第106話 結婚式

「んん……。ライトさん……」

「すー……。すー……」


 四人の寝息や寝言を聞いて目が覚める。

 まだ朝日は昇りつつある早い時間だ。

 彼女達を起こさぬよう、まずは風呂場に向かいいつものようにお湯を沸かす。


 湯が沸いたところで一人風呂に入り身を清める。


「結婚か……」


 思わず呟いてしまった。

 地球では誰かを幸せにすることなど出来ないと逃げ続けてきた俺だが、異世界に来て結婚まですることになるとは。

 しかもリディアに至っては俺の子まで宿してくれている。


 もう逃げ道はないってことだ。

 

「幸せにしてあげなくちゃな!」


 ――ザバーッ


 気合いを一発、そして風呂を出て寝室に向かう。

 折り重なるように眠る恋人達を起こす。


「ほら起きてくれ。まずは綺麗にしなくちゃな」

「うーん、まだ眠いよ……」

「リリ、そんなところを噛んではいけません……」


 とリリはシャニの胸に顔を埋めてしまう。

 一体どこを噛んでいるのか気になるところだ。

 しかし今は百合な光景を楽しんでいる場合ではないぞ!


「ほら起きろ! 今日は結婚式をするんだろ!」

「わわっ! そ、そうだったね! みんな起きて!」


 リリは裸のままリディア達を起こす。

 とりあえず全員風呂に行ってもらい身を清めてもらうことにした。

 だってさ、せっかくの結婚式なのにベトベトしてちゃ気分が台無しだしな。


 四人が風呂から出ると彼女達は自室に向かう。

 一応打ち合わせでは男女別で広場に集合だったかな。


「おーい、先に行ってるぞー」

『はーい、着替えてから行きますからー。楽しみにしててくださいねー』


 代表してアーニャの声が聞こえる。

 なら先に行ってようかね。


 一人自宅を出ると村民達は忙しそうに家の壁に花を飾ったり、浮かれた者が笛を吹いたり歌を歌ったりしている。

 お祭り騒ぎだな。いや、祭りでいいさ。

 月に一度の貴重な安息日なんだ。

 異形のことは忘れて馬鹿騒ぎするくらいがちょうどいいのさ。


 広場に着くと会場が設置されていて、森から摘んできた多くの花で飾られていた。

 

「グルルッ。来たか」

「おはよ、デュパ。今日はあんたも楽しんでくれよ」


「むしろ先に楽しませてもらっている。お前も飲むか?」


 とデュパは杯を差し出す。酒だな。

 ラベレ村では二つの酒が飲まれている。

 一つはアルコール度数の低いシードルに似た酒。

 もう一つはガルヴァドスに似た酒だ。

 

 デュパが飲んでいるのはガルヴァドスだな。

 朝からこんな強い酒を飲めるかよ。


「遠慮しとく。花婿が結婚式前にベロベロになっちゃ台無しになるだろ?」

「それはそれで面白そうだがな。ははは、しかし友として先に祝わせてくれ」


 デュパは杯ではなく別のものを差し出した。

 四つの首飾りだ。紐に通された多くの真珠、さらにトップには色のついた大きな真珠がついている。


「貝の養殖が成功したのは知っているだろう。その一つに真珠を産む貝があってな」

「へー、すごいな。でも色つきの真珠なんて初めて見たよ」


 トップには緑、紫、黄、ピンクの大粒の真珠。

 リディア達が好きな色だな。

 これはきっと喜ぶぞ。


「すまん、助かるよ」

「水くさいことを言うな。ライトよ、家族を大切にするのだぞ。では私はもう少し楽しませてもらう」


 デュパはそう言って酒樽が置いてある会場に消えていった。

 

「村長! εckrolよ!」

「おめでとさん!」


 といつもの世話焼きおばちゃんズが待機所に連れていってくれた。

 ここで結婚式が始まるのを待つのだと。

 特に進行とか考えてないけど、どうせ俺達を肴に酒を楽しむような結婚式だ。

 みんなが楽しんでくれればそれでいいさ。


 ――ワイワイ ガヤガヤ


 待機所の外からは村民達の楽しそうな声が聞こえる。

 俺達を祝福する声や酒が上手いだの結婚したいだのと様々な声だ。

 そして一際大きな声が聞こえてきた。


「「「Arrrrray! 花嫁の登lilithav!」」」


 ようやく来たか。

 俺はリディア達を出迎えるため待機所を出るが……。


「うふふ、似合ってますか?」

「恥ずかしいです。そんなに見ないで下さい」

「とうでしょう? 変ではないでしょうか?」

「えへへ、花嫁衣裳だよー」


 ドレスに身を包んだリディア達がいた。

 一応この世界にも花嫁衣裳はあるのだが、地球のそれより質素なものらしい。

 しかしリディアは緑色の鮮やかなドレス。足元がフワッとしてる。

 彼女の大きな胸を強調したドレス……っていうか、ちょっとピンク色の部分がすこーしだけ見えちゃってる。

 とてもエロいドレスだ。


 一方アーニャのドレスはピッチリしたものだ。

 体の線が綺麗に強調されている。

 彼女の足は蛇なのだが、人間なら腰の部分までスリットが入っている。

 とてもセクシーなドレスだ。


 シャニのドレスはまるで黄色い薔薇のようだ。

 胸元や腰に花のような飾りがついている。

 無表情が故に華麗さが引き立つ。

 でも尻尾は激しく揺れ動いていた。


 リリはどこのお姫様ですかと聞きたくなるような姿だ。

 幼い容姿ながら短い髪を結わえて精一杯大人っぽくしている。

 美しくも可愛い。可憐という言葉はリリのような女性に使う言葉なのだろう。


 みんな良く似合ってるよ。

 俺は彼女達と一緒に用意された雛壇の上に立つ。

 すると1000人を超える村民達から大きな歓声があがった。

 みんな俺達を祝福してくれてるんだな。


 そうだ、デュパから贈り物があったんだ。

 前もって用意したものじゃないけど、それは許してくれよな。

 本当は結婚指輪とかを用意しなくちゃいけないと思ったが冶金する技術は今のところないしね。

 だからこれで勘弁な。


「リディア、アーニャ、シャニ、リリ。これは俺達の結婚の証だと思って受け取ってくれ」

「わぁ、綺麗……」

「真珠ですか? でも珍しいですね。色付きだなんて」


 それぞれが俺の前に立つ。

 リディアの首に緑の真珠のネックレスを。

 アーニャの首に紫、シャニには黄色、そしてリリにはピンクの真珠のネックレスだ。

 

 さてと、今度は村民達に挨拶をしなくちゃな。

 ある程度言葉は通じるんだ。分からない部分は脳内補完してもらおう。


 視線を村民達に移す。まぁ特に言うことは決めてないが適当でいいだろ。


「あー、今さらなんだが今日は俺達の結婚式に集まってくれてありがとう。知っている者も多いだろうがリディアが俺の子を妊娠してな。ちょっと順番が違うかもしれんが俺達は夫婦になる。

 だが浮かれてばかりはいられない。やることは変わらないからだ。この世界には異形っていう化物が俺達を殺そうと襲ってくる。奴らを倒すことが俺達の唯一生き残る道だ。

 だからみんなにお願いしたい! これからも力を貸してくれ! 共に戦おう! この手で平和を勝ち取るんだ! 俺達のために! そしてこれから産まれてくる新しい命のために!」

「「「わー!!!!!」」」


 村民のテンションが一気に上がる!

 雄叫びを聞いて鳥肌が立っちゃったよ。

 

 ――ピコーンッ


【村民満足度が上限に達しました。成長ボーナスとして心の壁がアンロックされます】


 心の壁だって? 一体どんな壁なんだよ。

 まぁそれを調べるのは後だな。

 今はおおはしゃぎする村民達と結婚式を楽しまなくちゃな!

 

「今日は無礼講だ! 好きなだけ食え! 好きなだけ飲め!」

「うぉぉー! 村長最高!」

「一生あんたについてくぜ!」

「ついでに私も嫁にもらっておくれよ!」

「あたしなら丈夫な子を産むよー!」


 ははは、好き勝手なこと言ってら。

 でも俺の結婚式ならこれくらいがちょうどいいな。


 ん? そういえば……。

 村民達の言葉が分かるぞ?

 今までは訳の分からん単語が混じっていたが、完全に理解出来る。

 これが心の壁の効果なのか?


「ライトさん、どうしたんですか?」

「ん? なんでもないよ。そんなことよりみんなも楽しもう! まずは酒だな!」

「わーい! 今日はいっぱい飲むぞー!」

「いやリリは未成年だろ? お酒は二十歳になってからだ」

「ひどーい! これでも35歳だよ!」

「あはははは!」


 こうして俺達は夫婦となった。

 日本で独身を貫いてきた俺がねぇ。

 人生って分からないことだらけだな。


 なんてことを思いつつみんなと乾杯した。

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