第128話 お出かけ 其の二

「んきゃー! あぶー!」

「ミ、ミライ、そんなに暴れないで」


 リディアの抱っこ紐の中で愛娘であるミライがじたばたと手足を動かしている。

 初めて見る外の景色にテンションが上がってるんだろうなぁ。

 ここはラベレ村の水源である滝の湖の畔。

 まだ雪は溶けておらず湖の水も半分凍っている。

 空は雲一つ無い青空だ。

 青と白で構成された世界。これは綺麗だなぁ。ミライが暴れるのも無理はあるまい。


「うわぁ、綺麗だねー。でもさ、湖を見てるだけじゃすぐに飽きちゃうよね」


 むふふ、実はそう思ってだな。

 今日は釣竿を持ってきたのだ。

 湖は凍ってはいるが氷に穴を開け釣糸を垂らすのだ。

 日本では氷上ワカサギ釣りなんかが有名だな。

 むかし北海道のスターである俳優がローカル番組でワカサギ釣りの企画をしていた。サイコロを振って深夜バスに乗るあの番組だ。

 大爆笑しながら見つつ、俺もやってみたいなと思っていたんだ。

 そしてさらに今回は油も用意したぞ。

 もしワカサギが釣れたらテンプラにしようと思う。


「テンプラですか!? 大好きです!」

 

 リディアは揚げ物が好きだからな。

 食堂で食べる時は八割方揚げ物をオーダーする。

 カロリーが高いのにリディアは太らない。

 きっと栄養の多くが胸についているのだろう。

 よくブラがきつくなったってぼやいてたし。


「うーん、でも釣りですか。ミライちゃんが飽きちゃうかもしれませんね」


 とアーニャは渋い顔をする。

 そうだな。基本的には釣糸を垂らして待ってるだけだし。

 それよりもミライはお散歩とか雪遊びとかしたいかもしれないな。


「それじゃ交代でミライの面倒をみよう。まずは俺とアーニャだ。他のみんなは釣りを楽しんでくれ」

「はい! 大物を期待しててください!」

「リディアねえ、氷に開けた穴では大物は釣れません」


 とシャニに突っ込まれるリディア。

 凍って湖に開けた穴は直径10㎝くらいのものだからな。

 むしろテンプラにするんだからワカサギのような体の小さな魚を釣って欲しい。


 ともあれリディア、シャニ、リリの三人は氷に開けた穴に釣糸を垂らし始める。

 ミライはアーニャを母親の一人として認識しているのだろう。

 彼女に抱かれてご機嫌に笑う。


「ふふ、それじゃミライちゃんはどこに行きたいかな?」

「あぶー」


 まだ言葉は理解していないだろうが、ミライの視線は滝に向けられていた。

 よし、少し遠いけどあそこまで行くか。

 それに滝の裏には洞窟があり、かつてのリザードマンの家でもあった場所なのだ。


 俺とアーニャ、そしてミライの三人は滝の見学だ。

 時折アーニャは雪をちょっと取ってミライの手や頬に当てたりする。


「ほら、冷たいでしょー? これが雪なのよー」

「んきゃー」


 アーニャって子供の扱いが上手いよな。

 もとは貴族のお家のメイドさんだったんだ。

 奥様方の子供の面倒とかもみてたのかな?


「ふふ、そうなんです。アスモデウス様のご子息であるエレン様は三才まで私が育てたようなものですから」

「へぇー、納得だよ。アーニャってすごいよね。色んなことを知ってるし勉強熱心だしさ」


 本当にすごいと思う。医学、薬学の知識があるだけではなく家事一般を完璧にこなし、さらには子供の扱いも上手いときたもんだ。

 そして夜は俺のために娼婦と化す。

 男の夢を体現したかのような女性なのだ。

 

「ねぇアーニャさん?」

「はい?」


「手を繋ぎませんか?」

「うふふ、はい!」


 二人で手を繋いで滝に向かう。

 しばらくすると大量の水が流れ落ちる音が聞こえてきた。

 うわぁ、いつ見ても雄大だなぁ。

 飛び散る水しぶきが低い気温のせいで凍ってしまい、それがキラキラと太陽光に反射している。

 ダイヤモンドダストってやつだな。


「ほら、ミライちゃん。キラキラしてるねー」

「んきゃー!」


 ははは、ミライが喜んでるよ。

 他にも洞窟の中に入ったりしてお化け屋敷気分を味わったりと、ミライは終始ご機嫌であった。

 しかし興奮し過ぎたせいかミライはアーニャに抱かれながら眠ってしまう。


「あら、寝ちゃいましたね」

「だな。外は寒いからこのまま寝かせると風邪引いちゃうかもな。そうだ! いいことを思い付いた!」


 俺達は滝の洞窟を出てリディア達が釣りをしている湖の畔に戻る。

 三人は集中しているらしく俺達が戻ったことに気付いていないようだ。


「ライト様、いいことって何をするんですか?」

「まぁまぁ、ここは任せて」


 仕事に取り掛かる前にミライが寒くないように焚き火を起こす。

 木の壁で産み出した木材を壁を建てる際の摩擦熱で燃やしたものだ。

 最近村では火の魔法が使える者が増えたのでめっきり出番はなくなったが、やはり便利だな。


「わぁ、暖かいです。私も手伝いますか?」

「いや、アーニャはそのままミライを頼むよ。すぐに終わるからさ!」


 俺は一人雪原に立ち壁を発動する!


 ――ズシャッ!


 雪の中から壁が飛び出してくる。

 その後は雪をかき集めて壁を埋めていくのだ!

 まぁカマクラを作るんだけどね。

 壁があるならそのまま小屋を建てればいいのだが、やっぱりこういうのは気分の問題だ。

 雪があるのにカマクラを作らない理由は無いだろ!


 十数分もするとカマクラは完成する。

 

「雪でお家が出来ちゃいましたね。すごいです!」

「あれ? アーニャはカマクラを知らないの?」


 彼女が言うにはもともと王都付近はめったに雪は降らなかったらしい。

 なので大量の雪を必要とするカマクラは知らなかったそうだ。


 アーニャと一緒にカマクラに入る。

 うん、やっぱり中は風も入ってこないし、結構暖かい。

 中で焚き火をしても煙たくないよう天井には穴を開けている。

 

 鞄の中から敷布を出してから……。

 

「もうミライを降ろしても大丈夫だろ。それじゃそろそろ交代しようか。アーニャも釣りを楽しんでおいで」

「え? ライト様はどうするんですか?」


 俺はお留守番をしていようと思う。

 前回の釣り大会ではボウズで終わったしね。


「ふふ、そういえばそうでした。ライト様は釣りが下手ッピですもんね」

「こら、夫をからかうんじゃないよ。ははは、アーニャも言うようになったな。なら俺の代わりにたくさん釣ってきてくれよ!」


「はい!」


 アーニャは笑顔でリディア達のもとに向かう。

 俺は彼女達が楽しそうに釣りをする風景を見ていることにした。


 

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