第75話 融合

「全く、君には驚かされるばかりだ」


リンの口から、しゃがれた声が紡がれる。

まるで老人の様な声だ。

俺はこの声を聞いた事がある。


この声は――


「ヴラド……か……」


ヴラド・バレス。


かつてリンを殺し、自らの眷属へと変えた男。

ムカつく奴だったから良く覚えている。

この声は間違いなく奴の声だ。


「ご名答。覚えていて貰えて嬉しいよ」


ヴラドは嬉しそうに目を細め、大仰にお辞儀する。

ぶん殴ってやりたい所だが、体に力が入らない。


痛みは感じない。

有難い反面、その状態がとてつもなく危険な状態だと本能が告げてくる。

フラムかティーエさんに回復をして貰わねければ……だが、目の前のヴラドは決してそれを許しはしないだろう。


「しかし邪悪ははを倒してしまうとはね。正に英雄と呼ぶに相応しい人物だ。初めてあった時、君を軽んじていた事を詫びよう」


「お前は……死んだはずじゃ……」


「ああ、あのままでは彩堂彩音に確実に殺されると思ったのでね。眷属であるリンの中に避難させて貰ったのさ。問題なく外に出れる様、神樹を破壊して貰った上で……ね」


くくく、とヴラドは楽し気に笑う。


彩音からヴラドは最後の攻撃を、何故か自分達ではなく神樹に撃ったと聞いていたが、これでその理由がはっきりした。

それは悔しまぎれのエルフへの嫌がらせ等ではなく、自分が結界の外に出られる様、彩音に神樹を破壊させるためだったのだ。


「とはいえ。体を失い、支配権も君に奪われている状態ではとてもこの体を奪う事等出来なかったのだが……邪悪ははが蘇ってくれたおかげで、漸くこの体を手にする事ができた」


ヴラドは気分良さげに、聞いてもいない事までしゃべり出す。

俺はその隙に視線を巡らせ、状況を確認する。


レインはボロボロで動けそうにない。

他の仲間達はなんとか全員立ち上がり、じりじりと間合いを詰めて来ている。

一気に間合いを詰めないのは、下手に刺激すればヴラドが俺を殺してしまうからだろう。


「母が倒されてしまったのは誤算ではあったが、まあ今の私に勝てる者はそうはいないだろう。自由気ままに生きさせて貰うさ」


自由気ままだと?

誰がそんなこと許すかよ。

リンの体はちゃんと返してもらう。


とは言え、体を取り返す方法は今のところ思いつかない。

理想は生け捕りにする事だが……


正直今の俺達では、生け捕りなど逆立ちしたって不可能だ。

悔しいがこの疲労困憊の状態では、真面に戦う事も難しい。

一度撤退し、回復してから戦うしかないだろう。


疲労とダメージの回復さえ出来れば、今の俺の力ならヴラドを取り押さえるのはそれ程難しくはない。

だがそれを容易く許してくれる程、目の前の吸血鬼も間抜けでは無いだろう。


何とか隙を作って転移で……


「ああ、そうそう。悪いが念の為、私の周りを結界で覆わせて貰っているよ。転移魔法を阻害する……ね。君には以前それでひどい目に遭わされている。なに、範囲はほんの2~30メートル程だ。その外でなら問題なく転移できるさ」


「ちっ」


「どうした?早く頑張って逃げて見せろ」と言わんばかりの眼差しを、ヴラドは此方に向けてくる。

俺はその余裕の態度に苛立って、イラつきから舌打ちしてしまう。

本当に腹立たしい奴だ。


「リン!俺の声が聞こえるか!!」


転移が使えないのなら、逃げるのも絶望的だ。

仲間の体力や俺の今の状態で、奴の転移封鎖範囲から逃げるのは不可能に近い。

唯一可能性が有るとすれば、それはリンだけだ。


彩音が邪悪にやったように、リンにヴラドの動きを制して貰う。

そうすれば逃走の芽も出て来るはず。


「リン!頼む!力を貸してくれ!!」


「くくく、彼女に縋っても無駄だよ。この体は完全に私の支配下にある。あまり英雄様にみっともない真似をさせるのも心苦しいからな、今楽にしてやろう」


ヴラドが一歩前に足を出す。

その動きを制するかの様に、仲間達が一斉に飛び掛かった。

だが奴の手から放たれた禍々しい闘気が、全員を薙ぎ払い吹き飛ばす。


「ぐっ!!」


俺の右腕が地面に転がった。

楽にしてやるという言葉とは裏腹に、奴は次に俺の右目を抉り取る。


「やあやあ、すまんな。体の自由が利かないんだ。彼女が私の中で暴れているせいで、上手く狙いが定められなくてね。恨むならリンを恨んでくれよ。くくく……」


こんな奴に……

こんな奴にやられるのか……リンも助けられずに……

彩音は俺の為に命を賭けてくれたのに……

こんなふざけた奴にやられるなんて……


視界が滲む。

悔しくて……涙が頬を伝っていく。


結局俺は……


「おやおや、泣いてしまったか。まあお遊びはこれぐらいにしておこうか。止めだ」


ヴラドがゆっくりと右手を振り上げる。

そしてその手が――


宙に舞う。


「があああぁぁぁ!貴様!!」


「やらせません!」


リンの声が聞こえる。

幻聴?

いや違う!

俺の声に彼女が答えてくれたのだ!


「リン!」


「遅くなってすいませんたかしさん!体の自由は取り返せなかったけど、でもここなら!!」


アホ毛リンが頭上で旋回し、勢いよく自分の体にその先端部分を突き立てた。何度も、何度も。

ヴラドもその動きに抵抗するが、リンはそんなものお構いなしに自らの体に風穴を開ける。


そしてその度にヴラドが苦悶の雄叫びを上げた。


「お、おい!リンやり過ぎだ!お前迄死んじまうぞ!」


ヴラドにダメージを与えるのは良いが、やり過ぎてしまってはリンの命まで危険に晒す事に成る。

俺の言葉を聞いて、リンはヴラドの左腕を跳ね飛ばし動きを止める。


「たかしさん。私分るんです。ヴラドから分離する事は出来ないって……」


「俺が何とかする!だから!」


「今までありがとうございました。私……私……たかしさんの事が大好きでした!」


「リン!」


アホ毛がしなり、旋回する。

その目標は――――彼女の首だった。

リンは死ぬ気だ。


「さようなら!!」


勿論そんな真似などさせない。

させる訳がない。

俺は最後の力を振り絞って手を伸ばした。


――絶対死なせない!


「ったく、勝手な事してんじゃねぇよ」


勢いを考えれば、俺の指ごと切り飛ばされてもおかしくはなかった。

だが俺はリンを見事に掴み止める事に成功する。

見ると手がオーラの様な物で包まれていた。


俺にそんな真似は出来ない。

きっと彩音が力を貸してくれたのだろう。


「でも……でも……わたしは……」


「お前は俺が助ける。そう言っただろう?絶対にエルフに戻してやるって」


かっこよく決めた所で気づく。

そういやそんな台詞、一度も言った事がなかった事に。

ちょっと恥ずかしいが、まあリンはアホだから気づかないだろう。


「助ける……だと?無駄だ。この体から……私を追い出す事など出来ん。私の因子は……眷属の体と強く結びついている。お前にこの娘は救えんよ……」


ヴラドは瀕死にも拘らず、まだ減らず口を叩いてくる。

なら見せてやるさ。

俺がどうやってリンを救うかを。


「追い出す?何を勘違いしてやがる。追い出すんじゃねぇ。取り込むんだよ。リン、融合するぞ」


「え?でも……」


「俺を信じろ!」


「は……はい!」


そして俺はリンと融合する。

人生最後の融合を。

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