第2話 妖精
「あなた……」
謎の声はさらに語りかける。
しかし、それは遮られた。
「グオォォォー!!!」
聞き慣れた叫び声。
いつもと違うのは、断末魔ではないことだ。
目を開けずともわかる。
風切り音が聞こえた。
まもなく俺は死んでしまう。
そう覚悟した。
「静かにしなさい」
死神は微笑んではいなかった。
代わりに、精霊が微笑んだ。
「……?」
目を開けると、そこには背中から羽を生やした小さな女の子がいた。この小さなというのは、子供という意味ではない。物理的な大きさは人間の赤ちゃんよりも小さい。ちょうど男の指くらいだろうか。そんな女の子が宙に浮いていた。まるでおとぎ話に出てくる妖精のように。
「あなた、覚悟はある?」
「なんのだ?」
「私の旅についてくる」
旅。
確かに目の前の女の子はそう言った。
当然男は悩む。
必死に意味を推し量る。
「グ……ギギギ……!」
不穏な唸り声が怪物から発せられた。
「保たないわ。とりあえずコイツを倒して」
その一言で、男は思考の渦から舞い戻り、いつものように武器を構えた。
「ズドォン!!!」
その一発は大きな風穴を開けた。
しかし、まだ生きている。
「あなた、なにやってるの?」
「コアはアソコよ、ア・ソ・コ!」
まるで知っているかのように指さしている。
男は半信半疑ながらも、そこを狙う。
「ズドォン!!!」
すると、怪物のデカい図体は崩れ落ちた。
これはいつもの光景だ。
なんとか危機を脱したようだ。
「とりあえず、あなたの家に……」
「なにしてるのよ!?」
男は自前のナイフで先ほどまで自分と死闘を繰り広げたモノの一部を剥ぎ取る。
「売るんだよ」
大衆には決して受け入れられないその怪物の爪、皮、臓物など。それらは闇市で売れる。高値ではない。しかし、生活は維持できるほど。
「よし」
「お、終わったの?」
「早く行きましょ!」
来たときよりも多少賑やかに男は家路についた。
――――――――――――――――――――
「兄弟よ」
妖精はそっけなく告げる。
「兄弟?」
信じられない。
あの怪物とこの妖精が兄弟?
「私を生み出した科学者がね」
科学者……。
そんな言葉、久しぶりに聞く。
森にいる彼は人と話すことがめったにない。誰かの言葉を聞くのだって、久しぶりだった。
「私のあとに作った失敗作」
「が、あいつら?」
「そっ」
男は次の質問を考える。
気になることは山ほどある。
「私は千年眠ってたの」
幸か不幸か、悩む間に妖精が勝手に話を続ける。
男はそれに食らいつく。
「どうしてだ?」
千年もの永きに渡って、眠りにつく。
そこには深い理由があるはずだ。
なにより、千年も眠ることができるなど只者ではない。
男が改めてそう確信したときだ。
「……嫌気がさしたのよ」
至って人間らしい、感情的な理由だった。
「お父さん、兄弟、私、そして世界」
それを語る目は乾いていて、光がない。
「全てが嫌になったわ」
嫌になった。
「なにがお前を……」
「アーシャよ」
お前という二人称が気に入らなかったのか、妖精は男の言葉を遮る。
「なにがアーシャをそうさせたんだ……?」
「少し長くなるわよ」
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