第14話 レイドを組みました

 レイドを組む、と言われて賢人が思い浮かべたのは、一部のハードディスクドライブケースに搭載されているレイド機能だった。

 複数のHDDをひとつの記憶媒体として認識させ、単純に記憶容量を増やしたり、データの書き込みや読み込み速度を高速化させたり、情報の複製ミラーリングにより安全性を確保したりできる、というものだ。


「つまり、ふたつのパーティーで一緒に探索しようってことか?」

「そのとおりさ」


 どうやらバートのいうレイドとは、賢人の認識しているレイド機能と似たようなものであることがわかった。


(そういえばMMORPGなんかではレイド戦とかそいうのがあるって話だったな)


 賢人は多人数参加型のゲームをやるほうではないので、そのあたりはあまり詳しくはない。


「レイドを組むにはなにか手続きが必要なのか?」

「パーティーリーダー同士が加護板を重ねて宣言するだけでいい」

「メリットは?」

「レイドメンバー全員に経験値が割り振られる」


 経験値というのはレベルアップに必要な要素のことだ。

 加護板に表示される数値ではないが、戦闘による経験を積むことでレベルアップが成されることは自明であり、その目に見えない値がいつしか経験値と呼ばれるようになった。

 また、経験値は参加メンバー全員に、均等に割り振られるわけではなく、戦闘に対する貢献によって増減する。


「探索はいつから?」

「できれば明日にでも」


 そこで賢人はルーシーを見た。

 彼女は〝任せる〟といった視線を賢人に返す。


「わかった。集合は明日の朝ギルドで、返事はそのときでいいかな?」

「もちろ――」

「待って!」


 話がまとまりかけたところで、アイリが待ったをかける。


「考える余地はない。いますぐレイドを組んで。じゃないとケントのふとももの命はない」


 気づけばルーシーから離れたアイリが、賢人のすぐ近くでファイティングポーズをとっていた。


「おおっと……」


 さて、どう答えたものかと思案していたところ、メイドのマリーが音もなくアイリの背後に忍び寄る。


「それではケントさま、ルーシーさま、色よい返事をお待ちしております。わたくしどもはこれで」


 彼女はそう言うと、ひょいとアイリを持ち上げた。


「やだ! マリー、離して!! これじゃケントのふとももを殺せない!!」

「ケントさまのふとももが目的ではありませんよ。さぁ、おうちに帰りましょう」


 マリーはじたばたともがくアイリを軽々と小脇に抱え、賢人たちの前から立ち去った。

 小柄とはいえアイリは成人女性である。

 その彼女を苦もなく抱えるあたり、マリーは見た目以上の筋力があるのかもしれない。


「ルーシー、ケント、いい返事を待っているよ」


 そしてバートもそう言い残すと、マリーたちのあとを追ってギルドを出て行った。


○●○●


 バートたちと分かれて宿で食事を終えたふたりは、賢人の部屋にいた。


「それで、どうするの?」

「バートたちの誘い? 俺は受けたほうがいいと思う」

「そっか。デュオでも、浅いところなら危険はないと思うけど……」


 人数が増えれば、戦力は増える。

 ただ、デュオでうまく戦えているところに、あらたに3人が加わった場合、連携で失敗するというおそれもあり、ルーシーはそれを懸念しているようだった。


「俺、故郷に帰るって話しただろ?」

「あー、うん。レベル10になったら、だよね? だったらなおのこと、デュオのほうがレベルは上がりやすいよ?」

「それはそうだろうけど、俺がいないあいだのこと、ちゃんと話し合ってなかったなって」

「あー……」


 いうまでもないが、賢人がいないあいだルーシーはふたたびソロとなる。

 これまでどおり草原や森で活動するなら問題はないが、ダンジョンへ潜れるようになったのにそれを我慢してもらうのも申し訳ない。

 といってソロでダンジョンに向かうとなると、それはそれで心配だった。


「だから、俺がいないあいだはバートたちと活動したらどうかなって、思ったんだよ」

「そっか……そういうことなら、うん」


 ルーシーとしては、賢人とデュオでダンジョンに潜り、ソロでも活動できる範囲を見極めるつもりでいたが、一時的とはいえバートたちと行動できるなら、そのほうが有意義だろうと考え直した。


「それじゃ、ケントが帰ってくるまでのあいだ、ダンジョンの情報をできるだけ集めておくね」

「はは、それは心強い」


 バートからの申し出を受けることに決めた2人だったが、賢人はふとひとつの問題に気づく。


「ところで、俺たちのパーティーってどっちがリーダーなの?」

「それ、決めてなかったね」


 3人以上のパーティーならリーダーを決めなければならないのだが、デュオの場合はその限りではない。

 ただ、レイドを組む場合はあくまでリーダー同士の合意が必要なので、どちらがパーティーリーダーになるかを決めておく必要があった。


「じゃあ、いま決めよっか」

「そうだな。じゃあ……」

「ルーシーで」「ケントで」

「「えっ!?」」


 互いが互いの名を呼び、そして驚きの声をあげる。


「ちょっと待って、どう考えても経験豊富なルーシーがリーダーになるべきだろう?」

「なに言ってんのよ。万年Fランクだったあたしにリーダーなんて務まるわけないじゃない」

「いや、でも、もうEランクに上がったわけだし……」

「ケントのおかげでね」

「それは、ルーシーのこれまでのがんばりがあったからで……」

「でも、ケントがいなきゃそれも無駄な努力だったわけでしょ? ケントが引っ張り上げてくれたおかげで晴れてEランクになれたんだから、これからも責任持って引っ張ってくれなきゃ困るわよ」

「それは、いくらなんでも乱暴な言い分じゃないか?」

「乱暴でもなんでもいいの。あたしよりケントのほうがリーダーに向いてるんだから、あなたがリーダーでいいでしょ?」

「なにを根拠にそんな……」

「勘よ勘。理屈じゃないの。そのほうがいいってあたしがそう感じてるんだから、それでいいじゃない。こういう感覚って、意外と大事なのよ?」

「勘って……。そもそも、仮に俺がリーダーになったとして、リーダーがレイドから抜けるのってどうなの? マズいんじゃないか?」

「いいえ。パーティーリーダーはレイド内にひとりいれば問題ないわ」

「くっ……そうなのか……」


 それからふたりはしばらく言い合ったが、結局ルーシーに押し切られるかたちで、賢人がリーダーとなった。



 そして翌日。


「返事は?」


 ギルドに集合するなり、あいさつもそこそこにバートが尋ねてくる。


「受けるよ、レイドの件」

「そうか、ありがとう」


 賢人が答えるとバートは微笑んでそう返し、アイリなどは嬉しさの余りルーシーに抱きついていた。


「それじゃケント、加護板を」

「わかった」


 バートに促されて加護板を手にした賢人だったが、ふと首を傾げる。


「ちょっと待ってくれ。なぜ、俺がリーダーだと?」

「いや、なんとなくだけど……ちがうのかい?」

「いや、ちがわないけど……」

「なら、問題ないじゃないか」


 ふとルーシーを見ると、彼女は〝それみたことか〟と言わんばかりに胸を張っていた。

 賢人自身にこれといった自覚はないが、彼にはリーダーの資質があるのかもしれない。

 責任を負う立場はできれば避けたいのだが、と思いつつ、賢人は小さくため息をつく。


「どうした、ケント?」

「いや、なんでもない」


 賢人は小さく首を横に振ったあと、バートが差し出した加護板の上に自分のを重ねた。


「バートのパーティーは、ケントのパーティーにレイドを申し込む」

「承諾する」


 ふたりの加護板が淡い光を放つ。

 少し遅れて、他のメンバーの加護板も淡く光った。


「よし、これでレイドは組まれたね。レイドリーダーは僕になってるけど、いいかな? 僕のほうがランクも高いわけだし」

「ああ、もちろん。ぜひお願いするよ」


 加護板を見ると、項目が追加されていた。


**********

【パーティーメンバー】

 ルーシー


【レイド】

 ケントのパーティー

 バートのパーティー

【レイドリーダー】

 バート

**********


 また、加護板上で『バートのパーティー』の部分をタップすると、バート、マリー、アイリというメンバー名が表示され、パーティーメンバー同様レイド参加メンバーのHP/MP残量が見られるようになった。


(ほんと、便利な板だよな)


 賢人は感心したように心の中で呟きながら、加護板をアイテムボックスに戻した。


「手続きはわたくしのほうですませましたので、いつでも出発可能です」


 メイドのマリーがそう告げる。

 彼女は賢人とバートのパーティーでレイドを組んだこと、これからダンジョン探索に出かけることを、ギルドに報告してくれたようだ。


「マリー、ありがとう」


 バートは礼とともに優しい視線を送ったが、マリーはすまし顔のままで軽く一礼を返すにとどまる。

 そんな彼女の態度にバートは小さく苦笑したあと、表情をあらためてレイドメンバーを見回した。


「では行こうか、ダンジョンへ」


 バートの号令で、一行は冒険者ギルドをあとにした。

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