第7話 ギルド

「ねぇ~。いつになったら着くのよ~」


 妖精はフラフラと蛇行しながら飛び、我慢の限界といった風だ。


「もうすぐだ」


「え?」


 疲れて地面を見ていた妖精はなかなか気づかなかったが、目の前が徐々に明るくなってきていた。


「ほら、着いたぞ」


 突如として、木がなくなる。

 しかし、開けた場所に出たわけではない。

 目の前には壁がある。きれいに切り出した石を男の身長の二倍くらいの高さまで何層にも高く積み上げた壁だ。よく見ると、石壁には大小さまざまな傷や薄気味悪いシミがある。建設されてから、相当長い時間が経っているようだ。どことなくかび臭いのは、森の近くで日当たりが悪いからか。そして、壁の真ん中には頑強な鉄の門がついている。


「誰だ……ってガザルしかいないよな、こんな森から出てくるのは」


 壁の頂点にある見張り台から大きな声が聞こえた。


「そうだ」


「今日も売りに来たのか?」


 門番とは顔見知りのようだ。


「ああ」


「わかった。通って……待て!」


 簡単な会話の後、門を開こうとしたそのときだった。


「ん?」


「そいつはなんだ!」


 門番は妖精を指さす。


「こいつは……」


「お前! まさか……!」


 よく見ると、門番の手は震えている。


「なによ! 私とあの化け物を一緒にしないで!」


「うわぁ!」


 妖精が近づくと、門番はおびえた様子で頭を抱えた。


「アーシャ、ややこしくするな」


「だって……!」


 文句を言いたそうな妖精を制して、男は頼む。


「こいつは悪い奴じゃない」

「すまんが、通してやってくれ」


「本当か?」


「本当だ」


 男が強面の顔で疑う門番を睨む。

 いや、当の本人に睨んでいるつもりはないだろうが。


「……わかったよ」


 門番はまだ納得できないようだが、男の迫力に圧されて町へ入ることを認めた。


「……ただ」


「なんだ?」


「ソイツは隠しておいた方がいいと思うぞ」


 門番のように疑う人は出てくるだろう。

 本来妖精は、空想上の生き物だ。それが実際にいるとなると、人々がどんな反応をするか。


「そうだな」

「アーシャ、隠れてくれ」


「え!? そんなこと言ったって……」


 妖精はオロオロして、男の周りを行ったり来たりする。おそらく隠れる場所を探しているのだろう。


「しょうがない、これ貸してあげるよ」


 上から帽子が降ってきた。


「その中に隠してあげるといい」


「ありがとう」


 門番の意外な思いやりに驚きながら、帽子をかぶる。


「ほら、アーシャ」


「わかってるわ」


 すっぽり帽子の中に入る妖精。そのまま頭に乗せて、男は重厚な門をくぐる。


「あとで返せよー!」


 きっと帽子のことだ。

 男は手を軽く上げて、去っていく。


――――――――――――――――――――


「どこか行くあてがあるの?」


「情報を集めるなら、ギルドだ」


 ギルド。

 そこには多くの者が集まる。ある者は酒を飲むため。ある者はナンパをするため。そして、ギルドの主目的である依頼を受けるため。

 人が集まるところに、情報も集まる。


「入るぞ、黙ってろ」


 立て付けの悪い扉に力を込めて、中に入る。

 ギルドはいつものことながら、喧騒で満ちている。だから、男はギルドが嫌いだ。

 できるだけ早くこの不快な場を去るために、依頼板に向かって早足で進む。


 しかし、依頼板を読み始めたその時だ。


「おい、あれガザルじゃねぇか?」


 誰かが名を呼んだ。

 その瞬間、場が静まり返る。


「ホントだ……」


「初めて見た」


 皆が注目の目線を男に向ける。

 これがギルドを嫌う第二の理由。

 男は目立つのだ。


「ガザルじゃないか!」


 そんな中、一際大きく聞き覚えのある声がした。肩に手が置かれたので、振り返る。


「ハンスか」


 そこには、金髪の好青年。爽やかな笑顔が眩しく、無愛想なガザルとは正反対だ。


「どうしたんだ?」

「また冒険に行きたくなったのか?」


「いや……」


 グイグイくる好青年に男はたじろぐ。


「そうだ、久しぶりに一緒に行かないか? 今日は北の草原に猛獣が出る噂があるから確かめに行こうと思ってたんだ」


「そういうつもりじゃ……」


 男は好青年に引きずられ、来たときとは反対にある町の門から出ていく。

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