第14話 お肉が食べたい

「お肉が食べたいです!」


 とある朝。リディアはミンゴの実を齧りつつ叫ぶ。

 ん? エルフって菜食主義なんじゃないの?

 リディアに聞いてみたが、どうやらそれは偏見だったようだ。


「もう! そんなウサギみたいな食生活はしてませんから! 他の種族からも千回は言われましたよ!」

「ご、ごめん」


 どうやらこの世界の住人でもエルフに対する誤解があるようで、散々言われてきたそうだ。

 

「もう果物は飽きました……。ライトさん! 狩りに行きましょう!」

「狩りか。俺は初めてなんだが、大丈夫かな?」


 リディアは笑いながら弓を見せる。

 でもリディアって聖職者だったんだよな?

 弓の腕はいいようだが、そんな狩人みたいなことをしていたのだろうか?


「ふふ、聖職者の仕事っていうのは色々あるんですよ。恵まれない人に食事を振る舞うために、時々仲間で狩りに行ってたこともあるんです」


 リディアがいた教会にも国から予算が与えられてはいたが、あまり余裕は無かったそうで。

 炊き出しのため、そして自身のおかずを増やすために狩りをしてきたと。


 今の俺達はそれなりに安全な拠点があり、ある程度食糧も確保出来ている。しかも近くに川もあり水の心配もない。

 確かに俺も肉は食べたいしな。

 40になってから肉より野菜が好きにはなったがね。


「それじゃ狩りに行こうか。でも俺は弓は使えないからほとんどリディアに任せることになるけど……」

「はい! ライトさんは獲物を持ってくれればいいですよ。解体や血抜きも任せて下さい!」


 へー、そんなことまで出来るんだ。

 リディアって理知的な美人だけど、結構ワイルドなこともやれるんだな。


 俺達は二人で拠点を出て森に向かう。

 一応自作の槍を持っていくことにした。

 この槍は壁の一部を利用して作り出した。


 先日リディアが黒曜石を拾ってきたので、それをナイフとして使っている。

 棒の先に黒曜石をはめ、植物の蔓で固定したものだ。

 不恰好な槍ではあるが、手ぶらよりはマシだろう。


 

◇◆◇



 森に入って一時間程が経つ。

 鳥の声は聞こえるが、獣は姿は見ないなぁ。


「ライトさん……」

「ん? あぁ……」


 先頭を歩くリディアが振り向かずに俺を止める。

 どうやら見つけたみたいだな。

 茂みがガサガサと動いている。


 リディアは姿勢を低くしてゆっくりと茂みに近づいていく。

 弓を構え、矢をつがえる。


 そして……。


 ――ピュンッ


 矢は風を切るような音を立て放たれた。

 おぉ、カッコいいなぁ。様になっている。

 やはりエルフに弓はよく似合うね。


 リディアは矢を放った後、茂みを探り始める。


「やりました! ウサギです!」

「うわっ……」


 リディアは嬉しそうにウサギの耳を掴み俺に見せてくる。

 肉が取れたのが嬉しいんだろうけど、ウサギは脳天を射ぬかれて白目をむいている。

 傷口からはちょっと脳が出ているので、見た目はかなりグロい。


 肉といえば、スーパーで売っているもの。

 これが日本で生きてきた俺の常識だ。

 自分で狩りをしてそれをさばくことになるとは。

 これは本格的なサバイバル生活になりそうだな。

 俺の知ってるスローライフとは違うぞ。


「ライトさん、お願いしますね」

「はい……」


 俺は荷物持ちしか出来ないからな。

 リディアからウサギを受け取り、自作の木製の背負子に入れる。

 この背負子も壁を利用して作り出した。

 

「ふふ、やっぱりライトさんの力ってすごいです」


 とリディアは感心してくれる。

 俺の能力【壁】はクラフト寄りの能力なんだろうな。

 壁は根元を切り離せば板になる。

 背負子のように板を張り付けて出来ている道具であれば、簡単に作れてしまうのだ。


「そんなことはないさ。俺はリディアの方がすごいと思うぞ」

「うふふ。もっと誉めて下さい」


 と花が咲いたように笑うリディア。

 可愛いなぁ。自我を失う前は彼氏とかいたのだろうか?

 彼女は異種族の俺に忌避の感情を抱いてはいないようだ。

 この世界に生きている種族はみんな仲がいいのかな?


「なぁリディア。俺は人間だけどさ、この世界って種族間での差別とかはなかったのか?」

「うーん、正直に言いますと……。多少はあったと思いますよ。でも異種族同士で結婚する人もいましたし、差別があったとしてもそれは個人の意識によるものが大きいです。エルフだからドワーフが嫌いとかはありませんでした」


 なるほど、この点は地球と同じだな。

 ちょっと安心したよ。

 そうだ。これも聞いてみよう。


「それとさ、この世界にはどんな種族がいるんだ?」

「種族ですか。北の未開にはどんな種族がいるかは分かりませんが、王都には森人、地人、蛇人、犬人、魔人がいました」

「森人?」


「ふふ、ごめんなさい。王都では各種族をこうやって呼んでいたんです。種族の名で呼ぶより、親しみがあるだろうって王様が決めたんです」


 森人はエルフ、地人はドワーフ。

 蛇人はラミア、犬人はコボルト。

 魔人はこの地を支配していた魔王の種族らしい。

 ちなみに王都には人間は定住していなかったそうだ。

 人間の商人の出入りはあったそうだが、基本的には北の大地にある人族の国に住んでいたと。


 イメージだと魔王っていうのは悪い奴なのだが、どうやらそんなことはないらしい。

 魔族の王だから魔王と呼ばれていただけだ。

 

 王都は魔王セタの統治のもと、十万を超える民を抱え、この世界で最も栄えた都市になったそうだ。

 だが今はその影も形もない。

 あるのは深い森と何も無い広野のみ。

 

 一体この世界に何が起こったというのか。


 ――バキッ


「しっ……」

「…………」


 リディアが俺に静かにするように指示を出す。

 彼女はゆっくりと後ろに下がってきた。

 そして小声で……。


「猪です……。足音からしてかなり大きいはずです」

「狩るのか?」


 リディアは顔を横に振る。


「いいえ……。この弓では狩れません。それに猪は雑食であり肉も食べます」

「…………」


 なるほど。今度は俺達が狩られる危険もあるのか。

 だったらここは逃げるしかないだろうな。


 俺達はゆっくりと後ろに下がる。

 猪は姿を現さないが、ここで背を向けて逃げるのは得策ではないだろう。


 野生の獣は足が速い。

 全力で逃げても簡単に追い付かれてしまうだろう。

 だからこそ、いつでも攻撃出来るよう背を見せずに下がるのだ。


 このまま逃げきれるか?

 

 ――ガサッ パキッ


『ブモッ……』


 無理みたいだな。

 猪は茂みから出てきた。

 でけぇ……。背丈は一メートル程だろうが、横幅が大きい。

 恐らくだが100キロはあるだろう。


 あの巨体で体当たりでもされるのは車に轢かれるのと同じだろうな。

 つまり猪の攻撃が当たれば、待っているのは確実な死だろう。


「どうする?」

「わ、私が時間を稼ぎます! ライトさんは逃げて下さい!」


 リディアは弓を構え矢を放つ!

 だが所詮枝を尖らせただけの原始的な矢だ。

 鉄の矢尻でもついていたら話は別なんだろうが、矢は猪の毛皮を貫くことが出来なかった。


『ブモッ!』


 猪は怒り狂ったようにこちらに突進してくる。

 

「ライトさん! 逃げて!」


 とリディアは言うが、ちょっと試してみたいことがあってね。

 俺は彼女の前に出る。


「ラ、ライトさん!? 駄目です!」


 と俺の腕を掴む。

 だが俺は構うことなく猪に向かって……。


【壁! 壁! 壁! 壁!!】


 四重に壁を作り出す!

 一枚だけなら簡単に破られてしまうだろう。

 だがそれなりに分厚い木の壁が重なっているのならどうだ?

 もし壁が破られたとしても猪の突進の運動エネルギーは壁によるカウンターダメージとして猪に跳ね返ることになる。


 突如目の前に壁が現れた。猪は勢いを殺すことが出来ず壁に衝突する!


 ――バリンッ!


『ブモッ!?』


 壁が破られた! だが猪も壁に衝突したことにより大きく体勢を崩す!


 ――ドシャッ!


 壁を破壊した後、猪は地面に倒れた。

 

【壁!】


 再び壁を発動する。

 今度は猪の四方を囲むように。

 猪は壁を壊そうと壁の中で暴れまわるが……。


『ブモッ? ブモッー!』


 ははは、無理だろ?

 破壊力は運動エネルギーによるものが大きい。

 猪がいかに強靭な筋力をもっていたとしてもゼロ距離から壁を破壊するような力は持ち合わせていない。

 壁を壊すには助走をつけて運動エネルギーを大きくする必要があるのだ。


「す、すごい……」

「まだだよ。そういえば猪って食えるよな?」


 リディア、解体は任せたよ。

 壁の一部のみを消すと猪と目が合った。


 すまんな。

 俺は槍を構え……。


 ――ザクッ!


 槍を猪の脳天に突き立てた。

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