第4話 敵に襲われました
まず目に付いたのは艶のある黒い髪、黄色い瞳、そして白い素肌。
顔立ちや体型、先ほど聞いた声からして、おそらくは女性。
前髪のひと房だけ白くなっているのが少し気になったが、そんなことよりも。
(……猫耳?)
頭に生えている三角の耳に、賢人の視線は釘付けになった。
「オークに追われてるの! できれば一緒に戦って欲しいんだけど」
「えっと、おー、く……?」
猫耳から視線を外して、女性と目を合わせながらも、状況のつかめない賢人は大いに戸惑った。
「あんた、冒険者だよね?」
「ぼうけんしゃ……?」
「まさか、一般人なの!?」
「あ、はい」
彼女のいう冒険者とやらがなにかはわからないが、自分が一般人であることにかわりはないだろうと思い、賢人はそう答えた。
「なんで一般人がこんな森の奥にいんのよっ!!」
「す、すみません」
彼女の怒声に、思わず謝ってしまう。
「別に謝らなくていいわよ! くっ……もう追いつかれる……!!」
ドタドタと大きな足音が聞こえてきた。
ガサガサと枝葉のこすれる音のなかに、ときおりバキバキと草木をへし折る音が混ざる。
そして茂みの陰から巨漢が現れた。
「は……?」
その姿に、賢人は呆然とした。
醜悪に歪んだ豚の頭に、2メートルはあろうかという大きな身体。
重量級のレスラーか、力士を思わせる体型から、それがかなりの怪力であることが予想される。
「おーくって……オーク……?」
自分でもよくわからないこと口にする賢人の脳裏に浮かんだのは、ゲームやアニメ、映画などに登場する豚頭人身のモンスターだった。
「ここはあたしが食い止めるから、あんたはさっさと逃げなさいっ!!」
身を翻してオークに対峙した彼女は、そう叫んで剣を抜いた。
(食い止める? あれを?)
巨躯のオークに対峙する猫耳女性は、あまりに頼りなかった。
背は相手の胸ほどしかなく、露出された腕や脚はそれなりに引き締まっているものの、オークと対峙するにはあまりにか細い。
「ちょ、ま――」
「いいから早く逃げてっ!」
賢人の制止を無視した彼女は、オークに飛びかかっていった。
「はあああぁぁっ!」
「……うそだろ?」
猫耳女性の跳躍力は異常だった。
彼女はオークの頭より高く飛び上がり、5メートルはあろうかという距離を助走なしでゼロにした。
「せぁっ!」
振りかぶった剣が、オークの肩を捉える。
「ブフォッ……!」
着地と同時に振り下ろされた一撃を受け、オークは軽く仰け反った。
「まだまだぁっ!」
初撃を振り抜いた猫耳女性は、即座に剣を斬り上げた。
「はああぁぁーっ!!」
そこから一方的なラッシュが始まった。
目で追うのがやっとという素早い連続攻撃が、オークに襲いかかる。
何度も攻撃を受けたオークは、少しずつ後退していった。
「ブファ……」
防戦一方だったオークの口角が上がったように見えた。
牙をむき出しにした口の端から、どろりとよだれが垂れる。
(効いてない?)
何度も斬られているオークだったが、多少の流血はあるものの大きなダメージを受けた様子はない。
「ブフッ!」
「くぁっ……!」
オークが軽く手を払っただけで、彼女は剣を大きく弾かれ、仰け反った。
「フゴォッ!」
がら空きになった胴をめがけて、オークの拳が振り抜かれる。
「きゃあっ!!」
短い悲鳴を上げた猫耳女性は、文字通り吹っ飛ばされた。
人の身体が10メートル以上の距離を飛ぶ。
映画でも見ているのかと思えるような、現実味のない光景だった。
「あぐぅっ……!」
彼女は賢人の立っている場所を越えて地面に叩きつけられ、短くうめいた。
「お、おい……大丈夫――」
「ブヒヒーッ!」
「――っ!?」
女性の様子を見ようとした賢人は、耳障りな雄叫びに鼓膜を撃たれ、すぐにオークへと視線を向けた。
猫耳女性のラッシュによって後退したオークは、賢人から10メートル近く離れた場所に立っていた。
彼女が吹っ飛ばされたいま、賢人とオークのあいだには何者もいない。
「ブフフ……」
嘲笑のような鳴き声とともに、口角を上げる豚頭。
そんな異形の存在を見ながら、賢人は胸ポケットからミントパイプを取り出した。
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