第9話 過去

「なるほど、なかなかすごい過去があるんだね」


 好青年は全てを聞き終わると、平坦な声でそう言った。


「それにしても、ガザルに会ったのは運が良かったね」


「どういう意味だ」


「こいつは強くて、化け物でも簡単に倒すから安心できるじゃないか」


 昨日、失敗したことが男の脳裏に浮かぶ。


「それに、こう見えて案外面倒見がいいんだぜ、こいつ」


 好青年は男を肘で突きながら、からかうようににやけている。


「昨日は鹿をもらったわ」


 どこか自慢げな妖精。


「おっ、いいな〜!」

「なぁ〜、僕にも奢ってくれよ〜」


 男の肩を揺さぶる。


「ダメだ」


 きっぱりと断られる。


「え〜! ケチ〜!」

「前みたいに一緒に食べようよ〜」


「前?」


 妖精はなんとなくその言葉が気になった。男の謎に包まれた過去が少し明かされる気がした。


「うん、そうだよ」

「昔はよく彼と一緒だったんだよ」


「ただの腐れ縁だ」


 男は依然としてうっとうしそうに言う。


「それより、アーシャ。早く本題に入れ」


「本題?」


「ああ、そうだったわね」


 妖精は軽く咳ばらいをして、話し始める。


「単刀直入に訊くわ」

「あなた、ムラクモソードについて知ってるかしら?」


「……知らないな~、ごめんね」


 申し訳無さそうな好青年。


「やっぱり、そうよね……」


 千年も前のことを知ってる人など、そうそう簡単に見つかるわけがない。


「ただ、図書館に何か手がかりがあるんじゃない?」


「「図書館?」」


 二人には縁のない場所だった。

 妖精は、本を読まずともお父さんがなんでも教えてくれたから。

 男は、毎日の狩りでそんな暇がなかったから。


「それなら、今から……」


「いや、今日はもう日が沈む」


 見上げると、空はきれいな茜色に染まり始めていた。


「宿屋に……」


「今夜は僕の家に泊まらないかい?」


 好青年は男の「宿屋」という言葉を聞くや、そう提案した。


「……」


 男は複雑な表情で黙りこくっている。

 対する妖精はきらきらと瞳を輝かせている。


「行きましょ!」


「ほら、彼女もそう言ってる」


「……わかった」


 納得いかない顔だが、歩き始めた。


――――――――――――――――――――


「わー! 広いー!」


 好青年の家は豪邸……ではないのだが、男の小屋に比べたら幾分か大きい。

 なので、妖精が嬉しそうに飛び回っている。


「あまり騒ぐな」


「いいんだよ、僕しかいないんだから」


 好青年は、一人のようだ。


「ご飯は……今から作るよ」


 そう言って別の部屋に行ってしまった。


「ふぅ」


 男は見るからに疲れた様子で、腰を下ろす。今日は朝から動きっぱなしで、それに二体も化け物を倒したのだから当然のことだ。


「それで、明日は図書館……に行くのよね」


「そうみたいだな」


「あなたは……行ったことある?」


「ない」


 男が冷たく返すので、話が止まる。


――――――――――――――――――――


「おいおい、ガザル〜」


 奥から料理を持って、好青年が現れる。


「アーシャちゃんを困らせるなよ〜」


「……」


 男は目をつぶり、返事をしない。


「ごめんね、アーシャちゃん」

「こいつ、無口で無愛想だから」


「そうね」


「なんだと?」


 わずかに目を開けた男が妖精を睨んだ。

 まるで怒っているかのような声。


「こんな感じだが、悪い奴じゃないんだよ?」


「それも知ってるわ」


「なんだと?」


 今度は少し、驚いている声色だ。


「だって、私に付き合ってくれてるもん」


「うんうん、そうだね」


「いや、俺は……」


「さ、冷めないうちに食べちゃおう」


 なにか言いたげな男は遮られて、食事が始まった。


――――――――――――――――――――


「わーい! フッカフカよ〜!」


 妖精はフルーツを入れるような大きいカゴの中にフカフカのタオルを敷いた特性ベッドで跳ね回る。


「よかったな」


 昨日に比べたら、格段に寝心地が良さそうだ。


「それじゃあ、寝るぞ」


「おやすみなさい!」

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