第4話 自動車を買いました

 昨日、最寄り駅からの移動用に購入していた自転車にまたがる。

 最寄り駅といっても歩けば30分はかかる距離だ。

 タクシーを呼ぼうかとも考えたが、自動車購入までの足にと、買っておいたのだった。


 近所の中古車ディーラーでコンパクトカーを購入した。

 10日ほどで納車されるとのことだった。

 そのまま自転車で役所へ行き、住所変更と印鑑登録を行い、その場で印鑑証明を発行してもらった。

 そのあとは、久々の故郷をのんびりと自転車で走りながら、家に帰った。


「ただいまー」


 家に帰ると、祖母は膝に黒猫を乗せ、縁側でうとうとしていた。

 近づくと、賢人の足音に驚いたのか、黒猫は逃げ去ってしまった。


「おや、おかえり」

「うん、ただいま。あいかわらず黒猫好きなんだな」


 このあたりには昔から結構な数の野良猫がいた。

 明確に誰がどの猫を飼っているというのはないが、なんとなく近所の人たちが餌付けをして世話をしているという状態だ。

 そんななか、黒猫が現れればかならず祖母が世話をしていた。

 向こうが懐くということもあるが、祖母は昔から黒猫が好きだった。


「幸運を運んでくれるからねぇ。それに、昔よく遊んでもらったんだよ」

「ふぅん」

「今回だって、賢人を連れ帰ってくれたしねぇ」

「はは……」


 なるほど、かわいい孫が帰ってきたことは祖母にとって幸運なことかもしれないが、それは勤めていた会社が潰れるという不幸と背中合わせなので、賢人は思わず乾いた笑いを漏らした。


「そういや、最近減ったよね? 猫の数」

「自治会でお金を出し合って、避妊手術をしてるからね」

「なるほど」


 祖母に似て猫好きの賢人だが、野良猫の存在を快く思わない人がいることも理解している。

 敷地内での糞尿被害や家屋への侵入といった問題だけでなく、地域によっては希少動物を絶滅に追いやる害獣扱いされることもあるという。

 個体数の調整は必要だろうし、それに自治会の理解があるというのは悪いことではないのだろう。



 土地の名義変更については、姉に了承を得た上で、念のため公正証書をつけて手続きを行った。

 ほとんどが司法書士任せだった。


「なに、また車借りに来たの?」

「なにかと入り用でさ。ばあちゃんのお使いもあるし」

「なんでもかんでも売り払うからそういうことになるんじゃないの?」

「ははは……」


 前の家で使っていた物はすべて処分したので、必要な物を買い集めるのに結構出かけることが多かった。

 ネットで何でも揃う時代だが、それでも実物を見て「そういえばこれ、必要だったな」と思うことは多々あったので、何度か姉の自動車を借りて出かけることになった。


「おっちゃん! ばあちゃん! いらっしゃーい!!」

「……ちわっす」


 祖母と一緒に姉の家に泊まったりもした。

 しばらくぶりに会う甥と姪は見違えるほど成長していて、ずいぶんと遊びに付き合わされた。


「賢人くんふっさふさだなぁ、羨ましい……」

義兄にいさんも全然あるじゃないですか」

「いやいや、ちょっと薄くなってきただろ?」

「んー、まぁ、ちょっとだけ? でも、ほとんど変わんないですよ?」

「わかってないなぁ。“あれ、ちょっと減ったかな?”と思ったときにはもうすでに半分以下になってるんだってさ」

「うへぇ、まじですか」


 義兄に会うのも久しぶりだが、少し老けたように感じられた。

 祖母も変わってないと感じたが、改めて会えば姉もそこまで歳を感じさせなかった。

 まぁ、女性ではあるし、それなりに努力をしているのだろう。


 そんなこんなであっという間に10日が過ぎ、納車の日となった。

 高校を卒業してすぐ都会に出た賢人にとって、初めてのマイカーだった。


「へええ、なかなかいい車じゃないか。軽にはしなかったんだね?」

「向こうじゃときどきレンタカーに乗ってたけど、それでも久々の運転だからね。万が一の時に頑丈なほうがいいと思って」

「ふぅん、そういうもんかね」

「あと、車体はこっちのほうが安いから」


 維持費はともかく、軽自動車は車体価格が下がりにくいのだ。  

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