第3話 悲劇

「私は作られたのよ」


 声にこれといった感情を込めず、淡々と語る。


「さっき言った……科学者にか?」


 男は科学者がどんな者なのか知らない。たまに、町の噂でそんな言葉を聞くくらい。もっとも、彼に限らず大半の人は科学者について知らない。なぜなら科学者は、王族にしか縁のない言葉だったからだ。


「お父さん……その科学者は、とっても素晴らしい人だったわ」


 妖精はお父さんと言った。

 おそらくその科学者は男なのだろう。

 そして、そう呼ぶことから相当仲が良かったことがうかがえる。


「お父さんでいい。わざわざ言い直さずに、好きなように呼んでやれ」


「ありがとう」


 少し目に光が戻った。


「あるとき、おとぎ話の妖精を作ってみようとしたのよ」


 妖精を……作る。


「そんなことができるのか?」


 できたからこそ、妖精がいるのだろうが。

 そう聞きたくなるほど、信じがたい話だった。


「できるわよ」


 一方妖精は、当然のことだという風だ。


「水と塩を用意するでしょ?」

「水百ミリリットルにひとつまみの塩を入れて、火にかけるのよ」


 鍋みたいだな。


「材料は?」


「まずは人間の体を構成するタンパク質が必要だわ。だから、スーパーで買った豚肉二百グラムを入れるのよ。もちろんカルシウムも欠かせないから、同じところで買った消費期限が一週間前の牛乳も入れたらしいわよ。それから、そこにリンを足すわ。お父さんはタバコを吸うために置いてたマッチ箱を放り込んだって言ってたわ。ここで余計な材料が入ったから、砂糖でいい感じに味を戻して……」


――――――――――――――――――――


「最後に、パンジーの花粉をかけて、一晩寝かせたら……」


 ようやく話が終わりを迎える。

 そこで、妖精がようやく気づく。


「あなた、寝てたわね!」


 男にはわかりかねる内容だった。

 仕方のないことだ。


「ん……?」

「ああ、すまん」


 男は寝ぼけた顔で返事をした。

 狩りをしていたときに比べると、幾分か穏やかな顔だ。


「まあ、いいわ」

「ここからが重要よ」


 男は再び目を開き、妖精に鋭い視線を向ける。


「そうして作られた私に、お父さんはいろいろなことを教えてくれた。そして、たくさんの愛情をもらったわ。きっとお父さんは一人ぼっちで寂しかったのよ。だから、私にそんな思いをしてほしくなかったのね」


 会ったこともないが、その科学者は大層な人物のようだ。


「そんなお父さんが……唯一実験に失敗してしまったの」


「失敗……?」


「それで生まれたのが、あの怪物よ」

「ヤツラは私のお父さん、友達、その他大勢の人を食い尽くしたわ」


 確かに、あの怪物はこの深い森にいるのなら大した問題はないだろう。しかし、町に出たらどうなるか。想像するだけで恐ろしい。


「アイツらはね、特殊な病原菌を持っていて、死体を同じく化け物に変えるのよ」


 病原菌……?

 なんのことだ……?


「だから、アイツらはまたたく間に世界に広まったわ」


 あんなヤツラがはびこる世界……。


「そして、お父さんは責任を感じ、かろうじて機能していた政府に対抗策を手渡す……」


 唐突に妖精が言いよどむ。

 男は眉を潜めて、先を促すように見つめる。


「はずだった」


 この言いぶりでは、おそらくできなかったのだろう。


「途中で襲われたわ」


 襲われた?


「しかし、ヤツラを作ったのなら、なにか弱点の一つや二つ知っていたんじゃないか? そもそも、それを伝えにその……政府だがなんだか知らんがそこに行こうとしたんだろ?」


 男は妖精の一見不可解な発言に気になり、尋ねた。

 妖精はそれに対してあくまで冷静に答えた。


「ええ、そうね。あなたもご存知のとおり、ヤツラの弱点は体のどこかにあるコアよ。お父さんももちろんそれには気づいていたわ。それに、その日はヤツラに細心の注意を払って、なるべく安全な場所……ここみたいに何者も寄りつかない場所を通ったわ」


 それなら、なぜ。


「それが仇になったのよ」


 仇に……なった?


「まったく話がわからんな。わかりやすく言ってくれ」


「人間よ。人間」

「お父さんが化け物を作ったと主張し、命を狙う輩はたくさんいたわ。各国から雇われた暗殺者、ならず者のどいつかが隠れていたのよ、どこかに。人気が……幸いなことに化け物もいなかったけどね……そんな場所で、助けてくれる人もいなくて……お父さんは死んだわ」


「……」


 男はかけるべき言葉が見つからず、口をつぐんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る