第13話 お誘いを受けました
それから数日、ふたりは森の深いところでレベリングに励んだ。
例の広場よりも深い場所に多く出現するオークをメインに倒していき、賢人は順調にレベルを上げていく。
「ルーシーのレベルはどう?」
「あたしは当分上がらないんじゃないかしら。こないだのレベルアップも、半年以上ぶりだし」
「そうなのか?」
「うん。このあたりはレベル10くらいまでなら簡単に上がるけど、そのころには普通、ダンジョンに潜るからね」
ダンジョンに入るためには、最低でもEランクになっておく必要がある。
通常はレベル10になるまでに、大抵の冒険者はなにかしらの能力値がEになり、それまでの活動評価と合わせてEランクになるのだ。
そしてダンジョンに入ったほうがレベリング的にもドロップアイテム的にも効率がいいので、レベルひと桁のうちに森を離れる冒険者は少なくない。
「なら、そろそろダンジョンに挑戦してみるか」
「そうね。たぶん賢人のランクも上がるだろうし。そしたらダンジョンにいくのも悪くないと思う」
淡々と言うルーシーだったが、口元がニヤけるのをごまかせてはいなかった。
彼女にしてみれば、念願のダンジョン探索なのだ。
嬉しくないはずがない。
「じゃあ、いったん戻ろうか」
「ええ」
帰路について間もなく、オークに遭遇した。
いつものように賢人が銃を撃って牽制し、ルーシーが斬りつける。
「ブフォッ……」
袈裟懸けに斬られたオークは、一撃で粒子と化した。
「ガルァッ!」
消えゆくオークの影から、フォレストハウンドが飛び出す。
普段であればその気配を見逃すルーシーではないが、少し油断していた。
「ケント!」
ルーシーの脇を駆け抜けたフォレストハウンドが、賢人に迫る。
「くっ……!」
銃を構え直す間もなく、賢人は咄嗟に左腕を出した。
「グルァゥッ!」
飛びかかってきたフォレストハウンドが、賢人の右腕に咬(か)みつく。
かじりついた腕を咬み千切らんとするフォレストハウンドの頭に賢人は銃口を突きつけ、引き金を引いた。
「ギャゥ……!」
頭を撃ち抜かれたフォレストハウンドは、短い悲鳴をあげて倒れ、そのまま消滅した。
「ケント、ごめん! 大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言って笑いかける賢人を見て、ルーシーはほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても……」
痛みはなかった。
咬みつかれた際の衝撃のようなものはあったが、それだけだった。
そしてスーツの袖は、ほつれどころか汚れさえついていない。
「ケント、ダメージは?」
ルーシーに言われて加護板を確認したが、HPはまったく減っていなかった。
「ノーダメだな」
「そうなんだ。すごいね、そのスーツ」
さすが【防御力】Sといったところか。
「もしかして、そのスーツ着てればダメージ受けないんじゃない? 少なくともこの森では」
「はは、そうかもな」
そういうことなら、あえてレベルを上げる必要はなかったのかもしれない。
「まぁでも、当初の予定通りレベル10までは上げておくよ」
レベル10になったらひとりで森を抜けて家に帰る。
そう決めていた。
現在賢人のレベルは8まで上がっていた。
**********
この日の納品をしたところで、賢人のランクがEに上がった。
「どうする? Dランク昇格試験を受けるか?」
職員の問いかけにふたりは顔を見合わせて頷く。
「受けるよ、もちろん」
その返答に頷き返した職員は、賢人に視線を移した。
「そうなると、ケントの武器をなんとかしねぇとな」
冒険者はDランクから、護衛の随行が許可される。
そうなると、場合によっては盗賊を相手に戦う必要があった。
「そうか、コイツじゃ人を倒せないのか……」
手にした短筒を見ながら、賢人が呟いた。
彼の銃は聖属性に特化しているため、人を傷つけられないのだ。
「見たところ銃自体も聖属性を帯びてるようだからな。ソイツでぶん殴っても、相手が加護持ちじゃあ意味がねぇ」
盗賊のなかには冒険者崩れもいる。
加護を剥奪するにしても、まずは捕らえなくてはならない。
相手に加護がなければ、銃を鈍器代わりに殴ることもできるが、加護を持っている相手であれば、たとえ殴ってもHPを削れないのだ。
「まぁ、試験までまだ時間がある。それまでになんとかしておきな」
「ああ、わかった」
そう返事をしたあと、賢人は胸ポケットの上からシガレットケースの存在を確認した。
Dランク昇格のためには、悪人とはいえ人を殺す必要がある。
回復や支援担当であればその限りではないが、デュオで後方からの攻撃を担当する賢人が、手を出さないわけにはいかない。
「あたしと一緒じゃなきゃ、探索者って道もあったんだけど……」
冒険者のなかには、ダンジョン探索者としてキャリアを重ねる者も少なくない。
逆に探索をせずダンジョン外の魔物や盗賊の討伐、要人の護衛を専門にするという者もいる。
ただ、高ランク冒険者はあらゆる場面で臨機応変に動ける総合力を求められるため、ルーシー解放の条件であるランクCへと至るには、探索と討伐の両方をこなせる必要があるのだ。
「大丈夫。覚悟はできてるから」
このあたりの条件については、冒険者になるうえでの講習で聞き及んでいる。
ルーシーとともにいると決めた以上、それは越えるべき壁だった。
自分の手で人を殺す。
そう考えてもあまり心が乱れないのは、まだ実感がないからかもしれない。
諸々の手続きを終えたふたりは、受付台を離れた。
「ルーシー!」
「ごふっ……!」
そこへルーシーの名を呼びながら彼女に突撃する者があった。
いうまでもなくアイリである。
「アイリ、いつも言ってるけど、もうちょっと手加減してくれないかな」
「ごめんなさい、つい嬉しくって」
ルーシーに抱きついたまま顔をあげたアイリは、相変わらず無表情だったが、なにやら瞳がキラキラとして見えた。
「ルーシーおめでとう! ランク上がったんだよね?」
「ええ、そうね」
冒険者は身分とともにランクを明かす義務があるので、ランクアップの情報などはすぐに知れ渡ることとなる。
「じゃあ、一緒にダンジョンへ行こう」
その言葉に、ルーシーと賢人は顔を見合わせ、苦笑した。
「こら、だめじゃないかアイリ」
そこへ、バートが現れる。
彼のすぐそばには、褐色美女メイドのマリーが付き従っていた。
「バートは関係ない。だまってて」
「関係ないわけないだろう、君は僕のパーティーメンバーなのだから」
ルーシーを見上げたまま放たれたアイリの言葉に、バートは肩をすくめながら答えた。
「それはそれとしてルーシー、ランクアップおめでとう」
「ルーシー様、おめでとうございます」
ルーシーに向き直ったバートは、そう言って微笑み、マリーがそのあとにつづく。
「ええ、ありがとう」
2人の言葉を受け、ルーシーは誇らしげに微笑む。
「一応聞いておくけど、僕たちのパーティーに戻る気はないかな?」
能力、あるいはランク不足で離脱したメンバーが成長したので改めて勧誘する、というのは、冒険者ではよくあることだ。
「ごめんなさい」
バートの誘いを、ルーシーは考える間もなく断った。
「そうか。まぁ君がそう言うなら、無理には――ぐぉっ……!」
言い終えるより早く、バートが太ももを押さえて崩れ落ちた。
いつのまにかルーシーから離れていたアイリが、バートの太ももに膝蹴りを食らわせたのだ。
「アイリ、なにを……?」
「バートのせいでルーシーに断られた。アイリが誘おうと思ってたのに。これは正当な罰」
目に怒りをたたえながら、アイリは淡々と告げる。
「いや、アイリに頼まれても断ってたけどね」
「えっ!?」
大きく目を見開いて振り返ったアイリは、ふたたびルーシーのもとに駆け寄って彼女に抱きつく。
「どうして? アイリのこと嫌いになったの?」
小さく眉を下げて自身を見上げるアイリに向けて、ルーシーは困ったように苦笑する。
「ごめんね。あたしはもう、ケント以外と組むつもりはないんだ」
ルーシーがそう言うと、アイリはまた目を見開き、続けてケントに目をやる。
「おっと」
射貫くような視線を向けられた賢人は少したじろぎ、声を漏らしてしまう。
そして何度かふたりを交互に見たあと、アイリはルーシーに視線を固定する。
「じゃあアイリがそっちのパーティーに入る。これで解決」
「あー……」
アイリの申し出に、ルーシーと賢人はふたたび顔を見合わせた。
賢人には秘密がある。
アイリがその秘密を軽々しくバラすとは思えない。
そもそもパーティーメンバーになれば秘密の共有ができるし、そのうえでアイリも【SP】の恩恵を受けられるかもしれない。
それはお互いにとって、プラスに働くだろう。
「ごめんね、アイリ」
それでもルーシーはアイリの申し出を断った。
なにも賢人の力をひとり占めしたいから、というわけではない。
あまり考えたくないことだが、たとえばギルドから加護を剥奪されてしまえば、秘密の共有は意味を成さなくなる。
たとえ加護がなくとも、自分は賢人の秘密を守る覚悟を持つルーシーだが、アイリにその重荷を負わせたくなかった。
ランクSの意味、そして未発見の神代文字というのは、この世界の常識をひっくり返すものだ。
その解明のためなら、賢人の人権などたやすく無視されてしまうだろう。
「あたしたちはデュオでいくって決めたから」
賢人とアイリ、ふたりのためを思い、ルーシーはそう答えた。
「そっか……」
しばらく呆然としたあと、アイリはルーシーにふたたび抱きつき、彼女の胸に顔をうずめて強くしがみついた。
「わかった、諦める」
ルーシーの言葉と表情になにかしらの覚悟を見たのか、アイリは素直にそう言った。
自身に抱きつくアイリが小さく震えているのを感じ取ったルーシーは、彼女の頭を何度も撫でてやった。
ルーシーがランクアップしたと知ったアイリは、一緒にダンジョン探索できることを心底楽しみにしていたのだろう。
いうまでもないが、アイリはルーシーのことが大好きなのだ。
「なるほど、君の考えはよくわかったよ」
バートが、脚を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
その途中、ちらりとマリーを見たが、彼女は無表情のまま冷めた視線を返すばかりで、主人の手助けをしようとはしなかった。
「それはそれとして、僕たちと一緒にダンジョンへ潜らないか?」
その言葉に、全員の視線がバートに集まる。
アイリはルーシーに抱きついたまま、彼を振り返っていた。
「僕たちのパーティーと君たちのパーティーとで、レイドを組むっていうのはどうだい?」
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