第一章

第1話 持ち物の確認をしました

 突然あたりが光に覆われ、気がつけば別の場所にいた。

 そんな意味不明な状況に、賢人は鼓動を早めた。

 背筋のあたりにゾワゾワと寒気が走る。


「はぁっ……! はぁっ!」


 息遣いは荒くなり、スーツとシャツで見えないが、袖をまくれば腕には鳥肌がびっしりと立っているだろう。


「はぁっはあっ……」


 混乱の極にあり、大声を上げて叫びそうになった賢人は、胸のあたりをまさぐった。


「……あ?」


 すると、ジャケットの内ポケットに何かが入っているのに気づく。

 賢人は右手に持っていた短筒を離してその場に落とし、内ポケットに入っていた物を取り出した。


「はぁっ、はぁっ……これ、は……?」


 銀色のシガレットケースだった。

 震える手でそれを開けると、なかにはミントパイプがずらりと並んでいた。

 無我夢中で1本を取り出し、先端の栓を取ったあと、吸い口のキャップを外して口に咥える。


「すぅー……はぁーっ……」


 爽やかな香りが鼻をくすぐりながら、喉を通り抜けていく。

 目を閉じ、何度か繰り返して吸うと、そのたびに鼓動が収まり、気分が落ち着いてくるのがわかった。


「ふぅーっ……! もう、だいじょうぶ、うん」


 言い聞かせるように呟いたあと、目を開いた。

 そこにはやはり見覚えのない光景が広がっていたが、気分は落ち着いた。

 先ほど取り出したシガレットケースだが、いつものくせで片手で閉じ、ジャケットの右ポケットにしまっていたことに気づく。


「とにかく、助かったよ……」


 シガレットケースを内ポケットに入れ直したあと、賢人はパイプの吸い口にキャップをして空いた胸ポケットに入れた。

 そして落とした短筒を拾う。


「まずは、ここがどこかだな」


 口に出してやるべきことを確認する。

 そうすることで、さらに落ち着きを取り戻した賢人は、左手に持っていたLEDライトのスイッチを切ってズボンの左前ポケットに入れ、短筒を脇に抱えた。

 そしてズボンの右前ポケットに手を突っ込んだのだが――、


「あれ、ない!?」


 ――いつもそこに入れているスマートフォンがなかった。

 短筒と肩にかけたバッグを地面に置き、ズボンやジャケット、ベストのポケットを探したが、スマートフォンはなかった。


「っつか、財布もねぇ」


 自動車に乗るので、運転免許証の入っている財布をズボンの右後ろポケットに入れていたはずなのだが、それもない。


「オーケーわかった。落ち着け俺。じゃあ持ち物を確認しようか、うん」


 一度ポケットにしまったLEDライトのスイッチをカチカチと切り替えながら、賢人は呟く。

 スマートフォンのGPSを使って現在位置を確認しようと思っていたが、ないのなら仕方がない。

 できることからしていくべきだろう。


「まずはこいつ」


 その存在を確認するかのように、手にしたLEDライトのスイッチを、カチカチと切り替える。

手回し充電式のラジオ付きライトだが、どうやらバッテリーは充電済みだったらしい。

 念のためラジオを起動してみたが、AM、FMとも、どの周波数に合わせてもノイズが聞こえるばかりだった。

 一応モバイルバッテリーとしても使えるようだが、スマートフォンがなくなったいま、ライトの電源以上の価値はない。


「あとこれ」


 服の上から胸をトントンと軽く叩き、ミントパイプとシガレットケースの存在を確認する。


「でもって……これか」


 視線を地面に落とすと、そこには短筒とバッグが置かれていた。

 しゃがみこんだ賢人は、バッグのファスナーを開いた。


「中身は……全部あるのか?」


 そもそもバッグの中に詰め込まれた防災セットの詳細を事前に確認していないので、中身が揃っているかどうかは不明だ。


「よし、これは確認しておくべきだろう」


 ひとつひとつ取り出しながら確認した内容は、以下の通りだった。


 500ミリリットルペットボトル入りミネラルウォーターが5本。

 レトルトの白米、五目ごはん、田舎ごはん、カレーが各ひとつずつ。これらは温めなくても食べられるものらしい。

 スティックタイプの練りようかん5本。

 簡易な寝床になるエアーマット。

 防寒用のアルミブランケット。

 折りたたみ式のウォータータンク。

 簡易トイレ。

 ラップ。

 紙皿。

 救急セット。

 軍手。

 ホイッスル。

 ロープ。

 レインコート。

 マスク。

 歯ブラシ。


「まぁ、これだけあればいろいろ助かるけど……」


 いつまでこの状況が続くかわからないいまとなってはありがたいものだが、祖母はなぜこれを自分に持たせたのだろうか?

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