第59話 シャニの気持ち☆
ラベレ村で目を覚ました犬人の女、シャニはあり得ない程の強者に囲まれていた。
右にはエルフ、左にはラミア、そして目の前には人族だ。
(世界は広い。私以上に強い者など存在していないと思っていたのに)
ここでシャニの生い立ちを説明しよう。
シャニはその特殊過ぎる容姿から産まれた直後に捨てられた。
そして拾われたのだ。かつての暗殺部隊を率いていた男。王都で最も強いと謳われたコボルト、サウザー・ハイランドに。
『亜種か。恨むのなら恨め。死んだ方がましだと思う程に鍛えてやる。だがお前が生きていくには力が必要だ』
『あぶー』
言葉も分からない赤子に話しかけるサウザー。
彼が捨て子や孤児を保護した理由は自分の部隊を強化するためだ。
同情の気持ちなど一切無かった。
幼い頃から地獄のような特訓に耐えたシャニは次第と頭角を表していく。
だが兄弟子、弟弟子からは獣とも人ともとれぬ奇異な姿に嫌悪感を抱いかれていた。
いじめには発展しなかったものの、自分が他の者とは違うことを知りシャニは一人涙を流したこともある。
そしてサウザーが老い、部隊を引退する時が来る。
最も強い者が後任として選ばれるのだ。
シャニは自分が強いことは自覚していたが、サウザーの後任に選ばれることはまず無いと思っていた。
地獄のような専攻試験を掻い潜った猛者達がサウザーの前に並ぶ。
そして彼はシャニの前で歩みを止めた。
『お前がこれからの部隊を率いるのだ。異論は許さん。これからは国のために生き、国のために死ね』
『はい』
感情を出すことを禁じられていたため、交わした言葉は一言だった。
しかしその心は喜びに満たされていた。
初めて認められた喜びで胸が張り裂けそうだった。
シャニは部隊長として数々の仕事をこなしてきた。
そのほとんどが汚れ仕事である。
国庫を横領する役人の始末。
敵国ではないが、商人に紛れ自国を調べにきた密偵の人間の暗殺。
部下に命じ、時には自分の手を血で汚しつつシャニは職務をこなしていった。
殺しても殺しても仕事は舞い込んでくる。
しかしシャニはそれを苦と思わなかった。
自分を長として認めてくれる部下がいたからだ。
暗殺部隊は様々な種族で構成されているが、犬人が多かった。
それは種族の特性によるものを考慮してのものだった。
犬人は自分より強い者に素直に従う性質がある。
だからこそ例え危険な任務でも上がやれと言えば喜んで遂行するのが犬人なのだ。
こんな半端な姿をしているのに、命令に従ってくれる部下がいる。
だからといってシャニは無理なことはなるべく部下にさせなかった。
これは自分を慕ってくれる者を死なせたくないという彼女なりの優しさからだ。
能力が足りないと思えば自分が出向き、犠牲は最小限に留めた。
そしていつしかシャニはサウザー以上の長として認められていった。
しかし転機が訪れる。異形の数が増えてきたのだと報告を受けた。
もちろんシャニも異形のことは知っている。
王都の南にある森からやってくる謎の化け物だ。
当初は厄介な隣人といった認識だったが、近年になりその数は激増。
とうとう王都の城壁すら破られる事態となった。
王都は襲われ続け、次第に国力は弱まっていく。
さらには北にある人族の国も戦争を仕掛けてくるという情報も入ってきた。
つまり王都は北と南の両方から挟み撃ちに会う状況だ。
打破するには少なくともどちらかを排除するしかない。
幸い北の大陸は遠い。例え人間が襲いかかってきても数年単位での時間は残されている。
ならば異形を排除せよと命令が下った。
シャニは無謀だと思いつつも命令に従わざるを得なかった。
そして部隊を率いて異形を殲滅すべく森に向かったのだが……。
その結果が今の状況に繋がる。
恐らく自分は破れ、何らかの理由で生き残ったのだと理解した。
(異形に襲われた者は命を落とすか自我を失うと聞く。私は後者だったか)
とシャニはリディア達に抱かれながら考えていた。
ふと目の前にいる来人という男がおかしな質問をしてくる。
自分の耳についてだ。
何でも側頭部に耳はあるのか、無いのかの質問だ。
『ぷっ』
思わず笑ってしまった。
感情を殺して生きてきた自分が笑うなど今まであっただろうか?
明らかに自分より強いこの男がこんな間抜けな質問をするなど想像にすらしていなかった。
だがそれが良かったのかもしれない。
来人の一言がシャニの凍りついた心を溶かし始めたのだ。
(不思議な人)
興味が湧いてしまったシャニだが、来人は彼女に気を遣い小屋を出ていった。
シャニは来人がどのような男なのかを知りたくなった。
サウザー以来初めて会った自分より強い男への興味が抑えられなかった。
(心頭滅却)
彼女が念じると一切の気配が消える。
これがシャニが暗殺部隊の長に選ばれた要因の一つ、隠密だ。
この力は自身の気配を消し、風景と同化することが出来る。
異形ですら彼女を見つけることは容易ではないだろう。
シャニは小屋を出て来人の後を追った。
そして自宅に戻った来人達を物陰から観察する。
三人はシャニのことを話しているようだ。
(私を警戒しているのかも)
だがその内容とは……。
『とある格闘家はな。ゴキブリの動きを真似て初速270キロのタックルをかましてだな』
『その父親は山のように大きい動物を体一つで倒してだな』
『究極の打撃はリラックスから産まれるんだ。良い筋肉ってのは柔らかいんだぞ。リディアのおっぱいみたいに』
『ライトさんのエッチ』
よく分からないが下らないことを話していた。
そしてどうやら自分が格闘家という素手で敵を倒す闘士のような職業に就いているのではないかと結論付けた。
その答えを聞いたシャニは……。
『ぷっ』
また笑ってしまう。
その後もシャニは来人達のことを見続けた。
そして夜が来て村民が一斉に広場に集まる。
その手には輝く穂先を持つ槍を持って。
『それじゃ配置についてくれー。みんな怪我しないようになー』
『はーい』
あまり緊張感が無いが、武器を持つということは戦いがあるのだろうか?
しかしそれはシャニの想像を超えるものだった。
異形が村を襲いにきたのだ。
だがリディアは輝く矢を放ち異形を撃ち抜いていく。
それだけではなくアーニャも槍の一撃で異形を貫く。
数が多くないとはいえ、あっという間に異形の襲撃を退けてしまった。
(な、なんなのこの村は……)
混乱しながらも、この村は間違いなく自分が率いていた暗殺部隊よりはるかに高い戦闘力を持っていることを理解した。
そして来人自身も自ら槍を振るっていた。
荒削りながらも、その鋭い一撃は自分でも避けられない。
初めて出会った自分より強い雄。シャニは本能的に来人に魅力を感じ始めていた。
異形を退けた村民は各々自宅に戻っていく。
来人も寝るのだろうか?
そのまま来人の観察を続けていたのだが……。
『……さぁん』
『……さまぁ』
三人は交わり始めたではないか。
(なっ!? 何をしてるの!?)
今日一番の驚きだった。
種族の垣根を超えた恋愛は存在する。
その知識はあった。
だが三人同時に愛し合うなど聞いたことが無い。
しかもリディア、アーニャは醜女のはず。
しかし来人はそんなことを歯牙にもかけないと言わんばかりに二人を求め続ける。
シャニは初めて見る光景に目が離せなかった。
そしてシャニは下腹部に沸き立つような感覚を覚える。
彼女は気を静めるためそれに握り、少し手を動かしたところで。
『ん……!?』
シャニは声を噛み殺し、膝をついてしまう。
(うぅ……。に、匂いを消さなくちゃ)
暗殺者として敵に匂いで気付かれることは避けねばならない。
シャニは一人風呂に向かう。
誰もいないことを確認して脱衣所に入り服を脱ぐ。
そして自分の下腹部を見ると、とあるものが天を突くようにそそりたっていた。
(おぞましい。こんなものがあるから私は……)
ここで説明しておこう。
彼女はれっきとした女性である。
しかしシャニはとある獣の特性を強く受け継いでしまったのだ。
ハイエナである。
厳密には地球のハイエナとは違うがかなり近い生態を持つ獣の特性を継いでしまったのだ。
ハイエナのメスは疑似陰茎という男性器に良く似た器官を持つ。
地球のハイエナとは違い疑似陰茎を用いた生殖行動は出来ないようだが、男性器に近い機能を持っている。
そしてシャニにも同じような器官が備わっている。
シャニは己の体を憎んでいた。
ただでさえ半端な姿で男性からは見向きもされず、さらにこんなおぞましいものまで股間についている。
暗殺部隊に所属する者は身分さえ隠していたら自由に恋愛や結婚は出来る。
他にも容姿の優れた者は対象と体の関係を持つことで情報を抜き出すことも出来る。
シャニはこの体故にその機会には恵まれなかったが。
そんな彼女だって一人の女である。
恋だって結婚だってしたいと心の中では思っていた。
(でもそんなの無理。こんな醜い私を愛してくれる男なんか……)
そう思いつつも先ほどの光景が頭から離れない。
来人は異種族で、さらに醜女と呼ばれる二人と愛し合っていたのだ。
思い出すだけで収まりつつあったものが……。
(もしかしたらライトならば……。わ、私は何を馬鹿なことを考えているのだろう)
そう思った瞬間だ!
――バンッ!
突然脱衣場の扉が開く!
突然のことにシャニは身を隠せなかった。
「きゃあっ!」
「シャニ!? ご、ごめん!」
まさかだった。
来人が入ってくるなど想像もしていなかった。
すっかり油断していたシャニは自分の体を来人の前に晒すことになった。
(見られた……。ふふ、目が覚めた。どうせ私なんかが期待しても無駄だしね……)
とシャニは勝手に諦めた。
違うぞシャニ。
諦める必要はない。
何故なら来人は例えアレが付いていたとしても、女の子であれば全然いけちゃう男だからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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