第119話 来人の想い
――カチャカチャ
リディア達が手を震わせながらコタツの上に料理を並べていく。
緊張してるなぁ。仕方ないか。これから魔王様とごはんを食べるんだからな。
セタはテーブルに並ぶ数々の料理を見て興味深そうに質問している。
「アーニャといったな? この皿に載っているのは何という料理なのだ?」
「お、おでんです」
その様子を見てリディアがこっそりと耳打ちしてきた。
「ライトさん……! なんでまたセタ様をごはんに誘ったんですか……!?」
「まぁいいじゃないの。魔王様だってお腹が空いてるんだからさ」
全ての料理が並んだところで食事の開始だ。
今日の昼食はホカホカのごはんに味噌汁、キムチ。メインのおかずはおでんと
セタは箸が使えないようなのでフォークとスプーンを用意しておいた。
「美味しそうだな。しかし今は冬なのによくここまでの食材を用意出来たな。保存状態もいい。腕利きの魔術師がいるのか?」
リディア達エルフは精霊魔法で食材の腐敗を遅らせることが出来る。
もちろんラベレ村で採れた食材も保存のために魔法はかけている。
でもそれは全部採れたてのものなんだよな。
「いや、昨日採れたものだよ」
「ほ、本当なのか? しかしこの寒いのに野菜を育てることなど……」
「ははは、それは後で説明するよ。とりあえず今は食べようか」
「う、うむ。そうだな。ではありがたく頂戴しよう」
「セタ様、お取りしましょう」
シャニはセタの小皿におでんを乗せる。
チクワに牛スジ、大根にコンニャクだ。
「こ、これはどのような料理なのだ? ずいぶんと長く柔らかいな。そしてこれはゼリーか?」
「チクワとコンニャクだよ」
コンニャクは俺の壁から作ったものなので説明は省略しておく。
チクワは魚が原料だ。練りものってやつだな。
「チクワは湖で採れたものを加工してるんだ。カラシを付けて食べると美味いぞ」
「ど、どれ。試してみるか」
セタはたっぷりとカラシを付けてチクワを口に運ぶ。
あっ、付け過ぎだな。多分むせるぞ。
「うっ!? 鼻にくるっ! ご、ごほんっ! だ、だが美味い。初めて食べる味だ。これは酒が欲しくなるな」
「うーん、まだ昼だしなぁ。でもいいか。魔王様と食事をするなんてそうそう無いことだしな。みんなも飲む?」
「「「飲むー!」」」
なんか一気に緊張感が解れたな。
しかし家に置いてある酒はガルヴァドスだけなので一杯だけとしておいた。
酔われても困るのでお湯割りにしておくかな。
セタはグラスを持って酒を一口。
「これは美味い! 城でもここまで美味い酒は出てこなかったぞ!」
「ははは、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
やっぱりみんなでごはんを食べるのは楽しいな。
セタはすっかりリディア達と打ち解けているようだった。
「かなり大きいな。もうすぐ産まれるのか?」
「はい! 後一月もすれば!」
「そうか。良い子を産むのだぞ」
「うふふ。もちろんです。そういえばセタ様は結婚なさらないんですか? 王都ではずっとお一人でしたよね?」
「うーむ、男はもうこりごりだからな。引退したら考えるとしよう」
過去に痛い目にでもあったのだろうか。
そういえばセタは初めから王族ってわけじゃなかったみたいだし。
もう少し仲良くなったら聞いてみるか。
なんて会話をしつつ楽しい食事を終える。
最後に出されたお茶を飲みながらセタはこんなことを言ってきた。
「ふぅ、満腹だ。ライトよ、先ほどはすまなかったな。どうやらお前は良い人間らしい。妻達を見ていれば分かるよ」
「ははは、誤解が解けたみたいだね。嬉しいよ」
「そこで一つお願いがある。お前の村の様子を見てみたい。案内してくれんか?」
「いいよ。夜までは時間もあるしね。でもさ、せっかくだし風呂に入ってきてくれないか?」
「風呂だと? むむ、確かにその通りだな」
セタは目覚めたばかりで体は汚れたままなのだ。
服も異形に囚われていた期間、ずっと同じものを着ている。
「セタ様、お風呂は沸いております。こちらへ」
「すまん、アーニャ。そういえば君には見覚えがあるな。アスモデウスの家に勤めていなかったか?」
「はい! 覚えてくれていたんですね!」
「ははは、出来たメイドだと思っていたよ。今はライトに仕えているのだな」
一応アーニャも永久就職ということでは俺に仕えているというのだろうか。
アーニャの案内でセタは風呂に向かった。
「ちょっと緊張しましたけどセタ様ってあんな方だったんですね」
「あぁ。いい王様だよな」
王都はそれなりに問題はあったものの数千年栄えていたらしい。
一つの国がここまで続くということは、それだけセタの治世が良かったということだ。
だからこそ今のうちに言っておかなければならない。
セタがいないうちにリディア達に俺の考えていることを伝えることにした。
「みんな聞いてくれ」
「は、はい」
俺の雰囲気が変わったのを察したのか、リディア達も真剣な顔に変わる。
「村の規模も大きくなってきた。もう俺が村長として村を運営するのは限界が来ていると思うんだ」
今のところ村民達は平和に暮らしている。
それなりに安全で食うに困ることもない。
だがそれは健全な生き方なのだろうか?
俺は常に疑問に思ってきた。
「短期的に考えるならみんなで仲良く暮らしていければいいと思ってきた。だがラベレ村には金もない、法律もない、政治だってない。これ以上村が大きくなればそのうち俺の手に余る問題だっておきてくる」
「確かにそうかもしれません……。で、でも、それならライト様はどうしようと考えてるんですか?」
かつての王都を治めていた魔王セタが現れた。
俺の考えていることを実現するチャンスなのだ。
村民がより人として自立して生きるために。
そして産まれてくる子供の明るい未来のために。
「セタに村を統治してもらおうと思う」
「……そ、それってラベレ村をセタ様に渡すということですか?」
そういうことさ。
所詮俺は一介のサラリーマン。
政治、法律の知識など大して持ち合わせていない。
そりゃ平和な日本で暮らしてきたんだ。
それなりに村を運営することは出来る。
だがそれなりにであり、それなり以上には発展させることは出来ない。
「私は反対です。ラベレ村はライト殿が作り上げたもの。村民とてライト殿を民を導く者として認めています」
とシャニは言う。
きっとリディア達も同じ気持ちなんだろうな。
その気持ちは分かるよ。でも、それでも尚俺は村を手放さなければならない。
「あのさ、これ以上村が大きくならなければそれでもいいんだと思う。でも村民はこれからも増えるだろうし、村民の間で子供達だって産まれてくる。
それなんだよ。俺が寿命で死んだとする。その次は誰が村の面倒をみていくんだ? 俺の子供達か? その子は俺と同じ不思議な力を持っているのか? もし持っていなかったら? 俺が村長をやっていけるのも異形から身を守れる壁を自由に建てられるからだけなんだ。所詮俺は人間だ。後40年生きられるか分からない。俺が死んだ後は壁も崩されるかもしれない。なら今のうちにセタに村の権利を渡しておくべきなんだよ。彼女は長く平和を保ってきた。彼女にならラベレ村を任せられるはずだ」
俺の想いを伝える。
リディア達は黙って俺の言葉を聞いていた。
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