第122話 どちらが大切? 其の二
リディアが破水した。もうすぐ赤ん坊が産まれてしまう。
俺は医学知識を持つアーニャを探していたのだが、そこでリリに出会った。
「リリ! すまんがアーニャを探してきてくれ! もうすぐ産まれそうなんだ!」
「いぃ!? 本当に!? で、でもタイミング悪いよね。もうすぐ
彼女の言葉を聞いて思い出す。
そ、そうだ。今日は年に二回の
と、とにかく今はアーニャを見つけないと!
「それは後で考える! アーニャを見つけたらすぐに家に戻るように伝えてくれ!」
「うん! 分かったよ! 確か今は服飾工房にいると思うよ! ついでにシャニ
リリは急ぎ服飾工房に向かっていった。
頼むぞリリ。ここは彼女に任せて大丈夫だろう。
俺は一旦自宅に戻るのとにした。
自宅に戻るとリビングにはセタがコタツに座っていた。
「戻ったか」
「あぁ、リディアは?」
セタが言うにはリディアは今自室にいるらしい。
デュパの奥さんのウルキが面倒を見てくれている。
様子を見に行ってもいいだろうか?
「もちろん行ってやれ。出産前は気持ちが沈むからな。不安なのだよ。だがその前に聞いておく。お前は今夜はどうするのだ?」
正直迷っている。愛する妻が産みの苦しみを味わっているんだ。側にいてあげたい。
だがこれから異形が俺達を襲いにくる。
俺は一応村長だ。みんなを導く立場にある。
なのに出産とはいえ、村の一大事に俺が動かないのはどうかと思う。
今はオリハルコンの壁で囲まれてはいるが決して無敵ではないのだ。
最悪壁が破られる可能性もあるし、現に前回の
「分からない……。俺はどうすればいい?」
「意外と情けないのだな。とにかく今はリディアに会いにいってやれ。私はお前がどの決断をしようともそれを尊重するぞ」
「ありがとう……」
セタに礼を言って二階に向かう。
するとリディアの部屋からは苦しそうな声が聞こえてくる。
『ううっ! 痛い! もう駄目ぇっ!』
『しっかりして! 赤ちゃんだって頑張ってるのよ!』
その声を聞いて俺は動けなくなった。
愛しい妻がこんなにも苦しんでいるのに俺は何もしてあげられない。
――ドタドタドタドタッ
ん? 階段を上がってくる者がいる。
アーニャだ。急いで来たんだろう。額には汗が浮かんでいた。
「リリから聞きました! 破水したんですね!?」
「あ、あぁ。アーニャは出産の手伝いは出来るのか?」
聞けばアーニャはメイドをしている時にご主人の奥さんの出産に立ち会ったこともあるらしい。
自身で赤ん坊を取り上げた経験もあるそうだ。
「そこまで経験豊富というわけではありません。でも医学書も読んで勉強もしましたし。多分大丈夫です!」
「そうか……。ならアーニャも行ってあげてくれ」
「はい! ライト様もご一緒に!」
「わわっ」
アーニャは俺の手を引いてリディアの部屋に向かう。
リディアは眉間に皺を寄せて苦しそうに息をしていた。
「清潔な布がたくさんいります! ウルキさん、それを用意して煮沸してきてください! 私はハサミを取ってきます!」
「クルルルッ! 分かりました!」
アーニャはテキパキと指示して自身も必要な道具を用意するため一度部屋を出る。
俺と痛みに苦しむリディアだけが残された。
「はぁはぁ……。ラ、ライトさん、こっちに……」
リディアは弱々しく手を伸ばす。
俺は彼女の手をしっかり握る。
「ふふ……。そんな顔しないでください……。もうすぐ赤ちゃんに会えるんですからパパは笑顔でいてあげなくちゃ……」
「そうだな……」
俺はリディアの手にキスをする。
彼女は痛みに耐えながらも少しだけ笑ってくれた。
そして次にこんなことを言ってきた。
「名前なんですが……。私も色々考えたんですがやっぱりライトさんが決めてください……」
「俺が?」
名前か。前にリディア達は自分に子供が出来たらどんな名前にするかで盛り上がってたんだ。
水を差しちゃ悪いと思ったので特に何も考えていなかった。
もちろん俺だって我が子には会いたいよ。
でもやはり愛する彼女達が決めた名前ならどんな名前でも愛せると思ったんだ。
「名前か。本当に俺が決めてもいいのか?」
「はい……。ふふ、次に赤ちゃんが出来たら私が名前を決めますから……」
彼女の言葉を聞いてふと、とある名前が思い浮かんだ。
「ミライ。これでどうだ?」
「ミライ……? ミライって未来のことですか?」
そう、未来だ。
俺達が偶然に出会い、そしてこの子が産まれる。
我が子には輝かしい未来を歩んでもらいたい。
異形がいない、そして誰もが笑顔で平和に暮らせる未来への道をな。
「ふふ、すごく可愛い名前ですね……」
「だろ? それに男でも女でも使える名前だ。この子は人とエルフ、どっちで産まれてくるんだろうな」
他種族同士の子だが、特に種族が混ざって産まれてくることはないらしい。
つまり人とエルフの子はハーフエルフとかにはならないそうだ。
より血の濃い種族の子として赤ん坊は産まれてくる。
「ライトさんとの子ならどちらでも大丈夫ですよ……」
「だな。俺も同じ気持ちだよ」
俺はリディアの唇に軽くキスをする。
気持ちは決まった。もう迷わない。
俺の決意を察したのかリディアは……。
「行くんですね……」
「あぁ。立ち会えなくてごめんな。だが産まれてくるミライのためにも俺は戦わないと。リディア、ごめんな」
――バタンッ
振り返ることなく部屋を出る。
出産というのは命の危険もある。
医学の発達している日本ですら命を落とす母親、そして赤ん坊もいるらしい。
ましてやここは異世界だ。それなりに医学は発達しているようだが、危険なことには変わらない。
それでも俺は行かなくちゃ。
「ライト様? どちらに行かれるのですか?」
ちょうどアーニャが戻ってきた。
リディアのことは彼女にお願いしよう。
「すまん。俺は異形の相手をしてくる。悪いがアーニャは今夜はリディアの面倒を診てあげてくれ」
「そ、そんな。初産なんですよ。リディアさんだって不安に思ってるはずです。それに壁だって前より頑丈になりました。ライト様がいなくても私達が……」
「その壁が破られたら誰が直すんだ? 何万もの異形が村に雪崩れ込んでくることになる。俺達は強くなったが、それは壁ありきの強さだ。まともに馬鹿みたいな数の化物を相手に出来る程俺達は強くない」
「そ、それは……」
アーニャは言葉に詰まってしまった。
ごめんな、こんなことを言って。
今日がいつも通りの襲撃なら村民達に任せても大丈夫だろう。
だが今夜は違うんだ。俺が行かなければならない。
村民と。
愛する妻達と。
そしてもうすぐ産まれてくる我が子のために。
「ここは頼んだ……」
「はい……」
俺はアーニャを残し一階に。
セタが俺のことを待っていた。
彼女は俺の顔を見てから……。
「腹を決めた顔だな」
「あぁ。すまんが一緒に戦ってもらうぞ。お得意の魔法をお見舞いしてやってくれ」
「承知! ふふ、これでもかつては魔族随一と言われていたのだ。歳は取ったがまだ錆び付いてはおらんぞ!」
「でも異形はあんたが産み出したんだよな? 責任取って全滅させるまで頑張ってくれてもいいんだぞ?」
「ぐっ!? そ、それを言われると……」
「ははは、冗談だよ。それじゃ行こうか」
セタと俺は自宅を出る。
そしていつもの広場には多くの村民が集まっていた。
よっしゃ。それじゃ気合いの入った言葉でもかけてやるか!
「これから
「「「おー!!!!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます