第5話 敵と戦いました

 剣で切られてもかすり傷を負う程度。

 身軽そうな女性とはいえ、人を10メートル以上も殴り飛ばす怪力。

 なによりも醜悪で、現実にはあり得ない容姿。

 見ているだけで正気を失いそうな存在が、明らかに自分へ敵意を向けている。

 叫び出し、逃げ出したい衝動に耐えながら、恐怖に震える手を胸ポケットに伸ばし、ミントパイプを手に取ると、それで少しだけ落ち着いた。

 手の震えが止まったことを自覚した賢人は、左手だけで器用にキャップを外し、吸い口を咥えた。

 右手で作業をしながら左手だけでパイプを吸うという、何度も繰り返した動作に淀みはない。


「すぅ……」


 ミントパイプを咥えたまま、大きく吸って息を止める。


 ――カチリ……。


 パイプのキャップをつまんだままの左手で、右手に持った短筒の撃鉄を起こして構えた。

 立射片手射の構え。

 照準の先にいるオークは、口元を笑みのようにゆがめたまま、よだれを垂らしながらこちらを見ていた。


(なめられてるのか? まぁそのほうがありがたい)


 短筒から放たれるのは、樹皮をめくることすらできない光の弾。

 なんの威力もなく、ゆえに何の意味もない行動。

 しかし、なぜか賢人には自信があった。

 これがあれば、なんとかなる。

 なぜかそう思え、だからこそ落ち着いて狙いを定めることができた。


(食らえ、ブタ野郎)


 咥えたパイプの吸い口を少しだけ強く噛み、引き金を引く。


 ――バスッ! ――バスッ! ――バスッ!


 最初の弾はオークの左肩に命中した。


「ブフォッ!?」


 敵の身体は衝撃を受けたように弾かれた。

 2発目は右肩に。

 反対側に身体が仰け反り、3発目が胴に当たる。


「グフゥ……」


 みぞおちを撃ち抜かれたオークは身体をくの字に曲げた。


「グブファァーッ!」


 口から血を吐きながら身体を起こしたオークは、拳を振り上げて駆けだそうとした。


 ――バスッ!


 踏み出そうとしたところで、眉間に光弾を受けたオークはのけぞり、ぐらりと仰向けに倒れた。

 撃鉄を起こし、倒れたオークに銃口を向け、様子を見る。

 さらに1発追撃しようとしたところで、オークは光の粒子になって消えた。


「ふぅー……」


 なにが起こったのかよくわからないが、どうにか勝ったらしいことを悟った賢人は、大きく息を吐き、撃鉄を戻して構えをといた。

 そして何度かパイプを吸って気持ちを落ち着けたあと、キャップを戻して胸ポケットにしまう。


「すごい……! オークをあんな簡単に」

「うわぁっ!」


 突如聞こえた声に、思わず声を上げてしまう。

 振り返ると、そこには猫耳女性が立っていた。


「だ、大丈夫なのか?」


 あれだけ大きく吹っ飛ばされる一撃だったのだ。

 致命傷受けていてもおかしくはないだろうし、当たり所がよかったとしても、骨の数本は折れているはずだ。

 にもかかわらず、女性は少し痛そうに腰をさすっているだけで、特に大きな怪我をしているようにはみえなかった。


「うん、HPがギリギリもってくれたからね。地面に落ちたとき腰を打っちゃったけどさ」

「え、えいちぴー……?」


 首を傾げる賢人をよそに、猫耳女性はオークの倒れたあたりへスタスタと歩み寄った。


「お互い気になることはあるけどさ、とりあえずドロップは回収しとかないと」

「ドロップ?」


 オークの消えたあたりにしゃがみ込む女性に、賢人も歩み寄っていく。


「あんた、冒険者じゃないんだよね? 商人とか?」

「いや、そういうんじゃ……」

「だったら〈アイテムボックス〉は持ってないよね?」

「アイテム、ボックス?」

「あー、その様子じゃないみたいね。じゃあ豚肉はとりあえずあたしが預かっとくよ」

「豚肉……?」


 ふと女性の視線を追うと、そこにはブロック肉がいくつか転がっていた。

 小さいものでもひとかたまり1キロ、大きいものだと5キロはありそうだ。


「って、なんで肉!?」

「いや、オークのドロップなんだから豚肉にきまってるじゃない」


 女性が呆れ気味に言いながらブロック肉に手をかざすと、それらが次々に消えていく。


「――っ!?」


 賢人は思わず息を呑んだが、声は上げずに済んだ。


「悪いんだけど魔石は持ってもらってもいいかな? 豚肉で〈アイテムボックス〉が圧迫されちゃったからさ」


 ブロック肉をすべて消したあと、女性は立ち上がり、賢人に黒い石を差し出した。


「あ、ああ。わかった」


 彼女が魔石と呼んだ拳大の石を受け取ると、賢人はリュックサックの空いたところに入れ、再び背負い直した。

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