第57話 目覚め
――サワッ
(ん……。冷たい。ここはどこなんだろう?)
犬人の女は顔を濡れた布で拭かれた感触で目を覚ました。
目の前には年配の蛇人の女性がいる。
「あぁ、目覚めたんだね。良かったよ。あんたここに来てから二日も眠ったままでさ。このまま死んじまったらどうしようか困ってたんだ」
と蛇人の女性は豪快に笑う。
どうやら自分は意識を失って倒れてた……ということなのだろう。
女はベッドに横になったまま現状を把握する。
(腕は……二本ある。足も無事。指も全部揃ってる。なら問題無い)
犬人の女は五体が揃っているのを確認。
そしてベッドを出る。
「ちょっとあんた! まだ病み上がりなんだよ! おとなしくしてなくちゃ!」
「助けてくれたこと感謝します。しかしすぐに王宮……いえ、自宅に行かないと。父が心配していますので」
女は咄嗟に嘘をつく。自分は隠された存在。
今ある名前も経歴も全て作られたものだ。
どんな拷問を受けても口を割らないよう訓練されてきた。
そんな自分が一瞬だが自分の所属先を言いそうになったことを焦っていた。
(記憶の混濁? 危なかった。もし本当のことを言ったならこの人を殺さなくちゃいけないから)
知られるわけにはいかなかった。
ラミアは男女問わず強い力を持つ。
目の前の女性は素人だろうが必死に抵抗されればこちらも無傷ではすまないだろう。
だが犬人の女には関係なかった。
無手でラミアを殺す方法はいくらでもあるからだ。
それを犬人の女は知っている。
「あぁもう! 仕方ない子だね! とりあえず今はそこにいること! あんた腹減ってるだろ? なんか持ってきてやるよ」
ラミアの言葉を聞いて犬人の女は考える。
(敵意は無し。体調を取り戻すには栄養が必要。今は大人しくしているべき)
女はベッドに腰をかけた。
「はい。ではお言葉に甘えてもいいでしょうか?」
「ははは! 若いのに遠慮してんじゃないよ! ちょっと待ってな!」
と豪快に笑いながら小屋を出ていった。
一人残された女は考える。
ここはどこなのだろう? 少なくとも王都ではないことは起きた時に理解した。
しかし近くに村なんかあっただろうか?
彼女は王都……いや南の大陸の地理は全て把握している。
だがこの村は彼女の知識の中には無い。そして今いる小屋も見たことも無い素材で作られていた。
(不思議な素材。緑色で節が一定に。新しい知識。覚えておかなくちゃ)
何が役に立つかは分からない。
彼女は仕事柄、武器も持たずに戦わなくてはならないこともあるからだ。
事実竹は尖らせれば充分な殺傷能力がある。
不思議な素材を眺めていると小屋に誰か入ってくる気配がした。
先ほどの年配のラミア……ではなかった。
(森人? でもこの人は……!?)
リディアが小屋に入ってきた。
犬人の女は戦慄した。別にリディアのおっぱいが爆乳だからではないぞ。
リディアの持つ力を一瞬で見抜いたからだ。
「あら? 元気みたいね。食事を持ってきたの。お腹空いてるって聞いてね。ここに置くね」
リディアはテーブルの上に食事を置く。
小屋の中に美味しそうな匂いが立ち込めるが、犬人の女の食欲は一気に無くなった。
それどころではなかったからだ。
(力は私の方が上。でも総合力なら確実に私が負ける)
エルフは腕力こそないが、数少ない魔法の使い手だった。
近接戦闘では負けることはないが、魔法を交えた戦いならばリディアに軍配が上がる。
事実リディアは来人に出会ってから謎のパワーアップを遂げている。
配偶者満足度が上がる度に来人と共にステータスが上がっているのだ。
もはやエルフの中では……いや、他の種族を交えても最強に近い存在だった。
「リディアさん、お茶を忘れてましたよ」
「…………!?」
今度は若いラミアが入ってきた。
そして女はさらに戦慄する。
(こ、ここは一体どこなの? 武人の里? このラミアだけどエルフ以上の力を持ってる)
そう、アーニャのことだ。
アーニャもリディア同様に配偶者満足度の恩恵を受け、小さな異形なら尻尾の一撃で倒せるほど強くなった。
本人達には強くなった自覚はあまりないが。
明らかに自分より強い者を目の当たりにして生きた心地がしなかった。
死の恐怖すら克服した自分が震えていることに気付く。
「あれ? 寒いんですか?」
「そうかもね。ふふ、私もね、助かった時冷たかったんだって。でもね、ライトさんが抱きしめてくれて……」
「リディアさん、その話100回は聞きましたよ」
「そんなこと言わないでよー。アーニャだってライトさんを背中に乗せた時の話ばっかりするじゃない」
この二人は一体何を言っているのだろうか?
突然猥談を始めた。
犬人の女は理解している。
リディアが大きな胸を持つが故に醜女であることを。
そしてアーニャの動きを見て察した。わずかな重心の歪みから背中をかばっていると。何か傷か痣でもあると理解した。
ラミアは背中の美しさが美の基準。アーニャも醜女なのだろうと。
だが二人は楽しそうに恋人の話をしている。
不思議な光景だった。
「もうリディアさんったら。人前で話すことじゃありませんよ」
「あはは、そうだね。ごめんね、変なこと言っちゃって。あれ? 全然食べてないじゃない。冷めちゃうよ。食べてね」
「は、はい」
犬人の女は圧倒されつつ料理を食べ始める。
(敵意は無いけど、この力は脅威になるかもしれない。もしくは強い味方に。早く王宮に帰って報告しなくちゃ)
と考えつつ出された食事を食べ終えた。
「すごい食欲だね。お代わりは?」
「い、いえ結構です。では私は行かなければ。父が王都で……」
「そうか、まだ知らないんだね」
「王都はもう無いんです……」
(もう無い? 二人は何を言って……?)
突然女の記憶が戻ってくる。
彼女の思い出せる最後の記憶だ。
それは王宮にある隠された一室。
1000人を超える特殊な甲冑に身を包む兵士を前に犬人の女が立っていた。
『諸君。これから私達は異形殲滅に向けて魔の森に向かう。危険な任務だ。生きてここに戻れる者はほとんどいないだろう。だがそれは行かない理由にはならない! 我らは影! 我らが死んでも骨を拾う者などいないだろう! 王都を守るために全てを捨てた! 影として生き! 影として死ぬ! それが我等! 王都最強の暗殺部隊! 竜の毒牙の力を異形に見せつけてやるのだ!』
『おー!』
『シャニ隊長! やってやりましょう!』
兵士達を鼓舞する姿。
そう、彼女は決死隊だった。
異形に度々襲われ壊滅しかけた王都を救うべく異形に戦いを挑み、そして……。
ここでリディア達が言ったことと自分の記憶が繋がった。
そして理解した。自分は敗れたのだと。異形に負けたのだと。
――ポロッ
犬人の女は涙を流した。その姿を見たリディアとアーニャは彼女を抱きしめた。
「悔しいよね。悲しいよね。でもね、大丈夫だよ」
「そうですよ。ここにいれば安全です。それにまだ希望はあります。だって私達にはライト様がいますから」
「ライト……?」
二人の話で度々上がってきた名前だ。
一体どのような人物なのだろうか?
「おー、起きたんだって?」
男の声がする。
小屋の入り口を見た犬人の女は再び全身が震える。恐怖と怒りの両方でだ。
彼女が率いていた暗殺部隊。それは元々は対異形のためではなかった。
本来なら北の大陸に住む種族から王都を守るために設立された。
北に住む種族。それは男と同じ人族が住む大陸であった。
(落ち着かなくては。ここは人族が支配する土地なのかもしれない。今は現状を把握することが最優先事項。それにこの者の力……。私では絶対に勝てない)
来人の力は戦闘に特化したものではない。
だが村が大きくなる度に自身も強くなれる。
ある意味では彼の伸び代には限界が無いのだ。
自分が足元にも及ばないことを理解した。
隣で自分を抱きしめる女達よりも強いのだ。
自分の生死はこの三人が握っている。
そう思うと下手に抵抗することは愚策だと考えた。
男は女の前でしゃがみ視線を合わせる。
「あー。きっと話は通じないんだろうけど……。無事で良かったよ。俺は来人っていうんだ。よろしくな」
言葉が通じない? 一体何を言っているのだろうか?
「え? ど、どういうことですか? 普通の言葉を話してると思いますが……」
――バッ!
男は突然立ち上がり女の肩を掴む!
「き、君! 俺の言葉が分かるのか! 良かったー! 君で三人目だ! 君、名前は!?」
「え? シ、シャニです」
偽名ではあるが咄嗟に答えてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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