第133話 決意 シャニの気持ち

 来人の自宅にて。

 リビングには来人、リディア。向かいのソファーには魔王セタとかつての部下である暗殺部隊の隊長シャニが座っている。


 そしてシャニはかつてない決意で来人に語りかけた。


「北です。ここに大きな魔力溜まりがあるのです。おそらくここから北に20㎞離れた場所に異形の巣があるはずです。作戦を実行する時が来ました。まずは私が北に向かい異形の巣を見つけてきます」


 これは以前から来人に伝えていたことだ。

 巣を見つけるためにシャニは単身で襲撃の後、巣に戻る異形達のあとを追う。

 これは危険は作戦であり、来人は了承したものの心の中では反対していた。


「シャニ……。急ぐ必要はないんじゃないか? とりあえずオリハルコンの壁があれば大規模襲撃スタンピードが来ても村を守れるんだし」


 来人はシャニを諭す。

 シャニは配偶者満足度が上がる度に強くなっていた。

 かつて暗殺部隊に所属していた時の何倍もだ。

 だがそれでも異形と真っ向から戦うのであれば怪我は避けられない。

 命がけの仕事になるのは間違いないことだ。


 しかし愛する来人の言葉でも……いや、来人のことを愛しているが故にシャニの決意は揺るがなかった。

 

「これは自分にしか出来ないことなのです。気配を小さくするには長い訓練が必要ですが、完全に消すにはさらに産まれ持った能力が必要です。察知されることなく異形のあとを追うのは自分にしか出来ないこと」


 シャニはいつものトーンで話すが、尻尾と耳は彼女の感情を表していた。

 恐怖を感じる仕草をしているのだ。

 百戦錬磨のシャニでさえ、国のためにその命を捨てる覚悟をした彼女でさえ、その危険な作戦を考えるだけでも怖じ気づいてしまう。


 しかしそれはやらないという理由にはならなかった。

 シャニは来人を愛している。自分が動くことで来人の、来人が作った村を、愛する姉妹を、そして来人の愛娘であるミライを救えるのだ。


 来人はシャニの性格を良く知っている。

 やると決めたら自分が止めても必ず実行するのがシャニなのだ。

 

「シャニ、前に言ったよな。死ぬ時は俺の腕の中でって。約束してくれ。必ず帰ってくるってさ。約束してくれないのならやっぱり許可は……」

「約束します」


 言葉を被せてくる。

 しかしシャニは嘘をついた。

 心の中ではこう思っていた。


(ライト殿、ごめんなさい。やはり約束は出来ません。これは命がけの任務なのですから)


 森の奥に入ってから異形の力は増している。

 セタは異形を白血球を参考に作ったと言った。

 人間の体に入ったバイ菌は白血球の働きによって攻撃され減少する。

 強い抗体を持つバイ菌の場合は数を増やし、宿主たる人体を守るべく活性化する。

 同様に独自の方法で民を守るために産まれた異形は異物たる来人達を殲滅すべく自己強化をしているのだ。

 

 異形とは本来人型であり、大きさも人と大差無い。 

 そのようにセタは異形を作った……はずだった。

 来人達が戦ってきた異形は様々なタイプがいる。

 一般的な人型、巨人型、大小様々な四つ足の獣型、さらには消える間際に毒を撒き散らすものもいる。

 ありとあらゆる手を使って来人達を潰しにかかっているのだ。


 これ以上は危険だ。このままでは異形はさらに進化してしまう。

 現に最強の壁たるオリハルコンの壁ですら前回の大規模襲撃スタンピードで破られているのだ。


 シャニはもう残された時間は後僅かだと感じている。


「明日は安息日です。その翌日に決行します」


 安息日の前後はラベレ村を襲う異形の数が一番少ない日なのだ。

 異形は月の満ち欠けでその数を増やす。

 満月なら狂暴さを増し、さらに力も増す。オリハルコンの壁を破壊する程に。

 しかし新月付近ではその逆なのだ。カタパルト砲や弓での遠距離攻撃だけで撃退出来てしまうのだ。


「明後日の襲撃ですが、まずは気配を殺して森に隠れます」


 彼女は戦闘においてはかつての王都で並ぶ者がいなかった。

 そのシャニが最も得意とするのは心頭滅却の術。

 気配を殺すことで常人ならばシャニがその場にいても感知出来なくなるほど存在を消すことが出来る。


「危なくないよな……?」

「もちろんです。こちらから攻撃しない限りは何人も私の存在に気付くことはありません」


 シャニは来人を安心させるためにまた嘘をついてしまう。


(でもライト殿には見破られたことがある。油断は出来ない)


 そう、シャニはラベレ村で保護された時に気配を殺して村の中を探ったことがある。

 しかしその際に来人に気付かれてしまったのだ。

 

 この世に完璧なものなどない。

 シャニは危険な任務をこなす中で何度も命の危機に晒されてきた。

 しかし彼女は今までほとんど全ての任務を遂行してきた。

 唯一失敗に終わったのは異形の殲滅作戦だ。


(多くの仲間を失った。仇を討つ)


 かつてシャニの下では1000人もの部下が働いていた。

 女性としては相手にされなかったが、それでも気を許した仲間達だったのだ。

 王都を異形から守るべく暗殺部隊は魔の森を進む。


 そして森を進むにつれ夜が来る。

 森の奥からやってくる異形達。

 シャニ達は必死に戦ったのだが……。


 次に目覚めた時、シャニはラベレ村の保護施設のベッドの上だった。

 そこで彼女は全てを失ったことを知る。


(全てを失った……。でも私は見つけた。守らなければならない人を。例え私が失敗してもライト殿さえいてくれれば次の作戦が立てられる。だから私は行かなくちゃ)


 シャニの決意は揺るがなかった。

 彼女は死を覚悟して一人魔の森を進むのだ。


「はぁ……。止めても無駄なんだよな?」

「はい」


 来人は妻の気持ちを変えられなかった。

 もうシャニは止められない。

 もちろん来人はシャニの決意が自分とリディア達、そして愛娘であるミライのためだと理解している。

 

 なので来人はこんな提案をした。


「シャニ、明日は安息日だ。一日君と過ごす。いいな?」

「はい」


 危険な任務を遂行しようとするシャニへの手向けだろうか? 

 要はデートの約束である。


 今まで安息日は家族で過ごしてきた。

 襲撃の心配のない貴重な24時間。

 愛する夫と、仲の良い姉妹達と楽しく過ごしてきたのだ。

 それを自分一人のために使ってくれるだって? 

 

 そう考えるとシャニの尻尾は……。 

 

 ――ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンブンッ!


「ははは、嬉しいのか?」

「いいえ」


 照れながら嘘をつくのであった。

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