-8

……

 夜も遅く、原理はベッドの脇の椅子でいつの間にかうつらうつらと舟を漕いでいた。疲労もあったけれど、零時を過ぎて眠くなるのはまあ、人としては普通だと思うけれど。

「……う、ん」

 そんな状態だったから、そう呻いて瞼を開く少女の声に気付くのには僅かなラグがあった。

「ん……?」

 たまたま、原理が一人でいたことに意味はないだろう。

 それでも、彼女が目覚めたときに彼がその場に居たことは、意味のないことではないと感じていた。

「あ。目、覚めたか」

「えっと、あなたは」

「ん? 忌方原理。この艦の戦闘員。知ってる? 鵬」

 彼女には「おおとり」という言葉に馴染みがないのだろうか、理解しがたそうに原理の表情を見てから、知らないと返してきた。

「ふうん、そう。じゃあ、まあ。規則だし、訊いておこうかな」

 原理はそこで無理に背筋を伸ばし、小さな声で、しかししっかりと彼女に聞こえるように問いかける。

「日本国国防軍中尉、忌方原理として問います。

 貴方は、この世界に害となる存在ですか?

 敵として見做し、現在存在する巡洋艦「鵬」から排除しても許容できますか?」

 その声はあまりに無機質で、感情が無い。

 それなのに圧力を持ったその問いに、少女の緑色の眼がふるる、と震えた。

「……え? えっと」

 無言。原理は必要以上に言葉を発しない。

 ただ、回答だけを待っている。

 その時間が、彼女には恐ろしい。


 数十秒の間。


「いや、だよ? わたし、そういうんじゃ、ない」

 辛うじて返答をした彼女の眼には、不安と恐怖が色濃く映っている。

「……そっか。ならいいんだ」

 それを打ち消すように、原理は笑ってみせた。

「一応訊いただけだし、人間を排除するのは俺の趣味じゃないからな。否定してくれてよかったよ」

 原理は立ち上がる。

「また明日、ここに来るよ。その時はみんなで話すことになるけれど、それまでは休んでいてくれ」

 少女の返答を待たずに、原理は医務室、正確には医療ブロックにある専用の病室から出ていく。音を立てずに扉を閉じて、すぐに端末を操作する。

 杏樹以外の三人は既に自室に戻っていたので、彼女が目を覚ましたことを知らせておいたのだった。

「平気? 忌方君」

「……いや。ちょっとキツいよ。この規則、どうにかなんねえかな」

 苦手だよ、ああいう表情を見るのは。そういって壁に寄り掛かる。足元の灯りだけが点々と続く廊下の途中で、二人は困ったように眉をひそめていた。

「まあ、仕方ないわ。私がやってもいいけれど、確実に泣かせることになるだろうから」

「それもそれで難儀だな……」

「様子はどうだった?」

「混乱してるけど、落ち着いている。まだ状況が呑み込めてはいないんだろうが、それより人格的にな」

 ひどく脆い硝子細工のような弱さをはらんだ眼差しが、どこか印象的だった。

 原理には、それは目の前で不思議そうにしている杏樹とよく似ていると思ったけれど、それは言わなかった。

「ふうん。まあそこはこれから見極めるべきところよね」

「そうだな、とりあえずは明日か。話してみてからだな」

 そうね、と特に反対もされなかった。



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