第120話 見学会

 リディア達は黙って俺の言葉を聞いている。

 今セタにラベレ村を任せるという俺の気持ちを伝えたところだ。

 今はいい。俺が自由に壁を建てることで異形と戦うことが出来る。

 だが俺が生きている間に異形を倒せなかったら?

 俺が面倒見切れない程村民が増えたら?

 

 もうすぐ個人の力では運営出来なくなるだろう。

 ならかつて国家を運営していたセタに全てを任せるようにしておくべきだと思ったんだ。

 彼女は魔族であり、人より遥かに長い寿命を持つはずだ。

 なら今のうちにラベレ村の権利を譲渡しておくべきだ。


「ライトは本当にそれでいいの? こんなに発展した村は大陸のどこにもなかったよ」

「リリは納得していないみたいだな。正直俺は村長なんて立場はどうでもいい。それよりも村民……助けたみんなが平和に暮らせるならより良い統治者が村を運営するべきなんだよ」


 人が増えれば法律だって必要になる。

 自由に商売をするようになったら金も必要になる。

 ずぶの素人の俺が下手に法律を作ったり、金を流通させれば、かえって混乱を招くことになるかもしれん。


 より良い未来のためにも俺は身を引こうと思っている。


「私はライトさんの意見は理解出来ました。でもリリと気持ちは同じです。ここは私達が頑張って作り上げてきた村ですから」

「そうだね。いきなりは納得してもらおうとは思ってないさ。それにまだまだ異形との戦いは続くからな。それまでは俺が先頭に立って戦うさ。しばらくは村長を辞めるつもりはないよ」


 ――カチャッ……


 風呂場からセタが出てきた。

 彼女は中年と呼ばれる容姿はしているが、気品がある。

 美魔女って感じだな。

 汚れもすっかり落とし、用意した服に着替えてある。

 さっぱり出来たようだが、表情は真剣なものだった。


「すまん。聞いてしまった」

「あぁ、特に隠すつもりはないからな。あんたは俺の意見を聞いてどう思った?」


 もちろんこの話はセタが受け入れてくれて成立するものだ。

 だが俺は彼女は断らないと思った。

 彼女は権力を欲するような王ではない。だからこそ数千年も平和に国を統治してこれたんだ。


「ふふふ、ようやく気楽な隠居生活が出来ると思ったのだがな」

「ってことは受けてくれるっことか?」


「一応な。だがまだだ。今はライトが村長を続けるべきだ。民の気持ちを最優先に考えるのだ。いきなり私が王に復帰しても村民達は納得すまい。今一番良い方法は権力を分けること。司法、行政は私が担当しよう。お前はそういうのは苦手であろう?」


 三権分立みたいな感じかな?

 

「なら俺の役目は?」

「今まで通りさ。防衛、生産に注力すれば良い。私は民が安心して暮らせるよう法整備などに取りかかろう。だが私一人では手に余る。部下として何人か付けてくれると助かる」


「分かった。でも少し時間をもらうぞ」

「あぁ。全く、私はいつまで経っても休めんな。よし、それは後にしよう。法を作るにも村がどんなものか見てみないことには始まらんからな」


 そうだった。セタは村を見てみたいと言ってたからな。

 リディア達を残し、俺はセタと一緒に自宅を出る。

 まずはどこから案内すれば良いだろう。

 とりあえず居住区からだな。


 自宅を出たところでセタは辺りを見渡している。


「かなり広いな。王都程ではないが家屋の造りは王都のもの以上だ」


 今の村民はアパートのような住居で暮らしている。

 一人暮らし用と家族用に分けているが、基本的に一棟に三十人は住めるような広さにしている。


「しかし寒いな。お前の家は暖かったが暖炉は無かったな……」


 冬だしねぇ。ラベレ村はすっかり雪に包まれている。

 だが家の中は快適そのものだ。

 各家庭に温水暖炉システムを入れてあるからな。

 セタを貯水槽に案内し、温水暖炉の説明をしてあげた。


「なるほど……。お湯を循環させて家を暖めるのか」

「あぁ。それじゃ次に行こうか」


 居住区にはすでに畑、牧場は無く、その分空いた土地は住居に充てている。

 あるのは数百人が利用出来る大食堂、作物を保管する倉庫、娯楽施設として大浴場なんかがあるな。


 セタは各施設を見て目を丸くしていた。


「こ、ここまでとは思わなかった。王都より住みやすそうではないか」

「ははは、光栄です。魔王様」


 なんて冗談を交えつつ次の施設に向かう。

 俺はセタをポータルの前に案内した。


「これは一体……」

「うーん、説明するより試した方が早いな」


 セタと共にポータルを潜る。

 すると一瞬で視界には居住区とは違う景色が広かった。


「し、瞬間移動だと!? ライトよ、お前は一体何者なのだ!? 大魔術師なのか!?」

「いいえ、ただのサラリーマンです」


 これも壁の派生効果らしいけどね。

 セタだって異邦人と一緒に行動してたんだろ?

 ヨーゼフだっけ? 同じようなことが出来たんじゃないの?


「い、いや、ヨーゼフも異邦人としての力は持っていたが、ここまでの力は持ち合わせていなかったぞ。で、ここはなんなのだ?」


 ここは農地専用の村だ。

 敷地には温室が立ち並ぶ。

 その一つに入ってみると中では村民達が収穫作業に勤しんでいた。


「す、すごい。冬だというのに暖かいだけではなく作物が育っている……」

「あぁ。基本は温水暖房を使ってるからな」


 要はビニールハウスと同じものなのだ。

 そして俺の力である敷地内成長促進により作物はスクスクと育っていく。

 その後も養殖場、牧場と案内して見学会は終了となる。

 自宅に戻る前にセタはこんなことを言った。


「私は自信が無くなったよ。数千年かけて王都を発展させていったのに、お前は一年もしない間にここを作り上げたのだな」


 うーん、でもチートを使っての結果だしなぁ。


「まぁ、これ以上発展させていくにはあんたの力が必要だ。もう王様は辞めるなんて言わないでくれよ?」

「ははは、分かっているさ。任せておけ! これ以上に栄えさせてやるさ!」


 ――スッ


 セタは俺の前に手を差し出す。

 握手だろうな。

 俺は彼女の手をしっかり握る。


「異形との戦いは続く。そして北の大陸にはここを狙うヨーゼフがいるはずだ。まだまだ安心は出来んぞ」

「あぁ。もちろんさ。なら戦うだけさ。俺達の明るい未来のためにな」


 セタの手を離す。

 彼女のために居住区の一角を用意した。

 

「家具の類いは全部用意してある。何か困ったことがあったら言ってくれ」

「何から何まで助かる。今日はそろそろ休ませてもらおう。そうだ、お前は一つ勘違いしているからな。それだけ伝えておこう」


 ん? 勘違いだって?


「恐らくお前は人としての寿命を超えた存在だ。異邦人というのは簡単には死なん。現に王都が滅びるまでヨーゼフは生きていたからな」

「ってことは俺も長生きするってこと?」


「そういうことさ。それではな」


 セタは家に帰っていった。

 ちょっと嬉しいニュースだ。

 彼女の話では数百年から数千年単位で生きられるってことだろ?

 リディア達と一緒にいられる時間が増えるということだ。

 彼女達をおいて逝くのはかわいそうだと思ってたんだ。

 

 俺は足取り軽く自宅に向かうのだった。



◇◆◇


☆次の大規模襲撃スタンピードまで残り21日。


☆総配偶者満足度:3,664,140/10,000,000


☆総村民満足:7,261,521/100,000,000

・総村民数:3270人


☆現在のラベレ村

・各敷地はオリハルコンの壁で囲み、ポータルでの移動が可能となっている。

・居住区:500,000㎡

・農地:500,000㎡

・養殖場:500,000㎡

・牧草地:500,000㎡

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