第118話 魔王の告白

 自宅のリビング。

 目の前にはコタツに足を入れ、出されたお茶を啜る魔王セタがいる。

 彼女は新しくラベレ村にやって来た遭難者ではあるが、まさかかつて王都を治めていた魔王セタだとは思わなかった。


 色々とトラブルはあったものの、今はこうして落ち着いて話が出来るように。

 そして俺は聞いた。彼女は王都のトップであり、異形に対する知識も他の者に比べて深いはずだと思ったからだ。

 だがセタの言葉は俺の想像を遥かに超えたものだった。


 彼女は言ったのだ。

 異形をと。


「詳しく聞かせてくれるか?」

「いいだろう……。これは私の罪なのだからな。民には聞かせられん。だがこれ以上罪を胸に秘めておくのは辛くてな。それにお前は異邦人。話を聞いてもらうにはちょうどいいか」


 セタは語りだした。

 自身が知る異形の秘密を。


「さて、どこから話せばいいのか……。時は私がエテメンアンキを建てた時に遡るか。かつてこの世界には魔王が君臨していた」

「あんたのお父さんか?」


 と俺が質問したらセタはケタケタと笑う。


「ははは、違うさ。魔族ではなく、人族だったがな。その者の名は魔王ハーン。お前と同じ異邦人だったよ。ハーンは暴虐の限りを尽くしてな。異界から呼び出した騎兵で我々を皆殺しにしようと暴れまわったのだ」


 ハーン……。しかも異邦人か。

 既に伝承の存在であり記録は残っていないそうだ。

 推測に過ぎないがモンゴル帝国の王様の一人が転移してきたのかもな。

 

 ハーンは世界を支配しようと暴れまわった。

 しかしそれを防ぐべくセタは魔族をまとめ立ち上がる。

 そればかりか、とある者を仲間にした。


「私は仲間を得た。とても強く聡明な男をな。名はヨーゼフという。彼も異邦人でな。共にハーンを倒すべく立ち上がってくれたのだ」

「へー、転移者同士が争ったんだな。で、あんたが勝ったってわけだ」


 セタがここにいるってことはハーンとの戦いに勝ったということだ。

 そしてセタは南の大陸を得て、そこに王都を建設したのだろう。


「概ねその通りだ。エテメンアンキは長く平和を保っていたよ。だがそこで問題が起きてな。ヨーゼフだ。かつて共に戦ってくれた奴が南の大陸を支配しようと画策していることが間者を通じて分かったのだ」

「え? で、でもさ、一緒に戦ってくれた仲間だったんだろ? なんでまた心変わりを……」


「いや、奴は初めから計画していたんだろうさ。ハーンを倒し、ヨーゼフは北の大陸をその手に納めた。奴はそこで力を蓄えていたのさ。この世界の全てを支配するための力をね。だが私だって黙って奴の支配を受け入れる程お人好しではない。だから産み出したのだよ。人族のみを敵とみなす従順な兵士をな」


 それが異形だっての? でもさ、それじゃ辻褄が合わないだろ。

 異形は人族どころか魔族やエルフだって襲ったんだろ? 

 現に人族以外が住む王都は異形によって壊滅したんだし。

 

「あぁ。それが私の罪でもあるのさ。異形とは我らが抱く人に対する憎しみ、恨み、恐怖を媒介にして産み出した闇の兵士だ。人がこの世界に生きている限りは無限に産まれ続けるように調整を施してある」

「つまり……。人間がいなくなるまで増え続けるってことか?」


 ――コクッ


 セタは黙って頷く。

 おいおい、道理で倒しても倒しても減らないわけだよ。

 しかし異形が敵対するのは人間のみなんだろ? 

 なんでまた異形はリディア達を襲うのか。


「違うよ。奴らは私達を助けようとしているのさ。奴らなりのやり方でね。お前は異邦人……地球という世界から来たのだよな?」

「あぁ。あんたは地球を知ってるんだな」


「そういうことだ。異形はお前達の世界の知識を元に作り出した。白血球という存在を元にな」


 白血球だって?

 確か体に入ってきたバイ菌とかをやっつける細胞だよな。

 それが異形とどう関わりがあるのか。

 そして何故セタは白血球という地球での知識を知っている?


「ははは、要は人族をバイ菌に見立てたのさ。異形は本能として人族を殺すよう制約をかけてある。さらに異形ってのは私達を守るように作ってあるのさ。私が白血球を知っているのはヨーゼフに教えてもらった。彼は医者だったらしい。奴が話してくれた知識をヒントに異形を産み出したのだ。でもその守り方が問題でね……」


 なるほどねぇ。なんとなく理解したよ。


 白血球は体内に入ってきたばい菌を殺す。ばい菌が強ければ強い程その数を増やし人体を守るのだ。

 つまり南の大陸とリディア達亜人は人体であり、人間がばい菌ってわけね。その考えを元に魔法で産み出した兵士ってことなんだ。


 だがセタが言う通り、その守り方が問題だったわけだ。亜人の命をとにかく守るため安全である森の奥に匿い、さらに匿った者を守るために思考を奪い延命してきた。確かにこれなら人間からは守れるかもしれんが。


 そして思い付いたことがもう一つ。これは白血病と同じだな。白血病ってのは白血球自身が何らかの異常により癌となり体内を内側から壊していく。

 その異常というのが……。

 

「呪いだな?」

「そういうことさ。異形は私達を殺さない。だが異形に囚われてしまえば意識を失い虫のように這いつくばって生きることになる。永遠にね。異形によって人からは命は救われるだろうがそれは死んでいるのも同然だ」


 ここまでは何とか理解したぞ。

 ならラベレ村を襲いに来る異形は本能として俺達を救おうとしているのだろうか?


「いや違う。奴らはお前達を殺しにきてるはずだ。呪いを強制的に解除したんだ。異形にとってお前達は排除すべき異物と認識しているのだろう」

「要はバイ菌ってことか?」


 バイ菌扱いかよ。全く失礼しちゃうぜ。

 まぁ、これで異形の正体が分かった。

 しかし分かったところで、どうせやることは変わらないんだよな。


「どうだ? これが私の罪なのだ。民を守ろうとして産み出した魔物が結果民を襲う。そればかりか彼らが住む場所まで奪ってしまったのだよ……。ライトよ、お前は私を恨むか?」


 うーん、難しい質問だな。 

 何と答えれば良いのだろうか。

 まぁ、ここは正直に言うことにするか。


「別に」

「別にって……。お前は何とも思わないのか?」


「そりゃ一つの大陸を壊滅に追い込んだのは罪なのかもしれないよ。でもさ、結果としてみんな生きてるじゃん。それにまだ異形以外に脅威は存在してるんだろ? だったら俺達が生きるためには戦うしかないだろ」

「……ははは。そんなことを言われるとは思わなかったよ。しかし既に王都は滅んだ。民は私を王とは思わないだろう。そんな私に何が出来るというのだ?」


 それについては考えていることがある。

 リディア達がどう思うかちょっと心配だけどな。


「少し休憩しようか。腹減ってないか?」

「休憩だと? そういえば……。ははは、ならばご馳走になるとしようか」


 すっかり話し込んでしまったな。

 俺もお腹が空いたのでごはんを食べてから話の続きをするとしようか。


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