第12話 念願のランクアップです

「そういえば、加護板は故郷に持ち帰れなかったんだよね?」

「ああ。こっちに来るときも、荷物のほとんどを持ってこれなかったから、それぞれの世界のものは持ち込めないみたいだ」

「でもさ、最初にもらったお水と……ようかん? あれは故郷のものじゃないの?」

「そうなんだよな……。あれは中身ごと持ち込めたんだけど……」


 部屋の隅に置かれた防災バッグに目をやる。

 今日の探索時には置いていったものだ。

 念のため、ようかんはポケットに入れておいたが。


「あのバッグに入れておけば持ち運びできる?」

「どうだろうな……あ、そうだ」


 ふと何かを思い出したように声を上げた賢人は、アイテムボックスからボールペン、メモ帳、ポケットティッシュ、コボルトの牙を取り出した。


「それは?」

「向こうに持ち込めたものと、向こうから持ち込んだもの。どうやらアイテムボックスに入れておけば、世界を越えて持ち運び出来るみたいだ」

「なるほどね。それは、ペンとメモ帳?」

「そう。それと、ポケットティッシュ」


 賢人はそれぞれについて簡単に説明する。


「使ってみる?」

「あ、うん」


 ボールペンを手に取ったルーシーは、メモ帳にぐるぐると円を描くような曲線をいくつも描いていく。


「使いやすいね、これ」


 続けてポケットティッシュを手に取る。


「これを使い捨てにするのは、ちょっと贅沢な気がするわね。包装は……透明なスライム材かしら?」

「スライム材?」

「うん。スライム系のモンスターが落とすスライムゲルっていうアイテムを加工したものなんだけど、そっちにはないの?」

「そもそもモンスターがいないからね」

「あ、そっか。でも、似たようなものを作る技術はあるみたいね」

「そうみたいだな」

「魔法もないのに、すごいね」

「俺からすれば、魔法で大抵のことができるこっちのほうがすごいと思うけどな」


 街並みや人々の格好から、文明はかなり遅れているのではないかとの印象を受けていた賢人だが、認識を改める必要性を感じていた。

 どうやら魔法という元の世界にはない技術で、工業はかなり発達しているようである。

 実際、ボールペンや上質紙を用いたメモ帳、ポケットティッシュを見ても、ルーシーはそれほど驚かなかった。

 つまり、似たようなものが既にこの世界には存在するのだろう。

 アイテムボックスの消費スロットが少ない時点で、気づいておくべきことだった。


「あ、そうだ。神代文字が読めたのも、もしかして故郷の?」

「ああ、それについてもちゃんと話しておかないとな。ちょっと貸してくれる?」


 賢人はルーシーからボールペンとメモ帳を受けとり、メモ用紙を1枚めくってそこにアルファベット26文字を書いた。


「アルファベットといってね。俺たちの世界じゃ、一番広く使われてる文字じゃないかな」


 ずらりと並ぶアルファベットを見たルーシーが目を見開く。


「ケント……たぶんこれをどこかの学者に見せたら、大変なことになるよ」

「はは、それは面倒だな」


 賢人は苦笑し、肩をすくめる。


「面倒ごとはごめんだから、これは俺たちだけの秘密ってことで」

「……うん、ケントがそう言うなら」


 加護板による秘密の共有があるので、ここでの話が外に漏れることはない。


「あと気になるのは、〈魔女の恩恵〉かな。ケントって知り合いに魔女がいるの?」

「うーん、それなんだよなぁ……」


 知り合いはおろか、賢人の世界には魔女というものが存在しない。

 いや、世界のどこかにはいるのかもしれないが、少なくとも賢人の知る範囲にはいなかった。


 ただ、心当たりがないわけではない。


(ばあちゃん……)


 やたら防御力の高いスーツを用意し、回復アイテムの詰まった防災バッグを持たせてくれた祖母は、まるで賢人が異世界に来ることを見越していたかのようだった。


(もしかして、ばあちゃんって魔女なのか?)


 だとしたら、彼女の血を引く自分は何者なのか、という疑問も出てくる。


「どうしたの、ケント? 随分考え込んでるみたいだけど」

「ああ、いや」


 ここでいくら考えても答えは出そうにないので、賢人はいったん思考を中断することにした。


「いろいろ確認しなくちゃいけないことがあるな、と思ってね」


 とにかく一度、祖母に会って話を聞く必要はあるだろう。

 それと例の防災バッグだが、あれに入れていれば世界を越えて物を持ち運べるのかどうかも、検証すべきだ。


「ただ、その前にもっと強くなっておかないとな」


 賢人が故郷に戻るためには、あの森を抜けて例の広場へ行く必要がある。

 現状、ルーシーとふたりなら問題なく到達出来る場所ではあるが、それだと賢人が故郷に帰っている間、彼女をあの場で待たせることになってしまう。

 あのあたりはオークなども出現するポイントなので、ルーシーひとりを置き去りにするのは少々不安だ。

 ならば、自分ひとりで森を抜けられるだけの力はつけておくべきだろう。

 賢人はそのように考えをまとめ、ルーシーに説明した。


「それじゃ、手始めにってわけじゃないけどさ、ギルドでランクアップしましょうか」


○●○●


 宿を出たふたりは、冒険者ギルドに向かった。

 レベルアップと半日の戦闘によるおかげか、ルーシーはさらに【攻撃力】上げられるだけの【SP】を有していたが、それはランクアップ後に行うことにした。


「おう、お前たちか。納品か?」


 賢人とルーシーは、それぞれ加護板をカウンターに置く。


「ええ。それと、ランクアップの申請を」

「ランクアップ? ケントがEランクになるにゃ、まだ少し早いぜ?」


 職員の言葉に、ルーシーは笑みを浮かべて首を横に振る。


「ケントじゃないわ。あたしのよ」

「なに?」


 ルーシーの言葉に驚いた職員は、視線を加護板に落とす。

 そして、大きく目を見開いたまま、顔を上げた。


「ルーシー、これは……?」

「なんか、レベル25になったら、急にね。あたしも驚いてるんだけど」


 しばらく固まっていた職員は、ふと目元を緩めた。


「そうか……長かったな」

「ええ、ほんとに」


 ずっとルーシーを見守ってきた彼には、なにやら感慨深い物があるのだろう。

 少しだけ、目が潤んでいるように見えた。


「さっそく手続きをしよう」


 そしてルーシーは長年到達できなかったEランクに到達したのだった。

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