第121話 どちらが大切? 其の一

「うむむ……」


 魔王セタは唸っている。コタツに入りながら。

 コタツの上には真っ白な紙とペン。そしてミカンとココアが乗っている。

 彼女はラベレ村の法整備をすることを約束してくれたのだが、どうやら考えがまとまらないらしい。

 セタも村民のために頑張ってくれている。

 邪魔はしないであげたいのだが……。


「あのさ、なんで朝から晩まで俺の家で作業してるわけ?」


 そう、ここは俺の自宅のリビングなのだ。

 セタには彼女の家を用意したのだが、基本的に寝る時以外は俺の家に入り浸っている。


「仕方ないであろう。ここが一番集中出来るのだ」

「……と申されましても。俺のプライベートの邪魔はしないでくれよ。それにあんた仕事してないじゃないか」


 法を作ることは大変な仕事なのは分かるよ。

 でも二週間以上何も進まず、ただ俺の家で唸るばかりの生活が続いているのだ。


 ――バタッ


 なんかセタはコタツに入ったまま寝っ転がる。


「駄目だ! 何も浮かばん! リディア! 茶を用意してくれ!」

「は、はい!」

「俺のかみさんを家政婦に使うんじゃないよ」


 仕方ないので俺がお茶を淹れることに。

 ついでに何故仕事が進んでいないのか聞いてみることにした。


「いいか。法というものはだな、秩序を守り、民が心安らかに暮らせるために作るものなのだ。だからこそ法は力を発揮する。だがラベレ村の村民は異形が現れる以外に何の不満も持っていない。政治に携わる者にとっては理想郷と呼べる村なのだ」

「つまりどういうこと?」


「この村には法が必要無いということだ」

「マジかよ。で、でもさ、例えばだけどルールとかは必要になるわけじゃん。お酒は二十歳になってからとかさ。小さいことかもしれないけど法律は作っておいてくれよ」


 結局俺も一緒に考えることになった。

 でも結局出来上がったのはお酒のルール、結婚する時の年齢、教育の義務、防衛の義務、最低限の生活保障などだ。

 これだけでもかなり考えた。しかしセタが言う通り、法とは民が幸せに暮らすために必要なものであり既存の法律は今のラベレ村では特に必要無いものだった。

 ちなみに金銭の流通も今は止めておくことに。


「聞けばお前は金剛石すら自由に作れるらしいではないか。ならばきんも作れるのだろう? そんなお前がいるうちは貨幣価値が安定せんよ。金が必要になるには他国と商売をする時だな」


 なるほどねぇ。セタの話を聞いて納得してしまった。

 まぁこれからも法律が必要になる時だってくるはずさ。

 その時は新しい法律を作ればいい。


「ふぅ、とりあえずこんなものであろう。そういえばライトよ。今夜は大規模襲撃スタンピードがあるのだろう?」


 とセタは言う。オリハルコンの壁のおかげで異形の襲撃には充分耐えられるようになった。

 だが前回のスタンピードは長雨の後だったので地盤が弱くなり苦戦を強いられることに。

 そして今回は雪の中での大規模襲撃だ。不安はあるがやることはいつも通りだな。


「私も戦うぞ。これでも魔法には自信があるからな」


 だろうね。セタには出会った時、彼女は俺に向けて魔法をぶっ放した。

 石を全力で受けたみたいな衝撃を感じ、めっちゃ痛かったのを覚えている。


「それにしてもお前は本当に何者なのだ。私の全力を受けても全く効いておらんかった。殺すつもりで魔法を放ったというのに」

「やっぱり殺す気だったのね」


 物騒な王様だこと。まぁセタは元々は貴族とかではなく魔族の戦士だったらしいからな。

 歳は取っても血の気は引いていないのだろう。


「ふぅ……。一通り終わったな。私は疲れたので一度帰って昼寝でもするよ」

「お見送りしますね」


「ははは、結構だよ。身重なのだから静かにしていなさい」


 とセタはリディアを気遣ってくれる。

 おばあちゃんと義理の娘みたいな雰囲気だな。

 

「…………」


 ん? セタが俺を睨んでいる。

 失礼なことを思っているのがバレたのだろうか?


「ライトよ。すぐに産婆を呼んでこい」

「え? どういうこと……」


 ――パタッ……


 あれ? リディアのスカートから滴が落ちる。

 こ、これはもしかして……。


「うっ……!?」


 リディアはお腹を押さえて苦しそうな声を出す。

 そしてその場でしゃがみこんでしまった。


 ――パタタッ


 さらにスカートは濡れ、染みのように色を変えた。

 

「破水だ。もうすぐ産まれるぞ」

「マ、マジかよ!?」


 ヤバい! こういう時はどうすればいいんだっけ!? お湯を沸かすんだっけか!?


「落ち着け。ここは女に任せておくのだ。お前はとにかく産婆か医療の知識がある者を呼んでこい」

「わ、分かった! リディアを頼む!」


 俺は自宅を飛び出す! 産婆か医療の知識がある人って誰だ!?

 そうだ! デュパの奥さんがいたな! あの夫婦は10人くらい子供がいたはずだ。

 出産を経験しているのだからリディアを助けられるはず!


 急ぎデュパの家に向かう。 

 彼らは朝食の時間だったようで、一家揃ってごはんを食べているところだった。

 

「グルル、どうした? そんな焦った顔をして」

「す、すまん! 奥さんを借りたい! もうすぐ産まれそうなんだ!」


「グルルル! 本当か!? しかしあまり力にはなれんぞ」


 とデュパは言う。

 助けにならないだと? これだけの子供達を産んできたのにか?


「しょうがないだろ。私達は卵で産まれるのだ。妻は卵を産んでからそれを暖める。そして殻を破り我らは産まれるのだ」


 そうだったー! デュパはリザードマン、哺乳類とは違う生態の持ち主だ。

 ってことはアーニャも卵で産まれたのだろうか?

 違う! そうじゃないだろ!


「と、とにかく来てくれ! 卵でも赤ん坊でも似たようなもんだ!」

「クルル、あなた、行ってきますね。何かしら力になれると思いますから」

「あぁ、リディアを頼むぞ」


 デュパに礼を言って奥さんを借りることに。

 彼女には先に自宅に向かうようお願いしておいた。

 他に医学の知識があるのは……。


 そうだ! アーニャがいた!

 彼女はメイドの嗜みとして簡単な医学知識と薬の知識があるはずだ。

 今アーニャはどこにいるのだろうか?


「あー。ライトじゃーん。何してるの?」

 

 ん? この声は……。

 振り向くとリリがいた。

 彼女にも協力してもらおう!


「リリ! すまんがアーニャを探してきてくれ! もうすぐ産まれそうなんだ!」

「いぃ!? 本当に!? で、でもタイミング悪いよね。もうすぐ大規模襲撃スタンピードが始まるんだよね……」


 やば……。そうだった。

 年に二回の大規模襲撃、そして妻の出産。

 この場合、俺はどちらを優先するべきなのだろうか……。

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