第4話 旅

「それからのことは……はっきりと覚えてないわ。ただあてもなくさまよっていた。自暴自棄になって、アイツラに食べられようとしたこともあったわ。……無駄だったけど」


「なぜだ?」


「アイツラは……私に見向きもしないのよ」


 ここまでの話を聞く限り、アーシャと怪物はどちらも同じ人物に生み出された存在。もしかすると、怪物の方にもかすかな仲間意識があったのかもしれない。それは妖精にとって、完全に余計なお世話だっただろうが。


「それで……私は疲れて、いつの間にか長い眠りについていたわ。次に起きたときには、悪い夢が覚めるよう……願っていた気がする」


 どこか遠くを見つめる美しい妖精には壮絶な過去があった。そして、それは千年経っても癒えない傷を心に残した。


 男はその事実を噛みしめる。


「最悪の目覚めだったわ!」


 一転して、声を荒げる妖精。

 男と同じくらい目を厳しくして、睨む。


「人のこと、踏んづけやがって!」

「しかも、見たくもないアイツまで連れてくるし!」


「あぁ……すまん」

「けど、助かったよ。ありがとう」


 男が急に感謝の言葉を述べたので、妖精は戸惑い……ほのかに顔を赤らめた。


「そ、それより!」

「旅について来てくれるの!?」


 見るからに焦り、早口で尋ねる。


「旅って……なにか目的が?」


「さっき言ったでしょ! お父さんが対抗策を作ったって! それを取りに行くのよ!」


「場所は?」


「妖精の勘でなんとかなるわ!」


 はっきり言って、いきなりこんなことを頼まれて付いていく奴はバカだ。しかも、この妖精にはまだ不明なところもたくさんある。あまりにも怪しい。


「わかった」


 しかし、男は了承した。

 たまには誰かと行動してみようと考えたのか、この森にこもる生活に少し飽きてきたのか。あるいは、理由などなかったかもしれない。

 とにかくこの不思議な妖精……アーシャに付き合おうと考えた。


「あなた……来てくれるの?」


 自分から頼んでおきながらも男の発言に驚く妖精。断るとでも思っていたに違いない。


「行こうじゃないか」


 案外乗り気で答えた男からは、朝とは違う希望に満ちた雰囲気が漂っているように見える。やはり、この妖精との出会いは彼にとっていい転機だったのか。


「ふふっ、あなたって変な人ね」


 妖精がからかうように笑う。男を受け入れたようで、少し顔が緩んでいる。

 だが、反対に男の顔は険しくなった。


「やはり、俺は変か」


 思いもしなかった返答に妖精は再び戸惑う。自分の発言でなにか彼を傷つけてしまったかもしれない。そう考え、まずは謝る。


「ごめんなさい、私こそ変だったわ。傷つけるつもりじゃなかったの」


「いや、いい」

「慣れている」


 そっけなく言い放つ男の心にも深い傷があるようだ。

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