第12話 神器

「どうするのよ!」


 店を出ると、妖精が怒鳴った。

 すべてを売ってしまった男を心配しているのかもしれない。


「仕方ないだろ」


 対して男はいつもどおり。

 妖精も言葉を続けられず、黙る。


「……」


「それより、これをどうするかだ」


 重そうな箱を顔の前に掲げる。


「とりあえず、またハンスさんの家に行きましょうよ。あそこが落ち着くわ」


 町中で開けるわけにもいかないので、男もそれには反論しない。というか、すでにそちらに向かって歩いていた。


――――――――――――――――――――


「ふふ、戻ってくると思ったよ」


 玄関には、待ち構えたように好青年が立っていた。


「その箱、どうにかして手に入れたんだね」


「……」


 説明の言葉に詰まる二人。

 それを見かねて、好青年は告げる。


「突っ立ってないで、中に入ろう」


――――――――――――――――――――


 広いテーブルの中心に置かれた箱。

 長い年月を経たようで、大小無数の傷がついている。しかし、その割に形はきれいだ。少しも凹んでいない。


「これ、なんに使うんだい?」


 好青年は開けようとしているが開かない。箱はピッタリと、隙間なく閉まっている。

 

「確かここに……」


 妖精が長方形の箱の側面を見つめる。そこには、なにやら小さな見慣れないもの。


「私よ、『オープンセサミ』!」


 すると「ガチャ」と音がした。


「お父さんは大切なものに鍵をかけるの。音声認識のやつをね」


「音声認識?」


 首をかしげる男たち。


「私はひらけるのよ。登録されてるから」


「登録?」


 どうやらさっぱりわからないみたいだ。


「ほら、早く開けて」


 急かされて、男が箱を開いた。


「なんだ……これ?」


 中には小さな棒が一本。

 その他にあるのは、クッションだけだ。


「説明してくれ」


 説明書はない。

 妖精だよりなのだが。


「知らないわ」


 彼女も知らない。

 このままでは、埒が明かない。


「これがムラクモソードなのか?」


 握りしめた白い棒を見つめる。


「わからないわ」


「そっか……」


 重たい空気があたりを包む。


「ただ、一つ言えるのは……」


 慎重に妖精が口を開いた。


「……なんだ?」


「それはきっと大切なものよ」


「なぜわかる」


「お父さんは、いつもその箱に大事なものを入れるもの。研究で作ったものを学会に発表するときもそれを使っていたわ。ムラクモソードをどこに入れたかはわからないけれど、それかもしれないし……」


「なるほどね」


「とてもソードには見えんが……」


 男はそれを手に持って、転がす。

 どこからどう見ても、棒だ。

 剣のつかに見えなくもないが、肝心の刀身がないのでは、ただの棒だ。


「なんに使……」


「ピーーーーー!」


「うわ!」


「なんだ!?」


「なに!?」


 突如鳴り響く電子音。

 きっとこの世界では聞き覚えがない音だ。


「対DAM用戦闘兵器ムラクモソードの起動にはパスワードが必要です」


 機械音声が淡々と告げる。

 その声は、棒から出ているようだ。 


「パスワード?」


「きっと同じよ」

「『オープンセサミ!』」


 自信満々に妖精が叫ぶが。


「……」


「おい、開かないぞ」


「あ、あれ?」


 箱のものとは違うみたいだ。


「パスワードをお忘れ、もしくはご存知でない場合、起動できません」


「無理みたいだね」


「そんな……」


 これが本当にムラクモソードならば、なんとしてでも起動させねばならない。

 しかし、彼らにその手立てはない。


「ただし、非常事態に限りムラクモソードより検出しました様々なデータに基づき、起動が認められる場合があります」


「え!?」


 あっさりと告げられた衝撃の事実。

 どうやら希望はまだあるようだ。


「ムラクモソードは、DAMに対抗しうる唯一の武器です。どうかご丁寧に扱ってくださいませ」


 そこまで言うと、棒っきれは再び沈黙した。


「結局これは使えるのか?」


「う〜ん」


「場合によっては、使えるってことかな?」


「そう……みたいね」


 果たしてこれは本当にムラクモソードなのか。また、そうだとしてもパスワードがわからないので使い物にならないのではないか。そして、ムラクモソードが告げた非常事態とはなんなのか。


「みんな、おやつでも食べないかい?」


 好青年が明るく言い放った。


「「……」」


「この前、リンゴがおいしそうでね……」


 台所へ消えていく。

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