがにヤカンは持ってきてないので、焚き火で焼いた石を水筒に入れるとお湯はすぐに沸く。
そしてシャニは水筒の中に茶葉……ではなく、なにやら黒い粉を入れる。
ん? こ、この香りは……?
ま、まさか見つかったのか!?
「シ、シャニ、これって……」
「はい。先日の探索で見つけた実を粉にしたものです。おそらくライト殿が良く飲みたいと言っていたコーヒーかと」
そう、粉を入れた瞬間から香ばしい香りが漂ってきたのだ。
サラリーマン時代は缶コーヒーだが最低でも一日に三本は飲んでいた。
実はカフェイン中毒なのである。
俺は恐る恐るシャニからコーヒーの入った水筒を受け取る。
よ、よし。まずはブラックで一口。
――ゴクッ
おぉ、この苦味、そしてほのかに舌の上に残る甘味。
この味を求めてたんだー!
「シャニ、でかした!」
「あわわ」
つい興奮してしまい、シャニを抱きしめてしまった。
リディア達はお茶が大好きで、村を作って初めて栽培したのもお茶なのだ。
俺は実はコーヒー派でね。もちろんお茶も好きだが。
コーヒー、もしくはそれに似た植物はないかと探索班に探すようお願いしていたんだ。
落ち着いたところでシャニは立ち上がり牛のもとに向かう。
そして竹製の水筒にお乳を絞り始めた。
彼女が戻ってきたところで……。
「ライト殿はコーヒーというのは苦い飲み物だと言っていました。苦味を抑えるには牛乳と砂糖が効果的だとも。私は甘い方が好きなので」
「なるほどね」
シャニが牧場をデート先に選んだのはカフェオレが飲みたかったからだそうだ。
絞りたてのミルクと砂糖を少しだけ入れ、シャニもカフェオレを一口。
「美味しいです……。初めての味ですが気に入りました」
「ははは、本当に美味しいコーヒーはブラックで飲むもんだけどね」
俺とシャニはコーヒーを楽しみつつ買ってきたパンを食べることにした。
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