第5話 休憩
「だが、今日はもう無理だ」
沈黙を打ち破る男の一言。
妖精もすかさず反応する。
「どうして?」
「この森から出るのに、半日程かかる。今家を出ると、夜になってしまう」
それほどまでに、ここは深い森なのだ。
「……」
「ただでさえアイツラがはびこっていて危険なのに、視界が悪くなる夜に動くのは危険すぎる」
「……わかったわ」
妖精は納得した。
再び沈黙が訪れる。
男はこれ以上なにか聞こうとは思わなかった。
しかし、絶妙な空気に耐えかねて、妖精が口を開く。
「あなたについて……教えてよ」
男の過去はまだ謎のままだ。
「俺か?」
男の顔は、「そんなこと知ってどうする」とでも言いたげだ。
「俺は孤独なハンターさ」
「どうしてこんな森にいるの?」
「一人が好きだからだ」
「どうしてアイツラを狩ってるの?」
「前も言っただろ。生活のためだ」
「どうして……」
「俺が語ることはない」
質問攻めの妖精をバッサリ切り捨てる。
「それより、俺はお前……アーシャに聞きたいことがある」
話の矛先は再び妖精に舞い戻る。
「な、なにを聞きたいの?」
「そうだな、その対抗策……について」
探すのなら具体的な情報が必要だ。
「私も詳しいことはわからないわ。お父さんは、私にさえ秘密にしていたもの。ただ、名前だけなら聞かせてもらえたわ。あの日、襲われる直前に」
「名前……」
そこからなにかヒントが……。
「確かムラクモソード……って言ってたわ。この国の神話からとった名前らしいの」
「ムラクモソード……?」
男にとって、聞いたことがない単語だった。妖精が眠りについて、千年。文明も大きく変わった。ここでは、その名を知る者はいない。
「ソードってことは、剣だよな」
「そうね、きっとそうよ」
なんとも曖昧な会話を最後に、再び静寂が訪れた。
――――――――――――――――――――
「お腹……空いたわ」
妖精だって、腹は減る。
そもそも彼女は千年間何も食べていない。
「そうか」
「アーシャはなにを食べるんだ?」
「なんでもいいわ」
決めるのがめんどくさそうにそっけなく言い放つ妖精。
「なら、今から採ってくる」
男はヤツラを狩っていたときとは違う、小さな弓を持ってそそくさと家を出た。
「あ……」
一人取り残される妖精。
――――――――――――――――――――
「今日はあまり取れんかったな」
男はそうつぶやきながら、帰ってきた。
「なにを……」
「鹿は好きか?」
「え!?」
妖精は、男が担いできた大きな鹿に驚いて、後退る。顔もこわばっている。
「し、鹿なんて食べたことないわ!」
「そうか。うまいぞ?」
「ぎゃー!」
目の前で男が鹿を解体し始めたので、妖精は目を覆った。
森で怪物を解体していたときもそうだったが、この妖精はこういった血なまぐさいことに耐性がないようだ。よほど科学者に大切に育てられた箱入り娘だったのかもしれない。
そして、それゆえに彼女の心には凄惨な事件の記憶が強烈に残っているのかもしれない。
――――――――――――――――――――
「案外おいしいわね」
「そうだろ?」
男は少し嬉しそうだ。
「あなたは、いつも誰とご飯を食べてるの? 私はお父さんや友達と食べていたわ」
妖精は楽しそうに尋ねる。
「……一人だ」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
「そう……」
もちろん妖精に悪気はなかった。
しかし、男の中にある触れてはいけないなにかに触れてしまったことはわかった。
気を遣って、話題を変える。
「明日は……何時頃起きるの?」
「日の出ごろだ」
「じゃなきゃ、夜までに町に着かん」
――――――――――――――――――――
「すまんな、これしかなくて」
「いいのよ」
妖精はタオルを敷いたフライパンの中で寝ることになった。男と一緒に寝ることもできたが、それだと潰されるかもしれない。なにより、妖精とはいえ女性なので。
「おやすみ」
「……おやすみ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます